エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
上 下
123 / 131

122話 「鳩とチキンの記憶」

しおりを挟む
 建国記念祭前日。

 いよいよ明日から開催される建国記念祭。戴冠式と結婚式も行われるこの一週間は、きっと今までにないくらい忙しくなると予想される。だがそれと同時に、とても素敵な、ずっと記憶に残る一週間になるに違いない。

 挨拶や式典での動きの練習、衣装の最終チェックなど、朝から用事がみっちり詰まり、とても慌ただしい一日だ。
 だがその慌ただしさが「いよいよ明日から建国記念祭なのだな」と気分を高めてくれる。ちゃんと振る舞えるのだろうかという不安や公の場に出る緊張もあるが、それ以上に楽しみが大きい。心が踊り、足取りも軽い。風をきって歩くことすら楽しく感じられる。


 ウキウキしながら軽快に廊下を歩いていると、ラピスにバッタリ出会った。

 いつも彼女は長い金髪を下ろしているが、今日は珍しくまとめ髪にしている。その三つ編みをねじり固めたようなヘアスタイルは、長い首がいつもよりスッキリと見える。上品さが漂い好印象だ。
 よく見ると服装も今までとは違い、初めて見るパンツスタイル。裾広がりのオシャレなパンツなので脚の長さが強調されてスタイルが良く見える。……いや、もちろんラピスの脚が長いというのはあるのだろうが。

「アーッ! 王女様ですネッ。こんにちはデス!」

 何やら少しおかしい気がするがそこは流し、褒め言葉を添えつつ挨拶する。

「こんにちは。今日の髪型、素敵ですね」

 すると彼女はポッと頬を赤く染める。

「そうデスカ!? 勇気を出してミタので褒めていただけて嬉しいですヨ!」
「よく似合っています」
「嬉シイ! 王女様の戴冠式の衣装チラッと見ましたケド、とっても綺麗だったデス。明日が楽しみにナッテきまシタ!」

 まだ一部の者にしか公開されていないはずなのだが、どこで見かけたのだろう。ヴァネッサが見せたのかな。ルールを厳守する彼女がそんなことをするとも思えないが。

「戴冠式の衣装の一般公開はまだなはずですけど、ラピスさんはどこでご覧になったのですか?」

 すると彼女はいたずらな笑みを浮かべながら人差し指を口元に添えて、「秘密デスヨ」と小さく言う。

「実は衣装係に知り合いがいるノデス。ダカラ、一足先に見セテもらえマシタ。持つべきものはトイウやつですネ!」

 そんなところから流出していたとは衝撃だ。
 衣装のことだからまだ良いものの、これが政治的に重要な情報だったりしたら、その天使は首を切られるだろうな……と思い少し身震いする。だが多くの天使が集まっている以上物事を完全に伏せるのは不可能だというのは誰にでも分かるようなことだ。

「……情報流出」

 突如発された男性の声に驚き、反射的に後ろへ退く。
 その勢いで転倒して腰を打った。痛い。腰をさすりながら顔を上げると、そこには黒いスーツに身を包んだ男性天使がいた。

 えっと、誰だっけ?

「フロライト! 急に出てきたらビックリヨー!」

 ラピスが大袈裟に頬を膨らませて彼に注意する。

 そうだ、フロライトだった。確か私の誕生日パーティーに来てくれた手品師だったかな。
 誕生日パーティー以来会っていないうえ影が薄いので忘れかけてしまっていたが、鳩を焼きチキンに変えるという珍妙なマジックを披露してくれたことだけは記憶にある。あの時の後味が悪い感じはよく覚えている。
 もう少しまともな思い出がないものか、という気はするが。

 フロライトは転倒した私の前まで歩み寄り、手を差し出してくる。

「……すまない」

 手を差し出してくれてはいるものの、視線はまったく合わせてくれない。それを見て、彼が照れ屋だったことを思い出す。黒ずくめのクールで厳つい外観に似合わない性格ね、と心の中で呟く。

「王女、こちらにいらっしゃいましたか」

 突然エリアスの声がして振り返ると、背後から彼がやや駆け足でこちらへ来ていた。

 結婚式の最終確認でもしていたのだろうか。黄金の糸で刺繍された詰め襟の白い上衣に、きっちり折り目をつけられた整った形のズボン。白よりの金髪は綺麗にセットされており、オールバックで額が出ているため、一瞬誰か分からなかった。

「エリアスじゃない。どうかしたの?」

 私は立ち上がり服の裾を軽くはたくと、別人のようにも見えるエリアスに視線を移す。
 オールバックというのは少し違和感があるが、いつもより大人の色気があるように思う。凛々しくも繊細な顔立ちとあいまってとても魅力的に仕上がっている。
 彼の横に私が立つのが恥ずかしくなりそうなくらいだ。

「呼び出しがかかっています。お時間大丈夫でしょうか」
「そうなの? 分かったわ」

 私はラピスとフロライトに別れを告げるように手を振り、エリアスについていく。
 ラピスと話していて、この後も用事がびっしり詰まっていることをすっかり忘れていた。もう大人になるのだからしっかりしなくては。いつまでも世話され甘やかされる王女でいてはならない。


 私はエリアスの後ろについて歩きながら、「さっきはどうして王女と呼んだの?」と尋ねる。ここしばらくずっとアンナと呼んでくれていたから、先ほど王女と呼ばれたのが気になったのだ。何か心境の変化でもあったのだろうか、と。
 しかし、彼の表情を見る感じ、そうではないようだ。

「他の天使がいる前で名前呼びは避けるようにとヴァネッサさんから注意を受けましたので、王女と呼ばせていただきました。事情の説明もせず申し訳ありません」

 なんだ、そんなこと。
 色々と厳しいヴァネッサが名前呼びを許してくれないであろうことは想像の範囲内。式を挙げて結婚してしまえば彼女は口出しできなくなるのだから、慌てふためくことはない。

「そういうことなら構わないわ。気にしないで。……それより、その髪型珍しいわね」

 エリアスのオールバックを見るのは今日が初めてな気がする。

「あまり似合っていない気がします。アンナはこの髪型、どう思いますか」
「色気があっていいと思うわ」
「やはり、あまり適していないようですね……」

 エリアスは歩きながら、少しがっかりしたような表情を浮かべる。

「待って、違うわ。かっこいいわよ」
「……そうですか?」

 疑うような目で私を見てくる。何もそんな顔しなくても——いや、彼も慣れないことをしなくてはならず不安なのかもしれない。それなら安心させてあげなくては。

「えぇ! 好みよ」

 笑顔でハッキリと答えた。彼の不安が少しでも解消されればいいな、と思いながら。
 すると彼は、眉尻を下げ視線を逸らして、恥じらう様子を見せる。

「もったいないお言葉です。けれど貴女に褒めていただけるなんて……ドキドキします」

 何だか女々しい。赤く濡れながら戦っていた彼とはかなり違う印象だ。ただ、私はそんなところも嫌いではない。

 すべて合わせてエリアスだと思っているから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...