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『 「俺、好きな人ができたんだ」その一言から始まり、婚約破棄宣言されました。 』
「俺、好きな人ができたんだ」
婚約者モーツレットは一つにまとめた銀の長い髪を風に揺らしながら淡々とそんなことを告げてくる。
「だから、君とはもうやってはいけない。悪いが、婚約は破棄とさせてもらう」
そして彼はそこまで言いきった。
「それは……あの、本気で?」
「もちろんだ」
「そう、ですか。……けれど、良いのですか? 私との婚約を破棄するとなれば、我が家の権力を使って得たものはすべて失うこととなってしまうのですよ?」
そう、実際彼はこれまで我が家の権力によって多くのものを手に入れてきたのだ。
主に仕事面で。
彼は私との関係によって我が家の力を得て成功を収めてきた。
婚約を破棄するということは、それらをすべて捨てる失うということを意味する。
この婚約を破棄するということはただの婚約破棄とはまったくもって意味合いが異なるのである。
もっとも、ただの婚約破棄でも印象が悪くなったりはあるわけだが。
「それは脅しか?」
「いいえ。後から揉めないように先に言っているだけです」
「脅しだろう!」
「違います、確認です」
「……まぁいい。何にせよ、俺はもう君とは生きない。どれだけ脅されたって絶対に屈したりはしないんだ。俺は愛する人と共に生きる道を選ぶ。たとえそれが険しい道だとしても」
モーツレットは何やらストーリーの世界に入り込んでしまっているようだ。
「婚約者を脅すような悪女には絶対に負けない」
おかしな話だ。だって私は何も脅してなどいないのに。私は念のため確認しているだけ、それ以上のことなんてしていない。後から揉めないために大事なところを確認しただけなのに、それを悪だと言うなんて。正直被害妄想の域だと思う。
それでもいい。
それでも婚約破棄する。
そう答えれば良いだけではないか。
何も、絶対に別れない、なんて言っているわけではないのだし。
「ということなので、婚約は破棄だ。いいな? もうこれは決定していることだ。絶対。じゃ、そういうことで。さよなら」
彼は最後そう言って、私との関係を一方的に終わらせたのだった。
できることなら共に歩みたかった。
でもどうやらそれは無理な願いだったようだ。
ならば別々の道を行こう。
それが彼の強い意志であるのなら……仕方のないことだから。
◆
モーツレットとの婚約が破棄となって一ヶ月ほどが経ったある日のこと、私は、散歩中に路上で倒れている一人の青年を助けた。
青年は実はこの国の第一王子であった。
何でも彼はこっそり城を抜けて出掛けてきていたそうなのだが、その途中生まれ持っている発作が起こり倒れてしまった、ということのようである。
その後彼を保護していることが国に伝わったらしく、国からの遣いが我が家へやって来る。
国の者たちは私が王子を誘拐しようとしたのではないかと疑った。しかし第一王子その人が守ってくれた。誘拐などではない、と。私たちに非はないのだということを強く訴えてくれ、それによって疑いは晴れることとなって。おかげで罪を押し付けられることは避けられた。
以降、私は第一王子と定期的に顔を合わせることとなる。
そしてやがてプロポーズを受け、それを承諾。それによって私たちは婚約者同士へと階段を一段昇ることとなった。
王子との未来なんて想像してはいなかったけれど、でも、彼とならきっと上手くやってゆけるだろうと思えたからこそ彼からの申し出を受け入れたのだ。
彼のことは信頼している。
後になって捨てたりしないだろうとも思えている。
だから私は彼との道を選んだ。
王子との結婚。それはきっと簡単なものではないだろう。辛いことだってきっとあるはず。でも、それでも、彼となら行ける。夫婦で支え合ってゆけるのであれば、きっと、山も谷も越えて未来へと進んでゆけるはずだ。
ちなみにモーツレットはというと、私との婚約を破棄したことで仕事の多くを失うこととなり稼ぎが以前の一割程度にまで落ち込んでしまったそう。で、言っていた好きになった女性からも「稼ぎなさすぎ、無理」と言われ拒否されてしまったそう。それによって心折れたモーツレットは、無気力になってしまい、実家にある自室に引きこもるようになってしまったそうだ。
彼は今、引きこもり状態。
