エンジェリカの王女

四季

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4話 「危険な街角」

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「……あれ?」

 雑貨屋でくまのストラップを買った後、立ち並ぶ店を眺めながら歩いていた。するといつの間にやらエリアスが見当たらなくなっている。おかしい。さっきまで数歩後ろにいたはずなのに。

「エリアスー、どこー?」

 彼の名を呼んでみたが、建国記念祭の準備で行き交う天使達が一瞬振り返るだけで、彼からの返答はない。辺りを懸命に眺めてみても姿は見当たらない。

「……はぐれちゃったのかな、どうしよう。エリアスと一緒にいなくちゃヴァネッサに怒られるのに……」

 不安に駆られながら独り言を呟く。さっきまでは楽しくて仕方なかったのに、街が急に怖く感じてくる。エリアスを探してうろつくうちに段々足が疲れてきて、私はとうとう道の端の煉瓦に腰をかけた。

「……どうしたらいいの」

 すっかり困りきってしまい、頭を抱えて小さく漏らす。

「こんにちは。お嬢さん」

 ふと声が聞こえ私が顔を上げると、そこには見知らぬ男性が立っていた。
 黄色に近い金髪でセットされた前髪、紫の瞳。細身でスタイルは良く、金を持っていそうな身形をしている。まとっている紫のマントが個性的で、この国ではあまり見かけない服装だ。

「……誰ですか?」

 怪しんで尋ねてみると、その男性は返す。

「僕はしがないお金持ちさ!」

 意味が分からない。分からないが、今の一言で一つだけ分かったことがある。
 バカだということ。

「あの……、お金持ちなのにしがないんですか?」
「そうさ。僕って、賢いし強いしかっこいいだろう」

 お金持ちはしがないとは言わないと思う。

「貴方、変わってますね」
「僕が? あぁ、そうか。君は僕の魅力に驚いているんだね」

 そんなに美男子とは思わないが、目の前にいる彼は自分がかっこいいと信じて一切疑わないようだ。ナルシストというやつか。そういう質の者もいると話には聞いたことがあるが、実際出会うのは初めてな気がする。

「それで、何か用ですか?」
「ふふふ……」

 彼はよく分からない奇妙な笑い方をしている。

「僕には見える。君の悩みが、手に取るように!」

「私の悩み?」
「なんたって僕、天才だから! 他人の心が見えるのさ」

 謎のポーズをしながらそんなことを言う。果てしなく謎だ。

「君、今、探している人がいるだろ?」

 彼はいきなり顔を私の顔に接近させ、小声で囁いた。

「いや、人じゃないか。正しく言うなら天使だね。名前はエリアス、君の護衛隊長か」

 私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。当たっている。どうやらナルシストなバカというだけでもないらしい。

「やけに詳しいのね」

 だがますます怪しい。

「最初に言ったはずさ。僕は君の心が見える! そんなことぐらい簡単に分かるよ」
「じゃあエリアスがどこにいるかも分かるって言うの?」

 私は少し興味を持ったので尋ねてみる。いかにも怪しくはあるが、エリアスを探す力になってくれるのなら、頼ってみるのも悪くはないかもしれない。

「ふふ……、もちろん。実は心当たりがあるのさ!」

 彼はまた謎のポーズをきめながら発言した。

「心当たりですって? もしかして貴方、エリアスのこと知ってるの?」

 知り合いでないなら心当たりがあるわけがない。

「ふふ、そうさ。特別親しいわけじゃないけど、会ったことはあるんだよ。だから見た目で分かる。さっき彼らしき天使を見かけた場所へ案内してほしいかい?」

 私は腰かけていた煉瓦から立ち上がる。

「……本当なのね?」

 真っ直ぐに見据えると、彼は誇らしげに頷く。

「このかっこいい僕が君に嘘を言う理由はないよ。ふふふ」
「分かったわ。じゃあエリアスのところへ案内して」

 私は彼についていくことにした。多少の不安はあったが、行動しなくては何も始まらない。

 男性に案内されて歩くことしばらく。辿り着いたのは街からそこそこ離れた郊外にある木造の小屋だった。
 静かな雰囲気で何者かがいるとは思えない場所だ。近辺にエリアスがいるなら多少は彼の聖気を感じられるはずだが何も感じられない。

「本当にこんなところにエリアスがいるの?」

 私は疑問を抱きつつ小屋の中へ入る。小屋の中はとても殺風景で、机と椅子を除けばほぼ何も置かれていない。

「帰ります。エリアスはここにいないわ。彼の聖気は感じられないもの」

 無駄足だった。小屋を出ていこうとした刹那、男性は私の腕を掴んだ。

「いやいや。ただで帰らせるわけにはいかないなぁ」

 彼は掴んだ腕を引っ張り、私の体を自分の方へ引き寄せる。

「アンナ王女。エンジェリカの秘宝……って知ってるかい?」

 あまり至近距離で不気味な笑みを浮かべるものだから、私は反射的に腕を振り払っていた。

「エンジェリカの秘宝? 何よそれ。知らないわ」

 聞いたこともない。

「なんでも、どんな願いも叶えてくれる宝具だとか。……素直に話した方が身のためだよ」

 男性は一旦前髪を掻き上げてかっこつけてから、私の首に腕を回した。その手には黒いナイフが握られており、そこからは悪魔が持つ魔気が漂っている。背筋が凍りつくような不気味な感覚だ。

「……魔気? もしかして」

 魔界で暮らす悪魔が天界にいるはずはない。だが、今感じている魔気は確かに本物である。

「貴方、悪魔……?」

 すぐそこにある彼の口がにやりと歪む。

「僕は四魔将のライヴァン」

 以前、魔界の王妃に仕える優秀な四人の悪魔の話を聞いたことがある。魔界でも数えるほどしかいない上級悪魔だとか。

「さぁ! この美しい僕にエンジェリカの秘宝を渡してもらおうか」
「嫌よ」

 怖い。だが、こんなことに負けるわけにはいかない。ただひたすらに耐える。

「そんなの知らないわ。離してちょうだい!」

 私は湧き出る恐怖を振り払うべく、きつい口調で言い放つ。こうでもしないと脚が震えてへたり込んでしまいそうだ。

「ならいいさ!」

 男性——ライヴァンは、怒りに顔を歪めて私を蹴飛ばした。なんて乱暴なの。

「美しい僕のお願いを聞けないならもう知らない! 怒った! 消しちゃうっ!」

 ライヴァンは怒った子どものように顔を真っ赤に染め声を荒らげる。思い通りにならないとイライラするタイプのようだ。

「覚悟っ!」

 彼は甲高く叫ぶと、魔気をまとった黒いナイフを振り回し始めた。さすがに危ないと思い、慌てて距離をとる。
 額に浮かんだ汗の粒が頬を伝って床へ落ちる。この男は私を本気で殺そうとしている。そう感じた途端、恐怖で脚が動かなくなった。
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