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『貴方は私をそんなに悪く言って……楽しいのですか? もしそうなら、私には貴方の気持ちは分かりません。』

「きみとの婚約だが、本日をもって破棄とさせてもらう」

 伸ばした赤毛を頭の後ろでみつあみにしているところが特徴的な婚約者アーベリアーはある日突然真剣な面持ちでそんなことを宣言してきた。

 さらに、彼は続ける。

「きみはぼくにとって特別な人にはなれなかった。分かるだろう? 魅力的なぼくには、もっと美しく魅力溢れる女性こそが似合うんだ。きみはまともではある、が、刺激的なほどの魅力はないだろう。そういう意味で、きみはぼくのパートナーに相応しい女性とはなれなかったのだよ」

 そんな私を悪く言うようなことを。

 彼は完全に私を想いの範囲から外しているようだ。
 だからこそ何でも遠慮なく言えるのだろう。

 でも……正直あまりあれこれ言ってほしくはなかった。

 悪いところばかり並べられても傷つくだけだ。

「分かりました。……では、私は去りますね。さようなら」

 もうこれ以上向かい合ってはいたくなかった。だってこのまま向かい合っていても傷つくだけだと分かっていたから。もしも私に何かしら多少の非があるのだとしても、それでも、傷つけられることを受け入れたくはない。傷つくことなんて誰しも避けられるのなら避けたいものである。

「そそくさと逃げるとはな。愚かな女だ」

 アーベリアーは最後そう吐き捨てていた。

 でもこれで良かったの。
 だって好き放題言われたくなんてないから。

 彼に私の何が分かるというの?

 私のことなんて何も知らないくせに。
 負の方向のことばかりあれこれ言わないでほしい。


 ◆


 あの後私は友人の紹介で大企業の社長の息子である青年と知り合い、暫しの交流の後に彼と結ばれた。
 彼は仕事に熱心に取り組んでいる。どこまでも真っ直ぐで、いつも一生懸命。常に仕事について考えているほど。また、社長の息子ではあるが、それを矛として威張り散らしたりはしない。そんなところに惹かれた。

 結婚後は二人での生活。
 彼は今も忙しい。
 でもそんなことは最初から分かっていたことなので私は少しも気にしていない。

 彼を支えてゆきたい。
 その思いだけで彼の隣にいる。

 ちなみにアーベリアーはというと。
 複数の女性と同時進行で関係を深めていっていたそうで、結婚間近にそのことがばれてしまい、結婚相手の親に怒られたそう。
 また、怒られるだけでは済まず、婚約も破棄に。
 あと少しで結婚、というところまでいっていたのに、すべて白紙に戻ってしまったそうである。

 それによってアーベリアーは生きることに絶望、今は塞ぎ込んでしまっているとか。

 でも自業自得だ。
 すべては彼の行いのせいなのだから。


◆終わり◆


『 「君との婚約だが、破棄とすることにした」そう告げられる日は突然やって来ました。~私は私の道を突き進みます~ 』

「君との婚約だが、破棄とすることにした」

 馬に乗って野原を駆けていた日の夜、婚約者ルートイングリッテから珍しく呼び出された。

 彼が自ら呼び出してくるなんて珍しいことだ。日頃は大抵放置、それで普通。だから少々嫌な予感はしていた。何か特別なことではないか、と。で、その予想は見事に当たってしまったのだった。

「婚約、破棄……?」
「今日君が馬に乗って駆けているところをみたんだ」
「え? あ、はい。そうですね。乗っていました」
「その姿を見て、この女は俺に相応しい女ではないと判断したのだよ」

 えええーっ!!
 なんじゃそりゃーっ!?

「俺はもっとお淑やかな女性と結婚したい」
「あ、そうですか」
「それで婚約破棄を決めたのだ。理解できたかな?」
「……ええ分かりました」
「ならば受け入れてくれるのだね?」
「きっともう……何を言っても無駄なのでしょう。ですから受け入れます。受け入れない、なんて……無理なのでしょう」

 ルートイングリッテは「ああそうだな」とだけ返してきた――その声の冷たいこと。

 こうして私たちの関係は終わりを迎えてしまったのだった。


 ◆


 婚約破棄後、することがなくなった私は、国防軍の騎馬部隊に加入した。

 馬に乗るのは得意だ。
 だからそれを活かせる職に就こうと考えたのである。

「きみ、ほんと、馬に乗るのは上手いなぁ」
「男顔負けだネ」
「それで戦闘技能を身につけたら絶対最強になるやつだろうね」
「心強いよ!」
「女性でも馬に上手く乗れる人っているんだなぁ……って、ダジャレじゃないからね!?」

 そこで私は戦闘に関する技術を学んだ。

 そちらに関しては未経験だったので色々苦戦することもあったけれど、でも、知らない世界を知ることができるのは楽しいことであったし頑張れば頑張るほどに結果が出るという世界であるところも嬉しかった。

 ここではお淑やかさなんていう曖昧なものは求められない。
 馬に上手く乗れればいい、努力して戦いにおいての強さを得られればいい、そういうことだからやるべきことは限られている。

 一年で小隊長に、一年半で中隊長に、そして二年で副隊長にまで昇格することができたのだった。

 私はここで生きていこう。
 それが私の生きるべき道だ。

 だから今は、もう、過去は振り返らない。

 過去の絶望はすべて今の私を作るための礎となったのだ。

 誰が何と言おうとも過去は過去――そう、後ろに置いていく。

 ああ、ちなみにルートイングリッテだが、彼はあの後別の理想的な女性と結婚でいそうになっていたらしいのだが結婚直前に自分の父親に借金があったことが発覚してしまいそれによって婚約破棄されることとなったそうだ。

 それによって彼の心は破壊され。

 今や彼は抜け殻。

 生きることに絶望し、自室にこもって、まともな会話すらできないような状態になってしまっているそうだ。

 かつてのルートイングリッテはもうこの世界には存在しない。

 肉体は一応生きてはいても、精神は消滅したも同然である。


◆終わり◆
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