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11話 「心強い味方」
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「それで、今日の予定はどうなってたっけ?」
私の用事はヴァネッサが管理しているので、彼女に確認すればすべてが分かる。もちろん、自己管理を自分ですべきだというのは分かっているが、何にせよ王女というのは用事が多い。それも細々としたものばかりなので私だけで覚えておくのは至難の業だ。
「はい、確認します。……本日は夕方より建国記念祭挨拶の確認、夜は晩餐会があります」
ヴァネッサは上着の内側から手帳を取り出し、少し確認してから教えてくれた。
「晩餐会かぁ、久々ね。楽しみだけど挨拶の確認は嫌だわ」
華やかなドレスをまとうことができる晩餐会はいつも密かな楽しみであるが、大概晩餐会の日に限って気の進まない用が入るという不思議な現象がある。今日もやはりその通り。
「アンナ王女、挨拶の練習は進んでいますか?」
「あー……」
挨拶の練習は昨晩少ししただけだが、ほぼしていないなんて言えるはずもなく口ごもる。
「なさっていませんね」
ヴァネッサは即座に返した。態度を見るだけで練習しているか否か分かるのだろう、もう一度問うことはしなかった。
「でも今日の晩餐会、エリアスは出られないわよね。ヴァネッサが一緒に来てくれる?」
晩餐会の場に侍女が来るのは原則禁止になっているのでいつもはエリアスに来てもらっていたが、囚われてしまっている今は彼に同行してもらうのは不可能だろう。代わりにやむを得ない理由として侍女を連れ込むことが許されるかも。
「いいえ。あの場に侍女は入れませんからそれは不可能です」
「一人ぼっちは嫌!」
さすがに一人で晩餐会へ行く勇気はない。
「それは存じ上げております。ですから本日は心強い味方を二人呼んでおきました」
「……心強い味方?」
急に言われてもまったく心当たりがない。なんのこっちゃ、という感じだ。
「えぇ。ジェシカとノアという天使です」
「ふぅん……。そんな名前、聞いたことないわ。親衛隊?」
心強いと言うということは強いのだろうから、王を護る親衛隊の所属だろうと推測する。しかし、返ってきたのは予想外な答えだった。
「護衛隊所属ですよ。つまりエリアスの部下ということです」
ヴァネッサは淡々と言うが、私は驚きを隠せなかった。自分の護衛隊のことは分かっているつもり。でもジェシカとノアなんて名前は聞いたことがない。
「私、会ったことないわ」
いつの間にそんな人たちが護衛隊に加わっていたのやら。
「ええ。それはそうでしょう。二人はしばらく地上界へ行っていましたから」
秘密にされていたみたいな気がして不満を感じ、頬を膨らまして言う。
「エリアスもそんなこと話してくれなかったわ。一言くらい言ってくれても……」
するとヴァネッサは手帳をしまいつつ口を動かす。
「言わないでおく必要があったのだと思います」
言わないでおく必要? どういう意味? と尋ねようと口を開く直前、彼女は更に続けた。
「ディルク王はエリアスをよく思っておられないです。エリアスはいつ何の疑いをかけられてもおかしくないと考えていたのでしょう。もし自分に何かあった時には二人を呼んでくれと頼まれていました」
エリアスがヴァネッサにそんなことを頼んでいたなんて意外だ。二人はいつもすぐに喧嘩を始めるから仲が悪いのだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
「私が二人の存在を知れば、何かの拍子に父に話すかもしれないから、ってこと?」
「恐らくは。とにかく王には隠したかったのでしょう。だからわざわざ二人を地上界へ行かせるまでしたのだと思います」
エリアスのことだ、きっと私を疑ったりはしない。彼だけはいつだって私の言うことを信じてくれた。その彼が私にも言わないなんてよっぽどである。
「アンナ王女を一人にしないためにと考えたのでしょうね。本当に、あの男はいつも適当で無茶ばかりで! ……けれど」
「ヴァネッサ?」
少し様子が変だ。
「あの徹底した忠誠心だけは、尊敬します」
何か、もやっとしたものが、胸の奥で生まれる。ヴァネッサが珍しくエリアスを褒めるのを聞き違和感を感じている……のではなさそう。自分の心のことながらよく分からない。
「さて、アンナ王女。そろそろ挨拶の練習をなさってはいかがですか?」
挨拶の練習は面倒だが仕方ない。練習なしで人前に出るのは恥さらし以外の何物でもないから、私は練習を始めることに決め、昨夜放り出したままの原稿を取りにベッド横のテーブルへ行く。
「ではアンナ王女、早速読んでみせて下さい」
「……え。いきなり?」
原稿の束を持ってヴァネッサの前に立つ。
「はい。どうぞ」
ヴァネッサは普段通りクールな表情で頷く。
「……う、うん。分かった」
ぐちゃぐちゃな順番に並んだ紙を正しい順に並べ替え、一枚目に視線を向ける。
その頃、大通りを闊歩する二人の天使がいた。
「やー、懐かしいなーっ! あたし、天界に来るのいつ以来だったかなっ?」
「うん。多分三百年ぶりぐらいじゃないかなー」
先を歩く天使は十代の少女のような姿。その後ろに続く天使は、男性にしてはやや低いめの身長で、まったりした表情が特徴的な青年の姿をしている。
「三百年前だったらエンジェリカないじゃん! ノア、言ってることだいぶおかしいよ」
