エンジェリカの王女

四季

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66話 「ゲームって何?」

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 目が覚めると朝になっていた。窓の外の空はよく晴れていて、文句なしのお出かけ日和だ。

「おはようございます」

 そう挨拶してきたエリアスの姿を見て、眠気が一気に吹き飛ぶ。なぜか? 彼が人間の服装をしていたからだ。
 白いカッターシャツに黒のズボン。いつも着ている全身白の衣装でないとかなりの違和感を感じる。しかし人間の服装もなかなか着こなせている。

「エリアスが何だか人間風になってる」

 私は無意識にそんなことを漏らしていた。

「ありがとうございます。人間に見えますか?」
「えぇ、見えるわ」

 外から見れば十分人間に見える。長い睫や髪色は、地上界で若干浮くかもしれないが。
 ただ、ジェシカやノアが問題なく暮らしているのだから、エリアスも大丈夫だろう。

 それから朝食を取り、エリアスと出かけることになった。私は桃色のワンピースを着ていくことにした。ジェシカが自分のワンピースを快く貸してくれたのだ。話し方こそまだ少しぎこちないが、親切なところは変わっておらず安心した。


 待ち合わせ場所はショッピングモールの入り口近く。私たちが到着した時、麗奈は既に着いていて一人掛けのソファに座っていた。長い水色の髪がよく目立つ。

「麗奈!」

 私は大きめに手を振りながら彼女に駆け寄る。声に気づいたらしく振り返った彼女の美しい顔には明るい笑みが浮かんでいた。

「待たせてごめんなさいっ」

 手を合わせると彼女は首を左右に動かす。

「気にしないで、アンナ。あたしが約束より早く着いたのよ」

 それから一度エリアスに視線を移し、再び私を見て、「彼がエリアスくん?」と尋ねてくる。

「そうです。エリアスは私の大切な友人なんです」

 エリアスのことを友人と呼ぶのはおかしな感じだが、「護衛隊長です」なんて口が裂けても言えない。

「あら。あたしは大切な友人ではないの……?」

 麗奈は寂しそうな表情になる。なぜそういう流れになるのか分からない。

「違います、そんな意味じゃ……」
「冗談よ」

 麗奈は長い人差し指を私の唇に当て、クスッと微笑む。どうやら演技だったようだ。良かった、本気であんなことを言われると厄介だ。

「あたしは神木麗奈。エリアスくん、よろしくね」

 麗奈はエリアスに対して気さくに挨拶をする。

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 やや固い気もするが、エリアスは人間らしく振る舞えている。
 凄い、さすがだ。

「それじゃあ行きましょうか。アンナは行きたいところあるかしら?」

 あまり考えていなかった。

「えっと……」

 すると麗奈が提案してくる。

「あたし久々に見に行きたいところがあるの。もしアンナが特にないなら、そこへ一緒に行かない?」
「そうですね、行きます!」

 好きな友達とならどこへ行っても楽しいと思う。私は行く場所より行く相手を重視する派かもしれない。


 麗奈について入ったのは、見たことのないものがたくさん売られているお店だった。
 私の身長ぐらいの高さの棚には正方形の箱が並んでいる。ちょうど開いた手のひらと同じくらいの大きさで、厚みはそれほどない。そして柄は色々なものがありカラフルだ。

「ここは一体何のお店なんですか?」

 麗奈に質問してみた。
 すると彼女は笑顔で教えてくれる。

「やっぱり初めて来るの? 教えてあげる。ここは、ゲーム屋さんよ!」
「げぇむやさん?」

 そんな単語は聞いたことがない。後ろの「やさん」は、八百屋さんとか本屋さんというような店を指し示す「屋さん」だろう。すると「げぇむ」なるものを売っている店ということか……などと色々考えていると、エリアスが口を挟んでくる。

「ゲームというと、遊びのようなものですね」
「あら。エリアスくんは知っているのね」

 ふぅん、エリアスは知っているのね。さすがに博識だわ。

「ここで言うゲームっていうのは、機械を使ったゲームなの。機械の中で色々な物語が繰り広げられて、困難を乗り越えたり敵を倒したりして遊ぶわ」

 比較的丁寧に説明してもらっても理論がよく理解できない。馴染みのないことを急に理解するのって案外難しい。

「うーん。難しいですね……」

 それしか言い様がなかった。本当に分からないんだもの。

「敵を倒すのがどうして遊びなんですか?」
「んー、そうね。じゃあ少しジュースでも飲みながら説明しましょうか」
「お願いします!」


 私と麗奈は、一度店を出て、自動販売機でイチゴミルクを買う。エリアスは飲まないらしく断った。折角だし飲めばいいのにね。
 私と麗奈はイチゴミルクを持って休憩所のベンチに腰かける。

「あら、エリアスくんは座らないの? このベンチ、もう一人座れるわよ」

 エリアスが私のすぐ横に直立しているのが気になったのか、麗奈は彼に声をかけた。すると彼はほんの少し微笑みながら淡々とした調子で答える。

「お気遣いありがとうございます。ですが私は立っている方が楽なのです」
「そうなのね。分かったわ」

 麗奈は美しい唇に微かな笑みを浮かべ、それ以上何も言わなかった。


 それから私はイチゴミルクを飲みながら、ゲームについて麗奈から教えてもらった。ゆっくり説明してもらうと徐々に分かってくる。
 自分の分身を操り冒険したり恋愛したり……というのは実に興味深い。それはつまり、行けない場所へ行ったり知らない者に会って話したりできるということである。
 もしエンジェリカにゲームがあれば、王宮から出られなかった頃も退屈しなかっただろうなと思う。

「いつも思うのですけど、人間の発想力は凄いものがありますね。私にはそんなこと思いつきませんでした」
「人間?」

 あ。またやってしまった。
 麗奈がキョトンとした顔をする。確かに人間とか言い出す人間はおかしい。

「ふふっ、アンナは本当に変わっているわね。でもあたしはアンナのこと、そういうところも含めて好きよ」

 良かった、疑われていないみたい。どうやら人間は人間以外の存在が普通に暮らしていると思わないようだ。

 イチゴミルクを飲み終えるとゲーム屋さんへ戻り、ゲームのパッケージを見てあれこれ話す。そして昼食は近くにある外国料理店で食べた。米の上にハンバーグと卵が乗ったメニューを選んだ。初めて食べたけど、結構美味しいかったな。昼食の後、午後は色々な店を見て回ったりして、たくさん話した。

 とにかく今日は、とても充実した一日だった。
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