エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
上 下
93 / 131

92話 「彼女は敵だ」

しおりを挟む
 悪魔が攻めてきたことを知らせに来てくれたツヴァイと、緊迫した空気が流れる中で話していた。

 直後、カシャァンと甲高い音をたてて部屋の窓ガラスが割れた。もはや原型を留めていないぐらい粉々に。
 突然のことで呆気にとられていると、そこからコウモリに似た小型の悪魔が大量になだれ込んできた。気持ち悪いぐらいの多さ。目視で数えてみたところ五十匹——いや、百匹はいる。

 エリアスは即座に私を庇うように前へ出た。
 聖気をまとった長槍で小型の悪魔たちを一気に追い払う。奇跡的に残った悪魔も、二振り程度で完全に消滅させた。雑魚悪魔相手なら余裕か。

「親衛隊が片づけるのではなかったのか」

 光の速さで悪魔をすべて消滅させたエリアスは、ツヴァイを冷ややかに睨む。
 まるで敵を見るような目。長い睫が威圧感を加える。私が向けられたら失神してしまいそうな、そんな目つきだ。

「まさか……嘘を言ったのではないだろうな。もしそうなら容赦はしない」

 エリアスはツヴァイのことを疑っているらしく、長槍の鋭い尖端をツヴァイへ向ける。数秒で首を落とせそうな位置に尖端が待機する。
 武器を向けられ慌てて「嘘じゃないっす」と否定するツヴァイに、エリアスはねっとりとした疑惑の視線を送る。
 まぁ、ツヴァイが親衛隊が片づけると言った後の襲撃だもの、疑ってしまうのも無理はないわ。エリアスはそもそも最初からツヴァイをあまり信用していないみたいだし。

 私はツヴァイを疑ってはいないけれど、エリアスを制止するほどではない。このまま放っておいても、エリアスは根拠もなくツヴァイを殺めたりはしないはずだ。少しでも戦力がほしいこの状況下なので尚更。

 そんなことを思って様子を見ていると、青ざめたレクシフが走ってきた。かなり全力疾走したのか、呼吸が荒れ肩が上下している。
 親衛隊員でも呼吸が乱れたりするのか、と少し意外だった。

「おー、レクシフ。どうした?」

 ツヴァイは軽く片手を上げ、いつものように挨拶の仕草をする。

「どうしたではありません! 親衛隊が……ほぼ壊滅しました」

 ——壊滅?

 エンジェリカ中から選りすぐりの強い天使を集めている親衛隊だ。普通の天使では入隊するのすら不可能に近しいと言われている。その親衛隊がやられたなど何かの間違いではないだろうか。例えば誰かが流した悪質な噂とか。
 とにかく、そんなこと、ありえるわけがない。いくらカルチェレイナでも親衛隊員全員に同時にかかられて勝てるほど強くはないだろう。この世にそんな者がいるとすれば化け物だ。

 だから、私たちはただ愕然とする外なかった。

「……まじかよ」

 やがて沈黙を破りツヴァイが漏らす。さすがの彼もいつものように軽いノリではいられなかったようだ。

「カルチェレイナたちがこちらへ向かってきます」

 ようやく呼吸が整ったレクシフが報告する。

 彼の報告によれば、主力はやはり三人らしい。カルチェレイナと、ヴィッタとルッツ。それは予測の通りである。
 しかしまだ信じられない。あれだけの戦闘力を誇る親衛隊が「ほぼ壊滅」だなんて。


「……え?」


 刹那、何かが一瞬煌めいた。そして大爆発が起こる。近くにいたヴァネッサが覆いかぶさるように私を抱き締める。

 鼓膜を突き破るような轟音、飛び散るあらゆる物の破片。煙の匂いが漂う。
 私が目を開けた時、部屋は半壊していた。

 そして、むこうから歩いてくる影が目に入る。

「キャハッ! こっぱみじーん!」

 一番に聞こえてきたのはヴィッタの甲高い声。一言聞いて彼女だとすぐに分かった。

 エリアスは鋭い表情になり長槍を構える。

「わざわざ来てあげたわよ」

 水色の長い髪、彫刻のように均整のとれた顔立ち、そこに浮かぶ不気味さすら感じさせる笑み。人間離れした容姿の彼女は間違いなくカルチェレイナだった。

「天界に来るのは初めてだったものだから、ルッツがいなければ今日中に着けないところだったわ」

 ……方向音痴なのかな?

 だが今はそんなことを考えているほどの余裕はない。一歩誤ればいつ殺されてもおかしくない状況なのだ。

「エンジェリカの王女……決着をつけましょう。今日あたしは貴女を殺す。その忌々しい力諸共王女を消し去って、四百年に渡る憎しみを晴らす」

 カルチェレイナの唇から溢れる言葉は、もう四百年前のエンジェリカの王女への憎しみではなくなっていた。彼女は今、私を憎む対象としているのだと分かった。
 彼女が持つ、ずっとやり場のなかった憎しみという感情の矛先は、私に向いている。彼女はもう普通の友達だった頃のようには笑ってくれないだろう。

「……さぁ。あたしの復讐の幕開けよ」

 向けられたのは、憎しみに満ちた黄色い瞳。彼女はもう二度と私をアンナとしては見てくれないのね。
 私は心のどこかで無意識にまだ信じようとしていたのかもしれない。「話せば分かってくれるかも」と。

 だが今はもう微塵もそうは思わない。

 彼女は——敵だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様 ===== 別で投稿している「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

冷酷魔法騎士と見習い学士

枝浬菰
ファンタジー
一人の少年がドラゴンを従え国では最少年でトップクラスになった。 ドラゴンは決して人には馴れないと伝えられていて、住処は「絶海」と呼ばれる無の世界にあった。 だが、周りからの視線は冷たく貴族は彼のことを認めなかった。 それからも国を救うが称賛の声は上がらずいまや冷酷魔法騎士と呼ばれるようになってしまった。 そんなある日、女神のお遊びで冷酷魔法騎士は少女の姿になってしまった。 そんな姿を皆はどう感じるのか…。 そして暗黒世界との闘いの終末は訪れるのか…。 ※こちらの内容はpixiv、フォレストページにて展開している小説になります。 画像の二次加工、保存はご遠慮ください。

処理中です...