かつて存在した仕事に燃える彼は死んでしまったも同然のようだ。
◆終わり◆
『料理好きなのですが、婚約者の彼がやたらといちゃもんをつけてきて困っています。嫌いなら食べなければいいのにと思います。』
私の趣味は料理だったのだが。
「お前さぁ、この料理、塩味薄すぎだろ」
「この前味が濃いと仰っていましたので、薄めに作ったのですけど……」
「美味しくねぇよ!」
「ええっ」
「塩味は料理の肝だろ!? 薄くしてどうすんだよ!!」
婚約者ボーデンはたびたびいちゃもんをつけてきた。
私が頼んで食べてもらっているわけではない。彼がたびたびやって来て食べたいと言ってくるのだ。それで仕方なく作って出すのだが、すると、そのたびにごちゃごちゃ言ってくる。
「文句を仰るのであればもう食べないでください。口に合わないものを食べても時間の無駄だと思いますよ」
「はぁ!? 婚約者だから指導してやってんだろ!?」
「……指導?」
「ああそうだ! お前が立派な女になれるよう指導してやってるんだ。分かるか? これは全部親切でやってることなんだよ!」
さらに。
「分からないならもういい……婚約は破棄だッ!!」
しまいにはそんなことまで言われてしまって。
「お前なんか要らねぇ。さっさと消えろ」
「そうですか」
「ああそうだよ! お前みないな可愛げの欠片もねぇ女はさっさとこの世から消えろってんだ!」
一方的に切り捨てられてしまった。
まぁ、男性のよくあるやつだろう。
言いなりになっていないと不機嫌になる。
女が少しでも意見を言うと怒り出す。
男性という生き物の常套手段だ、圧をかけて黙らせようとする。
◆
あの後私は料理人コンテストにて優秀な成績を収めたために王都で店を開く権利を得た。
そうして私の新たな人生が始まってゆく。
取り巻くものすべてが大幅に変わっていった。
でも、そうして得た新しい毎日は、とても楽しい。
店を営むのはかなり大変でもある。とにかく忙しい。やることが無数にあって、初期は脳が爆発しそうなほどだった。でもそれにも段々慣れて。やりながら慣れてゆくことで徐々に様々な仕事ができるようになっていった。また、温かく見守り支援してくれる人が多数いたことも、ありがたい点であった。
――私はこの道で生きてゆこう。
今はそう心を決めている。
これから先どうなっていくかなんて分からない。
でも今はやれることをやりたいことを優先してやろうと思うのだ。
ちなみにボーデンは、あの後別の女性と結婚したそうだが、彼の親との同居なうえボーデンとその親とで女性をいびり倒したために女性に出ていかれてしまったそうだ。また、女性に対してかけていた理不尽な暴言などの記録を世に出されてしまったために、ボーデンら一家は評判を大幅に下げることとなったようである。
……ま、単なる自業自得なのだが。
ボーデンら一家の未来に明るい光はない。
彼らにはもう、希望はないのだ。
◆
あれから八年ほどが経った。
私は料理店を今も営んでいる。
やはり変わらないものはあり、だが、それとは対照的に変わったものもある――先日ある男性と結婚したこととか。
仕事で知り合った男性だ。
いつも手伝いをしてくれていた彼こそが、私の今の夫である。
彼は今も仕事のサポートもしてくれている。
本当に、本当に、感謝しかない。
彼は良きパートナー。
今日に至るまで数えきれないくらい支援してもらっている。
だからこそ私も彼に何かを返したいと思っている。
◆終わり◆
『婚約破棄を告げられましたが、その日の晩、世界が滅びまして……? ~生まれ変われば幸せでした~』
婚約破棄を告げられた。
仲良くやれていると思っていた婚約者ルッツから。
『お前とはもう終わりだ、婚約は破棄する、さよなら。きっともう二度と会うことはない。ああそうだ、未練があるからって寄ってくるなよな。もうこれで他人になるんだからな』
そんなことを急に言われて。
正直悲しさはあった。だって不仲になっているとは思っていなかったから。それなりに順調に進んでいると思っていたのだ。
……でもそれは間違いだった。
とはいえ、言われてしまった以上もう仕方ない。
ルッツとの縁はここまでだったのだろう。
その日の晩、自室で泣いていたら、突如轟音が響く。
「え……?」
――そして、世界は終わった。
◆
生まれ変わった私は良い結婚ができて幸せになれた。
「これ外に出してきてもらってもいい?」
「うんいいよ」
