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『冬の夜、婚約破棄されて悲しくて、公園のベンチに座って泣いていたのですが……。』

 冬の夜、公園のベンチに座って、ただ泣いていた。

 ――今日婚約破棄を告げられた。

 学園時代に知り合い、卒業後婚約した彼アドル。学年は一つ違っていて、彼の方が一つ学年が上。けれども彼はいつだって優しかったし思いやりを持って接してくれていた。そんなアドルを私は慕っていた。尊敬だってしていたのだ。

 彼とならきっと幸せになれる、そう信じていた――なのに。

『俺はルミーと生きるから』

 今日のお昼過ぎ、彼は一人の女を連れて私の前に現れて。

『だから、君との婚約は破棄とするな』

 曇りのない笑顔ではっきりとそう言った。

 婚約者がいても誰かを好きになってしまう、そういうことは時にあるのかもしれない。人として時にあることなのかも。やむを得ない部分もあるのかもしれない。

 でも、だとしても、急に婚約破棄宣言をされるというのは……やはりどうしても辛い。

 驚くし。
 ショックだし。

 もう何が何だか分からなくなってしまった。

 ――で、今に至っている。

 家に帰らなくては。そしてこのことを親に伝えなくてはならない。こんなところで泣いている場合ではないのだ、早く親に言っておかなくては迷惑がかかってしまう。

 ……でも、もし本当のことを言ったら、親はどんな顔をするだろう?

 アドルとの婚約を両親は大層喜んでくれていた。
 なのにそれが破棄となったと知ったら。
 二人はきっと残念がるだろうし悲しむのではないだろうか。

 ……親を悲しませるようなことはしたくなかった。

 とまらない涙。
 寒風にさらされて凍ってしまいそう。

 ――そんな時。

「お! リーンじゃねーか!」

 背後から声をかけられて。

「え」

 振り返ると、そこには見覚えのある顔。

「俺、幼馴染みだったろ? カイルってやつ! 覚えてっか?」
「ああ……!」
「覚えてくれたか!」
「ええ、覚えているわ。カイル、久しぶり。昔はよく……散々喧嘩したわよね」

 懐かしい顔を見たら気が緩んで、また涙がこぼれ落ちた。

「え!? 泣いてんのか!? 喧嘩最強だったあのリーンが!?」
「……言わないで」
「あ、や、ごめん」
「悪いわね、今はちょっと……色々あって、相手する余裕がないの」

 すると彼は片手を伸ばしてくる。
 それは涙で濡れた頬に触れた。

「強がんなよ」

 手は大きくなっていて、成長を感じる。

「話なら聞くからさ」

 それから私はカイルに話を聞いてもらった。

 彼にとっては知らない人であるアドルとの話を聞いてもらうことには少しばかり抵抗があったけれど。でも彼は真剣に聞いてくれて。だから段々話してみて良かったなと思うようになっていった。

 それに、辛かったことを吐き出していると、心も徐々に回復していくかのようであった。


 ◆


 数年後。

「カイル! ちょっと! また畳めてないじゃないの!」
「ごめんってー」
「いつまでベッド汚くしてるつもり!?」
「ふわー」
「あくびしてる場合じゃないってば!」
「ごめんごめんー。今からやるからさ。許してよー」

 色々あって、私はカイルと結婚した。

「もー」
「厳しいなぁ」
「それだけはやるって約束したでしょ?」
「そうだな、ごめん」
「分かればいいの。じゃ、よろしく。ちゃんとやってちょうだいね」
「オケ」

 今はもう単なる幼馴染みではない。
 正式な夫婦である。

「終わった終わった」
「お疲れ様」
「ちゃんとやったよ」
「ありがとう」
「じゃあ今から……」
「食事の時間ね」
「よっしゃああああ!! キタァァァァァァッ!!」

 私たち二人の関係は大きな一歩を踏み出したのだ。

「……落ち着いてくれる?」
「あ、はい」
「静かにしないと食事抜きだから」
「分かりました、すみません」

 ちなみにアドルとルミーはあの後破局したようである。
 何でもルミーの親に隠していた借金があったそうで、それによって、二人は結婚できないこととなってしまったそうなのだ。

 その後アドルはある一人の女性に対してストーカー行為を働いたために捕まってしまい牢屋暮らしをしなくてはならないこととなってしまったそうだ。
 また、一方のルミーはというと、親の勝手な決定で借金取りから逃れるために売られてしまい好きでもない人と結婚しなくてはならないこととなってしまったそうだ。

 あの二人に穏やかな今はない。

 でもそれは身勝手過ぎたからだ。
 他者に迷惑をかけてまで己の道を進もうとしたからだ。


◆終わり◆


『ある年の冬、聖夜とされる日に。~婚約破棄されたら人生が終わるというわけではありませんので、幸せになる道はあります~』

 ある年の冬、聖夜とされる日に。

「お前みたいなパッとしない女と一生を共にするのは嫌だ。よって、婚約は破棄とする」

 婚約者モーグレスはそんなことを宣言してきた。

 軽く巻かれているように見える赤毛、マイルドな赤茶色の瞳、どことなく穏やかな暖炉のような雰囲気をまとった容姿のモーグレス。しかしその性格は容姿から想像するものとはほぼ真逆のもので。彼は身勝手な人間である。これまでも急に勝手なことを言い出すといったことは多々あった。

