上 下
10 / 20

2作品

しおりを挟む
『婚約者である彼とお茶をしていたのですが、急に婚約破棄を告げられてしまいました。……えっと、その、理解が追い付かないのですが。』

「お前ってさ、あんまいいとこないよな」

 婚約者エーベリッヂがそんなことを言ってきた。
 うちの庭で二人お茶をしていた時のことだ。

「え?」
「だからさ、婚約破棄するわ」

 エーベリッヂは平然とそんなことを告げてくる。
 申し訳ない、とか、罪悪感、とか、そういったものは欠片ほどもなさそうだ。

「婚約破棄? 何のネタ?」
「いや本気」
「え、ちょ……本気ッ!?」

 驚きすぎて持っていたティーカップを落としそうになった。

 危ない危ない……。

 ティーカップを落としたら絶対粉々になってしまう。お気に入りのものだからそんなことになったら大変だ。危うく悲劇が訪れるところだった。大好きなティーカップが割れたりなんてした日には号泣へまっしぐらである。

 ただ、今は、別の意味悲劇が訪れているが……。

「ああそうだよ、本当の本当に、本気」
「えええ……」

 いや、本当に、もう……待ってくれ、少し。

 意味が分からない。
 どこまでも意味不明、理解不能。

「じゃ、そういうことだから。付き合いは今日までな。ばいば~い」

 理解が追い付かず混乱しているうちにエーベリッヂは去っていった。


 ◆


 翌朝エーベリッヂの死を知る。
 彼は昨夜とある女と二人でいたそうだが、そのまま二人まとめて落命してしまったのだそうだ。

 詳しいことは分かっていない。

 ただ、亡骸の状態を見るに、他殺のようだという話だ。

 何があったんだ……。

 だがまぁべつにもうどうでもいいことだ。
 きっと何かやらかしでもしていたのだろう。

 ……その女と結婚したくて私との婚約を破棄したの、かな?

 もしかしたらそうだったのかもしれない。
 そういうことなのならあんな急に婚約破棄を告げてきたのも多少は理解できないことはない。

 もっとも、今さら真実を知ろうとしたところで無意味なのだが。


 ◆


 暑い夏、寒い冬、それぞれを越えて。

 今日私は愛する人と結ばれる。

「よく似合ってるよ、美しいね」
「ありがとう」
「いつも美しいけどね。純白のドレス、それもまた凄く似合うね」
「……ちょっと、照れるわ」

 これから我が夫となる彼との出会い、それは、エーベリッヂに婚約破棄された数日後であった。その日私は一人寂しく町の中央公園を散歩していた。で、少しベンチに腰掛け休んでいたところ、彼から声をかけてきてくれたのだ。

 すべての始まりはそこだった。

「これからもずっとずっと……仲良しでいようね」
「ええ、もちろんよ」

 今回は婚約破棄にならずここまで来ることができた。
 だからこそ彼との明るい未来を信じたい。


◆終わり◆


『ある朝、目を覚ますと、目の前に婚約者と見知らぬ女が立っていました。~なんじゃこりゃあ!! な出来事でした~』

 ある朝、目を覚ますと、目の前に婚約者アベルと見知らぬ女が立っていた。

「今日は君に伝えたいことがあって来た」

 アベルは直立したまま平然とそんなことを述べてくる。

 いやいや、そもそもそれ以前の話なのだが!
 知らない間に部屋に人が入っていることが怖いのだが!

 ……そんなことを思っていたら。

「僕は君との婚約を破棄することにした」

 さらにそんなことを言われてしまう。

「え、いや、それ以前に勝手に室内に入り込んでいることが怖いのですけど……」
「はぁ!? うるさいな!! ……ったく、感じの悪い女だな」
「いやいやおかしいですよ! 私はただ寝ていただけです。それに非はないと思うのですが。それでも私がおかしいと言うのですか?」

 一応言い返しておくけれど。

「うるさいうるさいうるさい!」

 アベルはそれを掻き消すように同じ言葉ばかりを繰り返し。

「とにかく! 君とはもう付き合わない」
「そうですか……」

 これは一体何なのだろう?
 なぜこんなややこしい目に遭わされているのだろう?

「アベルさまぁ、本当にいいんですかぁ~?」
「ああもちろんだよ」
「ええ~? でもぉ、婚約者さんが可哀想なんじゃあ……」
「僕は真実の愛のために生きるんだ。だから大丈夫。君は何も心配しなくていい」

 しかも婚約者であった彼が他の女性といちゃついているところを見せられるし……。

 もう意味不明過ぎる。
 何が何だか、である。

 脳が受け入れ理解できる範囲の出来事では到底ない。

 こうして私はあっという間に婚約破棄されてしまったのだった。

 ただ、あの後、こちらからも一応反撃はした。

 仕返し、と言うと悪質なようだが。先に無礼極まりないことをしてきたのは向こうなのだから容赦は不要、そう考えて、こちらは積極的な行動に出た。

 つまり、勝手に家に入ったアベルらを犯罪者として治安維持組織に突き出したのである。

 それによってアベルとあの女性は不法侵入の罪で拘束されたのだった。

 彼らは私を押し退けた後で結婚しようと考えていたようだ。
 しかし犯罪者となってしまったために結婚などできる状況ではなくなってしまった。

 で、やがて二人は離ればなれにされてしまったようだ。

 私さえいなければ二人で幸せになれる。アベルらはそう思っていたのかもしれない。でもそれは間違いで。他者を傷つけてまで結ばれようとして、そんな酷いことをして、幸福を手に入れることなんてできるはずもなかったのだ。


 ◆


 あれから数年、私は今とても穏やかに暮らせている。

 アベルに切り捨てられてから少しして出会った青年と愛し合うようになり、結婚。
 そして夫婦での生活は順調に進み、現在に至っている。

 今はとても幸せ。
 だからこの道を選んだことは正解だったと思っている。


◆終わり◆
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄から始まる破滅

四季
恋愛
フェミーアの王女ミルネアには婚約者がいた。 その婚約者は、隣国の王子であった。 二人は徐々に親しくなり、すべてが順調に進んでいるかのように思われていたのだが……。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

お姉様のお下がりはもう結構です。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。 慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。 「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」 ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。 幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。 「お姉様、これはあんまりです!」 「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」 ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。 しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。 「お前には従うが、心まで許すつもりはない」 しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。 だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……? 表紙:ノーコピーライトガール様より

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...