夫は幼馴染み。
子どもの頃から一緒に遊んでいた仲である。
幼馴染みからの結婚、となると、どうしても刺激少なめになってしまいそうなものだ。けれども私たちはそれでも問題なくお互いを選んだ。恋の刺激はべつに必要なものではなかった。
よく知る人と共にいること。
長く親しい人と共に歩むということ。
それが私たちの選択だった。
「出してきた!」
「ありがとう。じゃあ朝食にしましょうか」
「わーい」
「目玉焼き作ってるわ」
「好き!」
「良かった。ええと……じゃあここから、コップだけ先に持っていってくれる?」
「もちろんだよ」
今は穏やかな幸福のただなかに在る。
「置いてきたよ」
「ありがとう」
「他に手伝えることってある?」
「そうね……っと、よし。じゃ、これ。テーブルの方へ運んで?」
「はーい」
「お皿熱いかもしれないから気をつけて」
「分かった」
この日々を大切にしよう。
どこまでも愛おしい時間を守り続けよう。
「うわぁ、今日も良い匂いだなぁ」
「好きよね匂いが」
「うん! 好き! だってさ、塩と焼きの匂いって最高じゃない? めちゃ食欲掻き立てられるよ~」
はじまりの心を大事に生きてゆくのだ。
「「いただきまーす!」」
また、新しい朝が始まる。
……ちなみに前世ルッツであった彼はというと、今回は奴隷として生まれ怖い人たちにこき使われて生きているようだ。
◆終わり◆
『さらりと婚約破棄されました。意味不明です。……が、まぁ、幸せを手に入れられたので穏やかに生きていきます。』
「君とはもうやっていけない。いや、やっていかないことにしたんだ」
その瞬間は突然やって来た。
「……と、言いますと?」
婚約者同士である私たちは順調に関係を進めてゆけていると思っていた、のに。
「つまり君との婚約は破棄するということだよ」
彼は私と同じようには思っていなかったようで。
「ええええええ!!」
今まさに婚約破棄しようとしている婚約者オールトレッツ、彼は理解不能とでも言いたげに首を傾げる。
「何を驚いているんだ?」
そんなことを言いながら。
私がなぜ驚いているか、それすら分からないというのか?
……おかしな話だ。
呆れるほどに。
そして、どこまでも。
オールトレッツはもっと聡明な人だと思っていた。でもどうやらそれは私が勝手に思っていただけだったみたい。思い込み、勘違い、そういった類のものだったようである。
「君と僕、二人はつり合っていない。それは前々からいろんな人に言われていたことだ。もしかして君は、本気で、つり合っているとでも思っていたのかい?」
「……ええと、あの、普通に順調だと思って」
「ぎゃははははは!!」
「え? え?」
「本気か! 本気でそんなことを思っていたとは、な! あーっはっはっはははは! おもしれぇ! 面白すぎだな!」
オールトレッツは腹を抱えて笑った。
こちらは真剣な面持ちでいるというのにお構いなし。
「あーうけたうけた」
「どうしてそんな風に笑うのですか?」
「何言っているんだい? 僕は面白い時に笑うってだけさ」
「ええ……」
「それだけのことだよ。単にね。それ以下でもそれ以上でもない」
「そう、ですか」
こうして私たちの関係は終わりを迎えたのだった。
◆
婚約破棄から二週間ほどが経ったある日、新聞に、オールトレッツが女に殺されたという記事が載っていた。
オールトレッツには私との婚約期間中から付き合っていた女がいたようで、彼は私を捨てその女性の方へ行こうとしたようなのだが、その際その女に婚約者がいたとばれてしまい――それによって激怒され、喧嘩になり、その果てに殺められてしまったそうだ。
ただ、半分事故のような状況であったようだけれど。
だが何にしても彼がこの世を去ったことは事実である。
◆
オールトレッツとの婚約が破棄となった日から一年間ほど、私は、少し暇だったこともあって伯母が営む茶葉店で手伝いをしていた。
忙しい日々。
慣れないことに追われる毎日。
それでも私は楽しく働けていた。
そして、そんな中で迎えた春の日に、常連客の一人である青年から「実はずっと好きでした」と思いを告げられて。そこから彼との関係は始まった。徐々に特別な二人へと変わってゆくこととなった。
そして結ばれる。
彼が裕福の家の出であったこともあって穏やかな暮らしを手に入れることができた。
私はこれからも彼と共に生きてゆこうと思う。
愛と勇気で、前へ。
