エンジェリカの王女

四季

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105話 「合流」

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 気がつけば私は先ほどまでいた場所に座っていた。

 確かカルチェレイナの手を握っていたはずなのだが、見回しても彼女の姿は見当たらない。亡骸すら残らなかったようだ。辺りは異様な静けさに包まれている。ヴィッタは泣き崩れ、さすがのライヴァンもこの時ばかりは黙っていた。

 一匹の水色に輝く蝶がヒラヒラと宙を舞い、やがて姿を消す。それは魔界の王妃カルチェレイナの終わりを告げているように感じられた。

「麗奈……さようなら」

 今はもう消え去った彼女へ、小さく別れを告げる。そして私は切り替えて立ち上がった。


 ちょうどその時。

「アンナ王女、ご無事ですか?」

 背後から聞こえた平淡な女性の声に気づき振り返る。

「ヴァネッサ!」

 そこには、ヴァネッサと、半ば抱き抱えるように支えられているエリアスの姿があった。二人の姿を目にして、緊張が一気に解れる感じがする。
 彼女の瞳は生気を取り戻している。そういえば彼女とは森で別れたきり会っていなかったな、と少しだけ考えた。
 私はすぐさま二人に駆け寄る。一刻も早く会いたかった。夢みたいだ。

「どうして一緒なの?」

 ヴァネッサとエリアスは森の中とはいえ別々の場所にいたはず。それなのに今二人が共にいることを疑問に思い、尋ねてみた。
 するとヴァネッサは落ち着いた調子で答える。

「歩いていたところ偶然エリアスと合流できたので、アンナ王女のところへ行こうという話になりまして。時間はかかりましたがここまで参りました」

 とても真面目な返答に驚いた。今は再会を喜ぶシーンのはずだが、彼女は相変わらずテンションが低い。いつもと大差ない淡々とした口調に落ち着いた表情。嬉しくないはずはないのだが……不思議だ。喜び方も性格によってそれぞれということなのだろうか。

 次にエリアスへ視線を移すと、彼は軽く笑みを浮かべる。

「ご無事でしたか、王女」

 彼が伸ばした片手をそっと握ると、氷が溶けるように、指から指へと温もりが伝わる。
 戦闘の跡が残る赤い染みだらけの白い衣装は見るからに痛々しい。しかしそれとは対照的に、彼の表情はとても穏やかで、苦痛を決して感じさせない。

 そこへライヴァンが乱入してくる。

「ふっ。エリアスはボロボロではないか!」

 また余計なことを言う。そんなことを言ったところでエリアスを怒らせるだけだというのに。

「随分やられ……ぶっ!」

 やはり予想通りの展開になった。

 エリアスの素早い平手打ちがライヴァンの頭に入る。エリアスは怪我で弱っているはずだが、とても痛そうな乾いた音が鳴った。敵に食らわせても十分なくらいの威力だと思われる。
 ヴァネッサはエリアスの体を支え続けながらも、呆れたような表情を浮かべている。

「この期に及んでまだ殴るのかっ!?麗しい僕の頭がハゲたらどうしてくれるんだっ!」

 脳より髪を心配するとは。今日に限ったことではないが、怒るところがおかしい。
 ライヴァンの大袈裟な騒ぎ方を見て、私は無意識に笑みをこぼしてしまった。子どもみたいで、なんだか微笑ましくて。

「聞いているのかっ!? 僕の美しい髪がなくなったら、どう責任を取ってくれ……」
「安心しろ。その時には育毛剤を買ってやる」
「脱毛すること前提かっ!」
「対処について尋ねたのはそっちだろう」
「うるさい! うるさいっ!」

 くだらないことで熱くなるライヴァンに対して冷ややかな視線を送るエリアス。二人の言い合いには何とも言えないおかしさを感じた。
 いい年してこんな言い合い、ちょっと変ね。

 ——と、その時。

 エリアスは不意にフラッとよろけ、転けそうになる。ヴァネッサが素早く反応したから良かったものの、一歩誤れば転けていただろう。そのくらい危なかった。

 まだ本調子でないエリアスは下手に動かない方がいいと思う。

「これ以上余計なことをしないで下さい」

 ヴァネッサが不快そうな顔つきでライヴァンに言い放つ。短い文章だが、声に得体の知れない威圧感がある。
 冷淡な視線を向けられ、ライヴァンは畏縮気味に後ずさった。ヴァネッサに睨まれたのが余程恐ろしかったのだろう。
 彼女はライヴァンが後ずさるのを確認すると、視線を再びこちらへと戻す。

「ところでアンナ王女、これからどうなさるおつもりですか?」

 カルチェレイナを倒した後どうするのかを考えていなかったことに、ヴァネッサから問われて初めて気がついた。私は「カルチェレイナを倒す」という目標の達成に夢中になり、その先のことは何も考えていなかった。未熟としか言い様がない。
 このままではいけない、次にすべきことを明確にしなければ。まずは……何からすればいいのだろう。

「もしかして、考えていなかったのですか?」

 ヴァネッサは僅かに調子を強める。さっき後ずさったライヴァンの気持ちが少しだけ分かった気がした。

「まだ終わっていませんよ! すぐにそうやって気を抜かないように!」

 思わず背筋を伸ばしてしまうような厳しい忠告を受けた。ヴァネッサはまるで厳しい母親のようだ。
 母親が子どもを叱るのは愛ゆえだというが、厳しく叱られる子どもにはそれが理解できないのが世の常である。そして、今の私はその子どもに当てはまる。
 正直なところ私は今「そんな厳しく言わなくても」と愚痴をこぼしたくなっているもの。ヴァネッサと私は、完全に母親と子どもの関係ね。

「えっと、とにかく……」

 私はヴィッタの方を向く。まずは彼女をどうにかしなくては。

 可愛らしい目も丸みを帯びた子どもっぽい頬も、顔全体が真っ赤に染まっているが、そんなことはお構いなしに号泣している。甲高い声で愉快そうに笑い、時折狂気的なところをちらつかせていた、そんなかつての彼女とは別人のようだ。

 ヴィッタに作り出された大型悪魔の一体が、クオォォと声を出しながら、彼女の小さな背中を優しく撫でている。それでも彼女の涙は止まることを知らない。

 彼女はジェシカを傷つけた敵。だけど、さすがに少し可哀想な気がした。
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