 だから急に想定外のことを言われることには慣れている――のだが。

「この聖夜に俺が共に過ごすのは、もっと素晴らしく完璧な女性でなくては」

 そこまで言われるとさすがに傷ついた。

 完璧な女性? いるものか、そんな存在。あり得ない、考えられない。もしそんな人が存在するのだとすれば、それはきっともう人間ではないだろう。完璧な人間なんて、この世に存在すると本気で思っているのか? 良いところもあれば欠けているところもある、それが人間という生き物だということを彼は知らないのか?

「じゃあな。お前との話はこれで。もういいよな。俺はこれから完璧で素晴らしい女性と聖夜を過ごすから。ま、お前はせいぜい一緒に過ごす相手を今から探すんだな。鼻毛の出たおじさんにでも相手してもらえや」


 ◆


 モーグレスはその日の晩前々から酒場で知り合いになっていた女性ミルミルに声をかけ聖夜を過ごすことにしたようだった。

 しかしミルミルがついてきたのはあくまでお金目当てで。
 当たり前だがモーグレスのことを好きだからではなかったようで。

 モーグレスのお金で思う存分美味しい物を食べると、彼女は「お疲れ様~」とだけ言って先に帰ってしまったそうである。

 で、結局、モーグレスは夜遅くまで誰かと一緒にいることはできなかったようだ。

 夜は一人きり。
 彼は誰とも聖夜を楽しめなかった。

 ちなみに私はというと、まだ住んでいる実家にて家族で聖夜を過ごした。
 婚約破棄されたのは悲しいことだ。でも家族揃って特別な夜を楽しめるというのはこれ以上ないほどの幸運であった。変に気を遣うこともなく聖夜を楽しめたのだから、どんな聖夜よりも幸せな聖夜だろう。


 ◆


 あれから数年。
 婚約破棄され家族で過ごした聖夜から三度目の聖夜である今日、私は、先日夫となった貴族の家の出の青年アリューフレットと二人の家にて共に過ごしている。

「ケーキ、買ってきてくれたやつ、あれ食べて良かったのかしら?」
「うん、もちろんだよ」
「アリュだけが食べる?」
「いやいや。ないない。二人で食べるんだよ、食べよう」
「じゃあ出してくるわね」
「ありがとう! 助かるよ、お願いするね」
「はーい」

 モーグレスとの婚約破棄なんてもはやどうでもいいことだ。
 なんなら今は感謝しているくらい。
 だって彼が私を捨ててくれたからこそアリューフレットに出会えたのだから。

 ああ、そうだ、そういえば。

 モーグレスはもうこの世にはいないらしい。
 というのも結婚相手を探すも理想に叶う人が見つからずある夜急に自ら死を選んだのだそうだ。

 きっと彼には彼なりの苦悩があったのだろう。

 ……でも同情はしない。

 だって彼は私を切り捨てたのだ。何か問題があったわけでもないのに。それも、あんなにも非情に。どこまでも心ない瞳と言葉で、私を、この胸を傷つけた。

 だから彼がどうなろうとも可哀想だとは思わないし思ってあげる気もない。

 私はもう振り向かない。
 過去の人のことなど想いはしないのだ。

 今この瞬間に目の前にいる、私を大事にしてくれる、そんな人だけを見つめ大切に想って生きてゆく。


◆終わり◆


『晩餐会にて侮辱したうえ婚約破棄してきた彼は、会場内にてあの世へ送られることとなりました。』

 とある晩餐会にて、婚約者ミッドレーは私をいくつもの言葉で侮辱したうえ婚約破棄を宣言した。

「何あれ、可哀想過ぎる……」
「ちょっと酷くない……?」
「サイテーよね」
「心なさすぎでしょ、鬼か、って」

 幸い、耳に入ってくるのは私の味方をする言葉ばかりで。

 どうやら周囲からは私に問題があるようには見えていないようだ。
 そういう意味では周囲の目は正しいのではないだろうか。

 そうして何とも言えない空気のまま進行されてゆく晩餐会だったが……。

 突如キュイイイイイイイィィィィィィと得体のしれない音。何か気になってふと窓の方を見れば、紅い何かが近づいてきているのが目に映る。それはドラゴンのようであった。

 やがて響く、ガラスが粉砕される棘のある高い音。

「きゃああ!」
「何!? 何なの!? 何事ッ!?」

 広がる悲鳴や緊迫した声。

 割れた窓から紅のドラゴンが侵入してくる。
 皆怯えていたが、それが見据えているのは、明らかにミッドレーただ一人であった。

(ミッドレーを見ている……?)