どこまでも突き進むつもりだ。
◆終わり◆
「俺、好きな人ができたんだ」
婚約者モーツレットは一つにまとめた銀の長い髪を風に揺らしながら淡々とそんなことを告げてくる。
「だから、君とはもうやってはいけない。悪いが、婚約は破棄とさせてもらう」
そして彼はそこまで言いきった。
「それは……あの、本気で?」
「もちろんだ」
「そう、ですか。……けれど、良いのですか? 私との婚約を破棄するとなれば、我が家の権力を使って得たものはすべて失うこととなってしまうのですよ?」
そう、実際彼はこれまで我が家の権力によって多くのものを手に入れてきたのだ。
主に仕事面で。
彼は私との関係によって我が家の力を得て成功を収めてきた。
婚約を破棄するということは、それらをすべて捨てる失うということを意味する。
この婚約を破棄するということはただの婚約破棄とはまったくもって意味合いが異なるのである。
もっとも、ただの婚約破棄でも印象が悪くなったりはあるわけだが。
「それは脅しか?」
「いいえ。後から揉めないように先に言っているだけです」
「脅しだろう!」
「違います、確認です」
「……まぁいい。何にせよ、俺はもう君とは生きない。どれだけ脅されたって絶対に屈したりはしないんだ。俺は愛する人と共に生きる道を選ぶ。たとえそれが険しい道だとしても」
モーツレットは何やらストーリーの世界に入り込んでしまっているようだ。
「婚約者を脅すような悪女には絶対に負けない」
おかしな話だ。だって私は何も脅してなどいないのに。私は念のため確認しているだけ、それ以上のことなんてしていない。後から揉めないために大事なところを確認しただけなのに、それを悪だと言うなんて。正直被害妄想の域だと思う。
それでもいい。
それでも婚約破棄する。
そう答えれば良いだけではないか。
何も、絶対に別れない、なんて言っているわけではないのだし。
「ということなので、婚約は破棄だ。いいな? もうこれは決定していることだ。絶対。じゃ、そういうことで。さよなら」
彼は最後そう言って、私との関係を一方的に終わらせたのだった。
できることなら共に歩みたかった。
でもどうやらそれは無理な願いだったようだ。
ならば別々の道を行こう。
それが彼の強い意志であるのなら……仕方のないことだから。
◆
モーツレットとの婚約が破棄となって一ヶ月ほどが経ったある日のこと、私は、散歩中に路上で倒れている一人の青年を助けた。
青年は実はこの国の第一王子であった。
何でも彼はこっそり城を抜けて出掛けてきていたそうなのだが、その途中生まれ持っている発作が起こり倒れてしまった、ということのようである。
その後彼を保護していることが国に伝わったらしく、国からの遣いが我が家へやって来る。
国の者たちは私が王子を誘拐しようとしたのではないかと疑った。しかし第一王子その人が守ってくれた。誘拐などではない、と。私たちに非はないのだということを強く訴えてくれ、それによって疑いは晴れることとなって。おかげで罪を押し付けられることは避けられた。
以降、私は第一王子と定期的に顔を合わせることとなる。
そしてやがてプロポーズを受け、それを承諾。それによって私たちは婚約者同士へと階段を一段昇ることとなった。
王子との未来なんて想像してはいなかったけれど、でも、彼とならきっと上手くやってゆけるだろうと思えたからこそ彼からの申し出を受け入れたのだ。
彼のことは信頼している。
後になって捨てたりしないだろうとも思えている。
だから私は彼との道を選んだ。
王子との結婚。それはきっと簡単なものではないだろう。辛いことだってきっとあるはず。でも、それでも、彼となら行ける。夫婦で支え合ってゆけるのであれば、きっと、山も谷も越えて未来へと進んでゆけるはずだ。
ちなみにモーツレットはというと、私との婚約を破棄したことで仕事の多くを失うこととなり稼ぎが以前の一割程度にまで落ち込んでしまったそう。で、言っていた好きになった女性からも「稼ぎなさすぎ、無理」と言われ拒否されてしまったそう。それによって心折れたモーツレットは、無気力になってしまい、実家にある自室に引きこもるようになってしまったそうだ。
彼は今、引きこもり状態。
かつて存在した仕事に燃える彼は死んでしまったも同然のようだ。
◆終わり◆
『料理好きなのですが、婚約者の彼がやたらといちゃもんをつけてきて困っています。嫌いなら食べなければいいのにと思います。』
