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中編

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「婚約破棄してくれるか」
「本気で言ってる?」
「あぁ、本気だ。彼女のことは心から愛している。だからこそ、こうして頼んでいるんだ」

 彼の表情は真剣そのものであった。

 ハインツのことは昔から知っている。だからこそ分かる、彼はその女性を心から愛しているのだと。彼はわりと気が変わりやすいタイプだが、それでいて、熱心になっている時にはひたすら熱中するタイプ。熱中している時の彼は他人の話などまったく聞かないのだ。

 そんな彼だから、今ここで私が何か言ってもきっと聞こうとしないだろう。

 良くて無視、悪ければ激怒、といったところか。

「分かった。じゃあ婚約破棄としましょう」

 もはや何をいっても無駄なのだろう。私が説得したとしても、彼を不快にするだけなのだろう。それならば無理矢理止める気はない。そこまで彼に執着しているわけではないし。

 どうせなら綺麗な記憶のまま終わる方が良い。
 その方が、後味の悪さを残さずに終わりを迎えることができる。

 ただし、彼の選択を叩き潰す気はないというだけのこと。約束を違えた責任は取ってもらわなくてはならない。それは、一人の人間として忘れてはならないもの。約束を違えてまで自分の意思を優先するならば、ある程度の償いは必要だ。二歳や三歳の子どもではないのだから。

「構わないのか! それは助かる!」
「えぇ、構わないわよ。そこまで頼むならね。ただ、婚約を一方的に破棄したということになるから、償いとして支払いを求められるでしょうね」
「支払い!?」

 何を驚いているのだろう。
 私は特別なことは言っていない。

 彼は何の償いもなしに婚約破棄できると思っていたのか。だとしたら甘い。甘過ぎる。婚約というのは、小さい頃の口約束などとは違う。ごめんやっぱり無理、みたいな感覚で婚約破棄しようと考えているなら、それは大きな間違いだ。

「当然でしょう? 貴方が勝手に一方的に婚約破棄するのだから」
「な、何を言って……」

 ハインツは急激に表情を固くする。

「じゃあこれで。後は手続きの場でだけ会いましょう。さようなら、ハインツ」
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