 やがてドラゴンはその長い尾を振り、ミッドレーを壁に叩きつけた。

「ぐあああああ!」

 それからもドラゴンはミッドレーだけを徹底的に痛めつける。

「ぎゃ! ぎゃあ! ぐ! ぐうはあああああ! ぎゃぼええええええ! ぐはっ、ぁ、ぐはっ、ぐはあ! ぎゃあああああ! た、たすけ……うぐぎゃああああああああああ!」

 そうしてミッドレーはドラゴンに叩き潰され、駆除された小さな害虫であるかのようにこの世を去ったのだった。

 ――そして私はその紅いドラゴンと結婚することとなった。

 ドラゴンの妻、として歴史に名を遺すこととなるなんて、この時はまだ知らなかったのだけれど……。


◆終わり◆


『浮気相手が優秀ですって? そうですか、ならば私は彼女を超えて差し上げます。……婚約破棄したことを後悔してももう遅いですからね?』

「俺にはエリザベウスだけがいればいい! よって、お前との婚約は破棄とする!」

 婚約者アンドラはある日突然そんなことを告げてきた。

 彼は少し前から浮気していた。私はそれを知っていたのだ。一応特に問い詰めたりはせず様子を見るだけにとどめていたけれど。

 その浮気相手がエリザベウスである。

「アンドラさん……貴方は結局、彼女を選ぶのですね」
「そうだ。俺は俺に相応しい女性を選ぶ。相応しい女性と、こそ、結ばれたいと思うのだ」
「そうですか」
「エリザベウスはな、国の淑女コンテストで数年連続で三位をとっているんだ。彼女は淑女なんだよ。すごいだろう? 優秀で天才なんだ」

 自慢げに語るアンドラ。

 三位、というのは、確かに凄いことなのかもしれない。そのコンテストに向けて色々な努力だってしているのだろうし。

 ただ、たとえ淑女コンテストで良い成績を収めていても、他人の婚約者に手を出したとなれば台無しではないのか?

 他人の婚約者に平気で手を出すような女が淑女だなんて笑ってしまう。

「凡人なお前とは違うんだよ」
「……そう、ですね」
「分かったか! じゃ、これで。さよなら」
「ええ、よく分かりました。残念ですが……さようなら。ではこれにて失礼いたします」


 ◆


 婚約破棄後、実家へ戻った私は、時間ができたので淑女コンテストに出場することを決めた。

 そこで必ず一位になる!
 あの女を超える成績を出す!

 そう心を決め、師もつけてもらい、努力を重ねた。

「最近の貴女はすごいやる気ね。母さん、応援しているから。母さんはずっと貴女の味方よ。力になれることがあったら言ってちょうだいね」
「娘を応援しない父親などいないからな! 応援しているぞ! 協力はあまりできないかもしれないが……だが、心は常に共に在る!」

 母も、父も、頑張る私を応援してくれている。

 だからこそもっと頑張ろうと思えた。

 辛くても、苦しくても、歯を食いしばって進む。

 いつか必ずアンドラたちを見返してやるのだ。


 ◆


 その後、開催された淑女コンテストにて、私は一位を手にした。

「初出場で一位! 凄いですね!」
「素晴らしいお嬢様だわぁ」
「うふふ、惚れちゃった! 貴女、センスあるわね。しかも初めてなのでしょう? 初めてでここまでたどり着くだなんて……もう、神レベルね」

 多くの人に祝福されながら。

「貴女様はすべてにおいて完璧でした、素晴らしいですぞ」
「いやぁ~ん、もう他の参加者なんて見えないほどだったわぁ~」
「来年も出てくださいね、お待ちしています」

 私は栄誉を手にしたのである。

 また、今回参加して、良いこともあった。というのも、エリザベウスを直接叩き潰すことができたのである。彼女はやはり今回も出場していた、なので三回戦辺りで当たったのだが。そこで彼女に恥を掻かせることに成功。恥を掻き絶望するエリザベウスをすぐそこで見ることができたのだ。

 彼女は憎い相手、だからこそ、絶望している姿が味わい深い。

 これだけでも参加して良かった。
 そう思うほどの出来事であった。

 これから私の人生は大きく変わってゆくだろう。

 もう誰も、私を『凡人』だなんて言えない。


 ◆


 私が一位をとったあのコンテストの終了後、間もなく、エリザベウスはアンドラから婚約破棄を告げられたそうだ。

 何でも「あんな情けない姿を晒すとは思わなかった。そんな女を妻にしたら笑いものになってしまう」などと言われたそうで――二人はそのまま離れることとなってしまったようである。

 アンドラのエリザベウスへの愛など所詮その程度だったのだ。

 エリザベウスは捨てられたショックにより体調を崩し、今では実家のベッドで寝たきりに近いような状態に陥ってしまっているそう。

 一方のアンドラはというと、コンテストの後「俺のために努力したんだな。あれだけ有能になれたのなら、やり直してやってもいい」などと言って再び迫ってきたのだけれど、私は拒否。

 すると彼は酷く感情的になって暴れた。

 だがそれによって彼は牢屋送りとなり、おかげでもう二度と会わなくていいこととなったのだった。

 ちなみに私はというと、先日王子より求婚を受けたところ。

 何でも彼はあの淑女コンテストを見てくれていたそうで、それで、私を気に入ってくれたのだそうだ。


◆終わり◆
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