私の趣味は料理だったのだが。
「お前さぁ、この料理、塩味薄すぎだろ」
「この前味が濃いと仰っていましたので、薄めに作ったのですけど……」
「美味しくねぇよ!」
「ええっ」
「塩味は料理の肝だろ!? 薄くしてどうすんだよ!!」
婚約者ボーデンはたびたびいちゃもんをつけてきた。
私が頼んで食べてもらっているわけではない。彼がたびたびやって来て食べたいと言ってくるのだ。それで仕方なく作って出すのだが、すると、そのたびにごちゃごちゃ言ってくる。
「文句を仰るのであればもう食べないでください。口に合わないものを食べても時間の無駄だと思いますよ」
「はぁ!? 婚約者だから指導してやってんだろ!?」
「……指導?」
「ああそうだ! お前が立派な女になれるよう指導してやってるんだ。分かるか? これは全部親切でやってることなんだよ!」
さらに。
「分からないならもういい……婚約は破棄だッ!!」
しまいにはそんなことまで言われてしまって。
「お前なんか要らねぇ。さっさと消えろ」
「そうですか」
「ああそうだよ! お前みないな可愛げの欠片もねぇ女はさっさとこの世から消えろってんだ!」
一方的に切り捨てられてしまった。
まぁ、男性のよくあるやつだろう。
言いなりになっていないと不機嫌になる。
女が少しでも意見を言うと怒り出す。
男性という生き物の常套手段だ、圧をかけて黙らせようとする。
◆
あの後私は料理人コンテストにて優秀な成績を収めたために王都で店を開く権利を得た。
そうして私の新たな人生が始まってゆく。
取り巻くものすべてが大幅に変わっていった。
でも、そうして得た新しい毎日は、とても楽しい。
店を営むのはかなり大変でもある。とにかく忙しい。やることが無数にあって、初期は脳が爆発しそうなほどだった。でもそれにも段々慣れて。やりながら慣れてゆくことで徐々に様々な仕事ができるようになっていった。また、温かく見守り支援してくれる人が多数いたことも、ありがたい点であった。
――私はこの道で生きてゆこう。
今はそう心を決めている。
これから先どうなっていくかなんて分からない。
でも今はやれることをやりたいことを優先してやろうと思うのだ。
ちなみにボーデンは、あの後別の女性と結婚したそうだが、彼の親との同居なうえボーデンとその親とで女性をいびり倒したために女性に出ていかれてしまったそうだ。また、女性に対してかけていた理不尽な暴言などの記録を世に出されてしまったために、ボーデンら一家は評判を大幅に下げることとなったようである。
……ま、単なる自業自得なのだが。
ボーデンら一家の未来に明るい光はない。
彼らにはもう、希望はないのだ。
◆
あれから八年ほどが経った。
私は料理店を今も営んでいる。
やはり変わらないものはあり、だが、それとは対照的に変わったものもある――先日ある男性と結婚したこととか。
仕事で知り合った男性だ。
いつも手伝いをしてくれていた彼こそが、私の今の夫である。
彼は今も仕事のサポートもしてくれている。
本当に、本当に、感謝しかない。
彼は良きパートナー。
今日に至るまで数えきれないくらい支援してもらっている。
だからこそ私も彼に何かを返したいと思っている。
◆終わり◆
『婚約破棄を告げられましたが、その日の晩、世界が滅びまして……? ~生まれ変われば幸せでした~』
婚約破棄を告げられた。
仲良くやれていると思っていた婚約者ルッツから。
『お前とはもう終わりだ、婚約は破棄する、さよなら。きっともう二度と会うことはない。ああそうだ、未練があるからって寄ってくるなよな。もうこれで他人になるんだからな』
そんなことを急に言われて。
正直悲しさはあった。だって不仲になっているとは思っていなかったから。それなりに順調に進んでいると思っていたのだ。
……でもそれは間違いだった。
とはいえ、言われてしまった以上もう仕方ない。
ルッツとの縁はここまでだったのだろう。
その日の晩、自室で泣いていたら、突如轟音が響く。
「え……?」
――そして、世界は終わった。
◆
生まれ変わった私は良い結婚ができて幸せになれた。
「これ外に出してきてもらってもいい?」
「うんいいよ」
夫は幼馴染み。
子どもの頃から一緒に遊んでいた仲である。
幼馴染みからの結婚、となると、どうしても刺激少なめになってしまいそうなものだ。けれども私たちはそれでも問題なくお互いを選んだ。恋の刺激はべつに必要なものではなかった。
