エンジェリカの王女

四季

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15話 「寂しげな笑み」

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 ——このままではいけない。

 だが仮に今ここで反論しても誰も味方してはくれないだろう。

 気づけば走り出していた。どこへ行くのか当てはないがそれでもいい。とにかくあの場から逃れられればそれで。そう思い闇雲に走っていたものだから、気づけば建物の外へ出てしまっていた。

 建物の陰に一人で座り込み冷たい夜風にあたっているうちに段々心が落ち着いてくる。冷静になりジェシカとノアのことを思い出す。すっかり忘れてしまっていたが二人は心配してくれているかもしれない。けれど今更あの場に戻るのは無理だ。

「……また怒られるのかな」

 あの時どうして逃げてしまったのだろう。本来ならあの場で自分の無罪を訴えるべきだったのに。そんなもう遅い後悔が沸き上がってくる。

「よりによって晩餐会でこんなことになるなんて……でも」

 こんなところでじっとしていたらいずれは誰かが来るだろう。そして力ずくで連れていかれて怒られる、それは目に見えていることだ。とにかく移動しなければ。

 そうだ、エリアスのところへ行こう。彼ならきっと話を聞いてくれる。
 昨夜行ったばかりなので地下牢の場所は分かる。あの暗さを思い出し躊躇いそうになるが、勇気を出して立ち上がり、地下牢のある棟へと歩きだした。


 予想より早く到着した。地下へ続く階段を下る。真っ暗闇は怖いはずだが今は不思議なぐらい平気だ。エリアスの聖気を感じる方へ向かって歩いていく。

 私がエリアスの入っている牢の前まで行った時、彼は私の名を呼んだ。

「王女? 王女なのですか?」

 彼の瑠璃色の瞳が驚いたようにこちらを見ていた。

「そうよ。エリアス、調子はどう?」

 駆け寄り声をかける。

「私はこんなくらいどうということはありませんよ。それにしても王女、今夜は晩餐会だったのでは? 同行できず申し訳ありません」
「そんなのいいの! 晩餐会は行ったわ。でも、いつもの……」

 そこまでで言葉が詰まる。ちょっとのことで逃げてきたなんて情けない話をすれば、幻滅されるのではないか、と不安になる。

「あの女にまた何かされたのですか?」

 エリアスの顔に不安の色が浮かび、私はなぜか申し訳ない気持ちになった。

「ごめん。こんなこと貴方には関係ないのに……」

 言う気満々で来たもののいざ彼を目の前にすると言いにくい。
 まるで彼を責めるかのようだからだ。

「王女が辛い思いをされたのであれば、それは私にも関係のあることですよ。たとえ傍でお守りすることはできずとも、何があったのかお聞きすることは可能です」

 エリアスはふっと柔らかな表情をして語りかけるような口調で言った。

「……エリアス」

 私はその優しさに、小さくそう返すことしかできない。

 一筋の涙が頬を伝って落ちる。一度溢れた涙は止まることを知らず、次から次へと流れていく。泣いている場合ではないと頭では分かっていても体がそれに従うことはない。手の甲で何度も涙を拭った。

「王女、あまり泣かれると、お化粧が取れてしまいますよ」

 エリアスの静かな声が聞こえる。うんうん、と頷きながらもやはり涙は止まらない。

 そんな時、私でもエリアスでもない聖気を近くに感じた。

「王女様見つけたー」

 声がした方を向くとジェシカとノアが階段を下りてきていた。今の呑気な発言はノア。ジェシカは私の様子を見て、急いで駆け下りてくる。

「大丈夫っ!?」

 泣き腫らした顔を見られるのは少し恥ずかしい。

「エリアスに何かされたの!?」
「いや、私のせいにするな」

 エリアスは呆れた顔で言う。

「ジェシカは男にすぐ責任押し付けるもんねー」

 後ろでのんびりとニコニコしていたノアが楽しそうに口を挟む。彼は本当に呑気だ。

「ジェシカさん……ごめんなさい。私、逃げたりして……」

 すると彼女は私の手をギュッと握り締めてくれた。とても温かい手で、また涙が溢れそうになる。

「いいよいいよ! 王女様は悪くないよ。王様には一応説明しておいたし」

 そう言って慰めてくれるジェシカの優しさに私は再び涙をこぼす。今日出会ったばかりの私にこんな親切にしてくれるなんて感動ものだ。

「あちゃー。ジェシカ、王女様を泣かせちゃったー」
「アンタ本当にうるさい」

 またいつものようなやり取りが始まる。

「大丈夫だから! 王様怒ってなかったよ。あの不細工なド派手女が嘘ついてるって説明したら分かってくれてた!」
「不細工なド派手女って言ったの……?」

 どちらかといえばそこが気になった。なかなかそんなボロクソな呼び方を思いつくものではない。

「うん! 言った!」

 ジェシカは微塵の躊躇いもなく答える。

「言っちゃったねー」

 ノアは苦笑いしながら軽い口調でそう続けた。

 そんなことを聞いているうちに段々元気になってくる。二人の軽快なやり取りは私の心の暗い気持ちを吹き飛ばしていく。例えるなら真っ暗な夜の海に朝日の光が射してくるような感じ。

「ジェシカさん、ノアさん、ありがとう。私は勝手なことをしてしまったのに優しくしてくれて……ありがとう」

 この時、私は素直に感謝を述べることができた。

「元気になられて何よりです」

 エリアスは寂しさと嬉しさが混ざったような不思議な微笑みを浮かべる。伏せ目を強調する長い睫が演出しているだけかもしれない。とにかく、彼の表情にちらつく寂しそうな色の意味は、今の私にはよく分からなかった。
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