エンジェリカの王女

四季

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57話 「ヴィッタのおもちゃ」

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 映像が切り替わる。
 次に映し出されたのは拘束されたジェシカだった。立った状態で両手足が鎖に繋がれている。天井から伸びる鎖が手首を、地面の鎖が足首を、というところだ。

「ジェシカさんっ!?」

 それを見て思わず叫んでしまった。

「キャハッ! このおもちゃ、すっごく頑丈で壊れないんだよねぇ。一晩耐えたのはこれが初めてかも。キャハハハッ!」

 画面にヴィッタが現れる。それと同時に二足歩行の大きな悪魔二体も現れた。

「ねぇ、ジェシカ。王女が見てるけど何か言えばぁ? 助けて! とか。ま、王女がここまで来れるはずないけど。キャハッ!」
「うるさいな! 王女様を心配させる魂胆が見え見え!」

 拘束され体も傷ついているジェシカだが、はっきりした物言いは普段と変わっていない。

「ヤーン、こわーい。ねぇねぇ教えて。今日はどこから遊んでほしい?」

 ヴィッタは甘ったるい声でジェシカに話しかける。
 私たちは何を見せられているのか。ヴィッタの意図はさっぱり分からない。

「腕? 足? それとも……」

 ジェシカの体が緊張するのが画面越しに見てとれた。

「ここがいいかなぁ?」

 ヴィッタはジェシカに顔を寄せ、片手で羽をつまむ。

「ここを遊んだら泣くかなぁ。試してみよっか。キャハッ!」
「……何するつもり?」

 二足歩行の大きな悪魔がジェシカの背後に回り、大きな手で彼女の小振りな羽を掴む。そして本来動かない方向に捻った。

「うあああっ!」

 激痛が走ったのだろう。ジェシカは上半身を反らせて苦痛の声を出す。
 私は思わず手で口を押さえる。こんなもの見ていられない。見ているこちらが辛すぎる。

「ねぇジェシカ。どぉどぉ? いい子だからさ、ごめんなさいって言ってみてよ」

 ジェシカは顔を苦痛に歪めながらも首を左右に動かしヴィッタを睨みつける。

「言うわけないじゃん!」
「じゃあ、やれ」

 途端にヴィッタは冷めた表情になり、二足歩行の大きな悪魔へ指示する。二体は再びジェシカの羽をあらぬ方向へ曲げる。

「あああっ……!」

 ジェシカは体を折り曲げ、涙目になっている。全身が小刻みに震えていた。

「キャハッ! 許して下さいって素直に言えるかなぁ?」
「……絶対言わない。アンタだけには言わない」
「テメェ、調子に乗んなよ!」

 機嫌が悪くなったヴィッタは至近距離から赤い電撃を放つ。ジェシカは苦痛に顔を歪め、ジタバタして悲鳴をあげた。

「お願い! もう止めて!」

 あまりの痛々しさに私は叫んでしまった。責任をひしひしと感じ、胸が苦しくなってくる。

「……王女様、さ。もしこれを見てるなら、お願いだから自分を責めたりはしないでよね」

 俯いていたジェシカが小さな声で言った。

「あたしは王女様を護れたことを誇りに思ってる。だからどんなに辛くても後悔しない。……でもね、あたしのせいで王女様が傷つくのは嫌だよ」

 痛めつけられて、一人ぼっちで……そんな状況にあっても彼女は私の心配をしている。それが私には信じられなかった。私とたいして変わらない少女で、あんなに細い体だ。きっと痛くて痛くて仕方ないだろうに、彼女は決して弱音を吐かない。

「まだ言う気にならないのぉ? じゃ、もっとやって」

 ヴィッタは無情に指示を出す。身をよじりながら抵抗するも、ジェシカはまた羽を曲げられる。関節の動く限界に達しているにもかかわらず曲げられ続け、メリメリと音がしていた。

「さ、そろそろ言えるかな? ごめんなさいって言ってごらん」
「……ふざけた話ね。誰がアンタに……そんなこと」

 ジェシカはゼイゼイと荒い息をしつつも、ヴィッタの命令にまだ逆らう。逆らえばまた苦痛を与えられる。それは分かりきっていることなのに。

「こんなくらい……どうもないわ。あたし今まで……もっと痛いこと……たくさんされてきたんだから」

 彼女の表情からは「決して屈しない」という強い意志が滲み出ていた。長時間の苦痛によって肉体的にはかなり追い込まれているだろうに、その瞳はまだ屈していない。

「あたしをおもちゃに選んだのが間違いだったね。残念だけどあたし、もし羽折られたって、アンタに謝ったりしないよ」

 言いながらもジェシカの足が震えていることに私は気がつく。一晩中立たされていたのだろうから、足にかなり負担がかかっているのかもしれない。

「ふーん、そう。なら腕と足も追加するだけだけどぉ?」

 ヴィッタが挑発的に言った。

「女だからってピーピー泣くと思わないでよね!」

 一刻も早く助けたい。私はそう強く思う。
 今までジェシカは私を何度も助けてくれた。泣いている時には励まし、悪魔に襲われた時には護り、常に優しく寄り添ってくれた。
 だから、私も彼女にお返しがしたい。

「ジェシカらしいなー、辛いのに無理しちゃってさー」

 一緒に映像を見ていたノアは呆れ顔になっていた。そしてボタンを押して映像を消す。

「王女様、本当にジェシカを助けに行くのー?」
「もちろん! 行くわ!」

 私とノアはお互いを見合い、覚悟の意味を込めて頷く。


「……あ、そうだ。麗奈に電話だけしていてもいい?」
「うん。いいよー」

 私は急いで電話のところへ行き、麗奈にかける。しばらく呼び出し音がなった後、彼女が出てきた。

「アンナ? あ、昨夜はごめんなさいね。かけてくれたでしょ。ちょっと郵便を出しに行ってて留守だったの。また電話してくれてありがとう!」

 麗奈の嬉しそうな明るい声が鮮明に聞こえる。

「今度の月曜日なんですけど、日を変えてもらっても構いませんか?」
「あら、どうしたの。何か用事が入っちゃった?」

 麗奈は少し残念そうだった。楽しみにしてくれていたのだろう。申し訳ない気持ちになる。

「そうなんです、本当にごめんなさい。また別の日でも構いませんか?」
「えぇ! いつにする?」
「ありがとうございます。またかけ直していいですか? その時に決めたいです」

 少し間があって。

「分かったわ。またいつでも連絡してちょうだいね」

 彼女は優しくそう言って電話を切った。ごめんなさい、と心の内で呟く。
 今は何よりもジェシカを助けるのが先だ。
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