よく知る人と共にいること。
長く親しい人と共に歩むということ。
それが私たちの選択だった。
「出してきた!」
「ありがとう。じゃあ朝食にしましょうか」
「わーい」
「目玉焼き作ってるわ」
「好き!」
「良かった。ええと……じゃあここから、コップだけ先に持っていってくれる?」
「もちろんだよ」
今は穏やかな幸福のただなかに在る。
「置いてきたよ」
「ありがとう」
「他に手伝えることってある?」
「そうね……っと、よし。じゃ、これ。テーブルの方へ運んで?」
「はーい」
「お皿熱いかもしれないから気をつけて」
「分かった」
この日々を大切にしよう。
どこまでも愛おしい時間を守り続けよう。
「うわぁ、今日も良い匂いだなぁ」
「好きよね匂いが」
「うん! 好き! だってさ、塩と焼きの匂いって最高じゃない? めちゃ食欲掻き立てられるよ~」
はじまりの心を大事に生きてゆくのだ。
「「いただきまーす!」」
また、新しい朝が始まる。
……ちなみに前世ルッツであった彼はというと、今回は奴隷として生まれ怖い人たちにこき使われて生きているようだ。
◆終わり◆
『さらりと婚約破棄されました。意味不明です。……が、まぁ、幸せを手に入れられたので穏やかに生きていきます。』
「君とはもうやっていけない。いや、やっていかないことにしたんだ」
その瞬間は突然やって来た。
「……と、言いますと?」
婚約者同士である私たちは順調に関係を進めてゆけていると思っていた、のに。
「つまり君との婚約は破棄するということだよ」
彼は私と同じようには思っていなかったようで。
「ええええええ!!」
今まさに婚約破棄しようとしている婚約者オールトレッツ、彼は理解不能とでも言いたげに首を傾げる。
「何を驚いているんだ?」
そんなことを言いながら。
私がなぜ驚いているか、それすら分からないというのか?
……おかしな話だ。
呆れるほどに。
そして、どこまでも。
オールトレッツはもっと聡明な人だと思っていた。でもどうやらそれは私が勝手に思っていただけだったみたい。思い込み、勘違い、そういった類のものだったようである。
「君と僕、二人はつり合っていない。それは前々からいろんな人に言われていたことだ。もしかして君は、本気で、つり合っているとでも思っていたのかい?」
「……ええと、あの、普通に順調だと思って」
「ぎゃははははは!!」
「え? え?」
「本気か! 本気でそんなことを思っていたとは、な! あーっはっはっはははは! おもしれぇ! 面白すぎだな!」
オールトレッツは腹を抱えて笑った。
こちらは真剣な面持ちでいるというのにお構いなし。
「あーうけたうけた」
「どうしてそんな風に笑うのですか?」
「何言っているんだい? 僕は面白い時に笑うってだけさ」
「ええ……」
「それだけのことだよ。単にね。それ以下でもそれ以上でもない」
「そう、ですか」
こうして私たちの関係は終わりを迎えたのだった。
◆
婚約破棄から二週間ほどが経ったある日、新聞に、オールトレッツが女に殺されたという記事が載っていた。
オールトレッツには私との婚約期間中から付き合っていた女がいたようで、彼は私を捨てその女性の方へ行こうとしたようなのだが、その際その女に婚約者がいたとばれてしまい――それによって激怒され、喧嘩になり、その果てに殺められてしまったそうだ。
ただ、半分事故のような状況であったようだけれど。
だが何にしても彼がこの世を去ったことは事実である。
◆
オールトレッツとの婚約が破棄となった日から一年間ほど、私は、少し暇だったこともあって伯母が営む茶葉店で手伝いをしていた。
忙しい日々。
慣れないことに追われる毎日。
それでも私は楽しく働けていた。
そして、そんな中で迎えた春の日に、常連客の一人である青年から「実はずっと好きでした」と思いを告げられて。そこから彼との関係は始まった。徐々に特別な二人へと変わってゆくこととなった。
そして結ばれる。
彼が裕福の家の出であったこともあって穏やかな暮らしを手に入れることができた。
私はこれからも彼と共に生きてゆこうと思う。
愛と勇気で、前へ。
どこまでも突き進むつもりだ。
◆終わり◆
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