9 / 25
9話「美味しいお茶」
しおりを挟む
「どうぞ、こちらへ」
城に入った私は無口な侍女に案内されて城内の一室へ通される。
その部屋はそこそこ広い部屋だった。
置かれている家具は多くない。
しかし殺風景な感じはしなかった。
清潔かつ綺麗な内装のおかげか空白を魅力的に演出することに成功している。
「ここが……私が過ごす部屋、ですか?」
「はい」
無口な侍女は三十代くらいと思われる見た目の女性だが、とても聡明そうな人だ。
「どうぞ、ご自由に」
淡々とした調子で言うと、彼女はあっという間に去っていってしまった。
いきなり独り……。
またまた寂しい……。
だが今は居場所があるだけで十分だ。
構ってほしいとかちやほやしてほしいとか――そんな贅沢なことを言える身分ではないのだ、私は。
取り敢えずゆっくりしよう。
今はまだ慣れない場所ではあるけれど、とても良い部屋なので、きっとすぐに慣れるだろう。そして慣れてしまえばこちらのもの。慣れさえすれば違和感は消え去るだろうし、そうなれば、後はただのんびり過ごすだけ。
色々あって疲れたなぁ、なんて思いつつ、私は大きな窓の方へ視線を向ける。
窓の向こう側は中庭のような場所だ。
地面には初々しい色をした芝が生えていて、ところどころには木が植わっており、花壇のようなところには様々な色の花が穏やかに咲いている。
葉も、花弁も、日射しを浴びて艶やかに輝く。
その輝きは植物たちの生命の輝きなのだろう――意味はないが何となくそんな風に思った。
それから少しすると誰かが扉をノックしてきた。はい、と返事をして、恐る恐る扉を開ける。するとそこには小ぶりなポットとティーカップが乗ったお盆を手にしている女性の姿があった。
「お、お茶をお持ちしましたっ」
女性と表現するにはまだ若い、どちらかといえば少女と呼ぶ方が相応しい感じのする彼女は、緊張気味な面持ちでハキハキと発する。
「……お茶ですか?」
「は、はい! そうです! エリサ様に、です!」
彼女の背後にはあの無口な侍女が立っている。
どうやらきちんと振る舞えているかどうかを見張っているようだ、鋭さのある目をしていた。
「ありがとうございます。でも、また、どうして」
「殿下がお茶をお出しするようにと……ということでしてっ」
少女はまだ緊張している様子だ。
顔の筋肉に硬さが残っている。
「あ、なるほど、そういうことですね。ディアさんが」
「は、はいっ。そうなのですっ」
「ではお言葉に甘えいただかせていただきますね」
笑顔で答えれば、若々しい彼女は安堵したように頬を緩める。そして室内へと足を進めてきた。それから少しして、緊張が解れてきたらしい彼女は「殿下はエリサ様のことを大層気にかけていらっしゃるようですっ」と言葉を発する。すると後ろに控えていたあの侍女に「余計なことを話さないように」と冷たく注意されていた。
「ではどうぞっ」
「ありがとうございます」
ティーカップを手にする。
瑞々しい彼女が注いでくれたお茶を口腔内へ注ぎ込んだ。
「わ……! とても美味しいです……!」
舌に触れる熱。
広がる味わい。
深みがあり、まろやかで、シンプルながら心柔らかになるような美味しさだ。
「気に入っていただけましたっ?」
「はい、とても」
「良かった! 安心しました!」
軽やかな茶色い髪を揺らす少女はとても愛らしい。
「あの……少し質問させていただいても大丈夫ですか?」
「はいっ」
「よければ貴女のお名前を教えてはいただけないでしょうか」
「へ?」
「貴女とお知り合いになりたいです」
一瞬きょとんとした少女だったが、すぐにこちらの意図を理解したようで。
「リリアンと申します!」
さらりと名を教えてくれた。
「あっ、ちなみにですねっ、こちらのお姉さまはルビーさんっていうんですよ!」
さらには侍女の名まで教えてくれる。
「勝手なことはやめなさい」
……当然注意されていたが。
城に入った私は無口な侍女に案内されて城内の一室へ通される。
その部屋はそこそこ広い部屋だった。
置かれている家具は多くない。
しかし殺風景な感じはしなかった。
清潔かつ綺麗な内装のおかげか空白を魅力的に演出することに成功している。
「ここが……私が過ごす部屋、ですか?」
「はい」
無口な侍女は三十代くらいと思われる見た目の女性だが、とても聡明そうな人だ。
「どうぞ、ご自由に」
淡々とした調子で言うと、彼女はあっという間に去っていってしまった。
いきなり独り……。
またまた寂しい……。
だが今は居場所があるだけで十分だ。
構ってほしいとかちやほやしてほしいとか――そんな贅沢なことを言える身分ではないのだ、私は。
取り敢えずゆっくりしよう。
今はまだ慣れない場所ではあるけれど、とても良い部屋なので、きっとすぐに慣れるだろう。そして慣れてしまえばこちらのもの。慣れさえすれば違和感は消え去るだろうし、そうなれば、後はただのんびり過ごすだけ。
色々あって疲れたなぁ、なんて思いつつ、私は大きな窓の方へ視線を向ける。
窓の向こう側は中庭のような場所だ。
地面には初々しい色をした芝が生えていて、ところどころには木が植わっており、花壇のようなところには様々な色の花が穏やかに咲いている。
葉も、花弁も、日射しを浴びて艶やかに輝く。
その輝きは植物たちの生命の輝きなのだろう――意味はないが何となくそんな風に思った。
それから少しすると誰かが扉をノックしてきた。はい、と返事をして、恐る恐る扉を開ける。するとそこには小ぶりなポットとティーカップが乗ったお盆を手にしている女性の姿があった。
「お、お茶をお持ちしましたっ」
女性と表現するにはまだ若い、どちらかといえば少女と呼ぶ方が相応しい感じのする彼女は、緊張気味な面持ちでハキハキと発する。
「……お茶ですか?」
「は、はい! そうです! エリサ様に、です!」
彼女の背後にはあの無口な侍女が立っている。
どうやらきちんと振る舞えているかどうかを見張っているようだ、鋭さのある目をしていた。
