エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
上 下
42 / 131

41話 「暁」

しおりを挟む
 ……どうして。どうしてなの。ついこの前まで、平和に暮らしていたのに。私はどこで間違えたの。

 私が、王宮の外へ行きたいと願ったから? 自分勝手な希望を無理矢理通したから、ばちが当たったの? もしそれが理由なら、私が傷つけばよかったのに。私を殺してくれればよかったのに。

 エリアスもヴァネッサも関係ない、ただ私の近くにいただけよ。

 それなのに……、傷つくのは無関係な者ばかり。こんなのっておかしいわ。

 でも、私にはもう分からない。どうすればいいか、もう分からないよ。


 絶望という暗い闇から目覚めた時、辺りは焼け野原だった。ところどころに崩れ落ちた建物の残骸が散らばっている。悲鳴のような叫び声が時折聞こえるが、辺りに天使の姿は見当たらない。

「これは……、夢?」

 私は理解不能な光景をぼんやりと眺めながら、誰にともなく呟く。

「夢ではない。現実だ」

 背後から声が聞こえてくる。振り返ると、いつものあの女が立っていた。髪も瞳も服もすべてが真っ黒なその女は、無残なその光景を悲しそうな瞳で見つめている。

「四百年前、私が見た光景と同じだ……」

 彼女も誰に対してでもなく呟いていた。黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。

「アンナ……、やはりお前も私と同じだ。同じ力を持ち、同じ運命を辿る」
「何を言っているの?」

 瓦礫は燃え、辺りは黒い煙に包まれている。数十メートル先は見えないくらいの煙だった。

「……前にも話した通り、四百年前、私はエンジェリカの王女だった。ある日突然悪魔の侵攻が始まり、天界は戦乱の時代を迎えた。もちろんエンジェリカも戦場となった」

 黒い女は静かな声で語り始める。私はよく分からぬまま、他人事のように聞いていた。

「私はエンジェリカの王女として前線に立ち戦っていたが、仲間たちは私をかばって次々と倒れていった。そしてやがて絶望するようになった。自分のために多くの者が犠牲になることに耐えられなくなった私は、普段通り戦っていたある日、力を暴発させてしまい……エンジェリカを破壊した」

 彼女は数百年もの間、辛い思いを抱えていたのか。そう思うと胸が締めつけられて痛くなった。

「それから、私の父である王と天使たちは私を裏切り者と呼んだ。私は王女でありながら罪人として捕らえられ、最終的に死刑となった。ここまでは前に少し話した記憶がある」
「聞いた記憶があるわ……」
「この話にはまだ続きがある。それから、私の遺体は封印されることとなった。もう二度とこんな悲劇が起こらないように、鎮魂の意味も込めて。その封印に使われたのが、お前の持っていたブローチだ」
「え? 私の……?」

 胸元に目をやると、赤い宝石のブローチがない。辺りを見回すと、足元に、粉々に砕けた赤い宝石が落ちていた。

「そんな! 割れてる!?」

 母からもらった大切なものなのに。ショックすぎる。
 私は慌てて両手で拾い集めようとするが、指の隙間からサラサラとこぼれ落ちてしまう。

「恐らくお前の力の暴発を止めようとして割れてしまったのだろう。止められなかったということだな。おかげでエンジェリカはこの状態だ」

 黒い女はどこか懐かしむように言う。全身の力が抜けて、私はへたり込んでしまった。

「じゃあ……、私がエンジェリカを壊したのね。エリアスもヴァネッサも、もう二度と会えないの? こんなの……嫌よ。こんなの……! 私が王宮から出たいなんて言ったから……わがままを言ったから……!」

 涙が溢れてくる。『絶望』という言葉がよく似合う感情。こんなことなら、外に行きたいなんて言うべきじゃなかった。

「……アンナ、それは違う」

 黒い女がしゃがみこんで、私の手に触れる。思えば彼女と触れたのは初めてかもしれない。そんな気がする。

「アンナ。お前が外の世界を知りたいと思ったのは、間違いではない」

 その瞬間、私は思い出した。彼女が言ったのは、初めて私が外出した日に、エリアスがかけてくれた言葉だ。目の前の彼女とエリアス、二人が重なって見える。
 そして、それと同時に、エリアスの微かな聖気を感じた。本当に微かだけど確かに感じる。間違えるはずがない。だってエリアスは私の護衛隊長だもの!彼のことは誰より分かる。

 心に光が差してくる。きっと、希望という名の光。絶望の闇が晴れていく。
 私は立ち上がった。

「アンナ?」
「そうだ。私、エリアスのところへ行くわ。もしかしたら……、もしかしたらだけど、まだ生きているかもしれない!」

 黒い女は微笑を浮かべて尋ねる。

「なぜそう思う?」

 その問いに私は迷いなく答えられた。

「エリアスの聖気を感じるの。きっと彼は生きているわ!みんなもその辺にいるかもしれない!」

 すると、彼女は初めて穏やかに微笑んだ。

「そうか。では、いってらっしゃい」
「ありがとう。……いってきます!」

 私がエンジェリカを終わらせる。その運命の通り、私はこの国を破壊した。でも、まだすべてが終わったわけじゃない。今、私の胸にあるのは、絶望ではない。希望だ。小さな芽がいつの日か大きな樹になるように、私の心に生まれた小さな希望は私の未来を変える。

 壊してしまったことは謝ればいい。一生かけてでもこの罪を償う。

 待っていて、エリアス。それからみんな。今度は私が助けに行くから!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

護国の鳥

凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!! サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。 周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。 首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。 同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。 外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。 ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。 校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様 ===== 別で投稿している「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...