「うん。それぐらい久しぶりな気がするってことだよー。僕もすっごく久々に来たけど、エンジェリカは全然変わらないね」
私の用事はヴァネッサが管理しているので、彼女に確認すればすべてが分かる。もちろん、自己管理を自分ですべきだというのは分かっているが、何にせよ王女というのは用事が多い。それも細々としたものばかりなので私だけで覚えておくのは至難の業だ。
「はい、確認します。……本日は夕方より建国記念祭挨拶の確認、夜は晩餐会があります」
ヴァネッサは上着の内側から手帳を取り出し、少し確認してから教えてくれた。
「晩餐会かぁ、久々ね。楽しみだけど挨拶の確認は嫌だわ」
華やかなドレスをまとうことができる晩餐会はいつも密かな楽しみであるが、大概晩餐会の日に限って気の進まない用が入るという不思議な現象がある。今日もやはりその通り。
「アンナ王女、挨拶の練習は進んでいますか?」
「あー……」
挨拶の練習は昨晩少ししただけだが、ほぼしていないなんて言えるはずもなく口ごもる。
「なさっていませんね」
ヴァネッサは即座に返した。態度を見るだけで練習しているか否か分かるのだろう、もう一度問うことはしなかった。
「でも今日の晩餐会、エリアスは出られないわよね。ヴァネッサが一緒に来てくれる?」
晩餐会の場に侍女が来るのは原則禁止になっているのでいつもはエリアスに来てもらっていたが、囚われてしまっている今は彼に同行してもらうのは不可能だろう。代わりにやむを得ない理由として侍女を連れ込むことが許されるかも。
「いいえ。あの場に侍女は入れませんからそれは不可能です」
「一人ぼっちは嫌!」
さすがに一人で晩餐会へ行く勇気はない。
「それは存じ上げております。ですから本日は心強い味方を二人呼んでおきました」
「……心強い味方?」
急に言われてもまったく心当たりがない。なんのこっちゃ、という感じだ。
「えぇ。ジェシカとノアという天使です」
「ふぅん……。そんな名前、聞いたことないわ。親衛隊?」
心強いと言うということは強いのだろうから、王を護る親衛隊の所属だろうと推測する。しかし、返ってきたのは予想外な答えだった。
「護衛隊所属ですよ。つまりエリアスの部下ということです」
ヴァネッサは淡々と言うが、私は驚きを隠せなかった。自分の護衛隊のことは分かっているつもり。でもジェシカとノアなんて名前は聞いたことがない。
「私、会ったことないわ」
いつの間にそんな人たちが護衛隊に加わっていたのやら。
「ええ。それはそうでしょう。二人はしばらく地上界へ行っていましたから」
秘密にされていたみたいな気がして不満を感じ、頬を膨らまして言う。
「エリアスもそんなこと話してくれなかったわ。一言くらい言ってくれても……」
するとヴァネッサは手帳をしまいつつ口を動かす。
「言わないでおく必要があったのだと思います」
言わないでおく必要? どういう意味? と尋ねようと口を開く直前、彼女は更に続けた。
「ディルク王はエリアスをよく思っておられないです。エリアスはいつ何の疑いをかけられてもおかしくないと考えていたのでしょう。もし自分に何かあった時には二人を呼んでくれと頼まれていました」
エリアスがヴァネッサにそんなことを頼んでいたなんて意外だ。二人はいつもすぐに喧嘩を始めるから仲が悪いのだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
「私が二人の存在を知れば、何かの拍子に父に話すかもしれないから、ってこと?」
「恐らくは。とにかく王には隠したかったのでしょう。だからわざわざ二人を地上界へ行かせるまでしたのだと思います」
エリアスのことだ、きっと私を疑ったりはしない。彼だけはいつだって私の言うことを信じてくれた。その彼が私にも言わないなんてよっぽどである。
「アンナ王女を一人にしないためにと考えたのでしょうね。本当に、あの男はいつも適当で無茶ばかりで! ……けれど」
「ヴァネッサ?」
少し様子が変だ。
「あの徹底した忠誠心だけは、尊敬します」
何か、もやっとしたものが、胸の奥で生まれる。ヴァネッサが珍しくエリアスを褒めるのを聞き違和感を感じている……のではなさそう。自分の心のことながらよく分からない。
「さて、アンナ王女。そろそろ挨拶の練習をなさってはいかがですか?」
挨拶の練習は面倒だが仕方ない。練習なしで人前に出るのは恥さらし以外の何物でもないから、私は練習を始めることに決め、昨夜放り出したままの原稿を取りにベッド横のテーブルへ行く。
「ではアンナ王女、早速読んでみせて下さい」
「……え。いきなり?」
原稿の束を持ってヴァネッサの前に立つ。
「はい。どうぞ」
ヴァネッサは普段通りクールな表情で頷く。
「……う、うん。分かった」
ぐちゃぐちゃな順番に並んだ紙を正しい順に並べ替え、一枚目に視線を向ける。
その頃、大通りを闊歩する二人の天使がいた。
「やー、懐かしいなーっ! あたし、天界に来るのいつ以来だったかなっ?」
「うん。多分三百年ぶりぐらいじゃないかなー」
先を歩く天使は十代の少女のような姿。その後ろに続く天使は、男性にしてはやや低いめの身長で、まったりした表情が特徴的な青年の姿をしている。
「三百年前だったらエンジェリカないじゃん! ノア、言ってることだいぶおかしいよ」
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