「ありがとうございます。でも、また、どうして」
「殿下がお茶をお出しするようにと……ということでしてっ」
少女はまだ緊張している様子だ。
顔の筋肉に硬さが残っている。
「あ、なるほど、そういうことですね。ディアさんが」
「は、はいっ。そうなのですっ」
「ではお言葉に甘えいただかせていただきますね」
笑顔で答えれば、若々しい彼女は安堵したように頬を緩める。そして室内へと足を進めてきた。それから少しして、緊張が解れてきたらしい彼女は「殿下はエリサ様のことを大層気にかけていらっしゃるようですっ」と言葉を発する。すると後ろに控えていたあの侍女に「余計なことを話さないように」と冷たく注意されていた。
「ではどうぞっ」
「ありがとうございます」
ティーカップを手にする。
瑞々しい彼女が注いでくれたお茶を口腔内へ注ぎ込んだ。
「わ……! とても美味しいです……!」
舌に触れる熱。
広がる味わい。
深みがあり、まろやかで、シンプルながら心柔らかになるような美味しさだ。
「気に入っていただけましたっ?」
「はい、とても」
「良かった! 安心しました!」
軽やかな茶色い髪を揺らす少女はとても愛らしい。
「あの……少し質問させていただいても大丈夫ですか?」
「はいっ」
「よければ貴女のお名前を教えてはいただけないでしょうか」
「へ?」
「貴女とお知り合いになりたいです」
一瞬きょとんとした少女だったが、すぐにこちらの意図を理解したようで。
「リリアンと申します!」
さらりと名を教えてくれた。
「あっ、ちなみにですねっ、こちらのお姉さまはルビーさんっていうんですよ!」
さらには侍女の名まで教えてくれる。
「勝手なことはやめなさい」
……当然注意されていたが。
36
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
〖完結〗醜い聖女は婚約破棄され妹に婚約者を奪われました。美しさを取り戻してもいいですか?
藍川みいな
恋愛
聖女の力が強い家系、ミラー伯爵家長女として生まれたセリーナ。
セリーナは幼少の頃に魔女によって、容姿が醜くなる呪いをかけられていた。
あまりの醜さに婚約者はセリーナとの婚約を破棄し、妹ケイトリンと婚約するという…。
呪い…解いてもいいよね?
〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。
藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。
伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。
セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。
そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに……
婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。
そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
〖完結〗冤罪で断罪された侯爵令嬢は、やり直しを希望します。
藍川みいな
恋愛
「これより、サンドラ・バークの刑を執行する!」
妹を殺そうとした罪で有罪となった私は、死刑を言い渡されました。ですが、私は何もしていない。
全ては、妹のカレンが仕組んだことでした。
刑が執行され、死んだはずの私は、何故か自分の部屋のベッドの上で目を覚ましたのです。
どうやら時が、一年前に戻ったようです。
もう一度やり直す機会をもらった私は、二度と断罪されないように前とは違う選択をする。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全14話で完結になります。
〖完結〗時戻りしたので、運命を変えることにします。
藍川みいな
恋愛
愛するグレッグ様と結婚して、幸せな日々を過ごしていた。
ある日、カフェでお茶をしていると、暴走した馬車が突っ込んで来た。とっさに彼を庇った私は、視力を失ってしまう。
目が見えなくなってしまった私の目の前で、彼は使用人とキスを交わしていた。その使用人は、私の親友だった。
気付かれていないと思った二人の行為はエスカレートしていき、私の前で、私のベッドで愛し合うようになっていった。
それでもいつか、彼は戻って来てくれると信じて生きて来たのに、親友に毒を盛られて死んでしまう。
……と思ったら、なぜか事故に会う前に時が戻っていた。
絶対に同じ間違いはしない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全四話で完結になります。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜
津ヶ谷
恋愛
ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。
次期公爵との婚約も決まっていた。
しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。
次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。
そう、妹に婚約者を奪われたのである。
そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。
そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。
次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。
これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる