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『新年早々理不尽に婚約破棄されましたので、少し痛い目に遭っていただきます。方法ですか? あるのですよ、お手軽なうえ良い方法が。』
それはある新年のことだった。
「君との婚約なのだが、破棄とすることにしたよ」
婚約者であった彼ミードウェーは、男性にしてはやや長めの前髪をいかにも自信ありげに片手で掻き上げながらそんなことを告げてくる。
しかもその理由というのが……。
「君といると安定しすぎていて退屈なんだ」
明らかに理不尽としか言えないようなものであった。
だってそうだろう? 私は何もやらかしていないのだ。なのに、それが逆に婚約破棄される原因となってしまった。真っ当であることが、きちんとしていたことが、捨てられる理由となる。そんなことって……ある? 思いつく? いや、そんなこと、滅多に考えないだろう。それに、そんな理由で婚約破棄だなんて、もう笑ってしまいそうなくらい。理不尽の極みではないか。普通は思いつかないだろう? そんなことで婚約破棄される、なんて展開は。
「やはり関係の維持には刺激が要る」
「ええっ……」
「ずっとそこにあるものに価値なんてないだろう?」
彼は平然とそんなことを口にした。
正直それは言うべきではないことだろうと思うのだが。
でも彼には躊躇いなんてものは存在しないようであった。
ミードウェーは思ったことはすべて言う。
「だから君とは終わりにしたいと考えたんだよ」
「そ、そうですか……」
「もちろんきちんと考えたよ? その果てに出たのが、この答えだったんだ。だからふざけているわけじゃない。そこのところ、分かってくれるとありがたいんだけどね」
◆
一年の始まりになんてことを!
せっかくこれから新たな年を前向きに歩み出そうと思っていたのに!
ということで、私は、父に頼んでミードウェーを痛い目に遭わせることにした。
彼は私の父の会社に勤めている。
つまり我が父は彼をいつでも失職させられるのだ。
だからこそ私は父に頼んだ。
「お願い、ミードウェーを痛い目に遭わせて」
……そんな風に。
すると父は速やかにミードウェーをクビにした。
突如仕事を失うこととなってしまったミードウェーは、そのショックで心を病み、またその影響もあってか体調を崩しやすくなってしまったそうだ。そして、その年の春を迎えることなくこの世を去った。春を目前に風邪をひき、それをこじらせてしまって、その結果取り返しのつかないこととなってしまったようである。
◆
あれから三度目の新年、私は大金持ちの家に生まれ穏やかに育った青年との結婚式を挙げた。
彼とならきっと共に歩んでゆける。
人生に在るであろう山も谷も越えて。
手を携えることを忘れなければ、確かに、隣り合って笑顔で進んでゆけるはずだ。
彼の経済力はもちろん偉大だが、それ以上に偉大なのは外の何でもない、元々彼が備えている作り物ではない優しさと思いやりだろう。
それさえあれば、私たちは間違いなく明るい未来へと行ける。
◆終わり◆
『生まれつきの少々不気味な能力のせいで婚約破棄されましたが、その少し後に……? ~人生大逆転、大きな幸福を掴むことができました~』
生まれつき一時的に腕を増やすことのできる能力を持っていた私エトリアは婚約者であるミッドガーデスに良く思われていなかった。
ミッドガーデスは一応婚約者同士でいてはくれるものの、旧友などの前では私の悪口を言っていたようだ。気持ち悪い、とか、化け物、とか。なかなかボロクソに言っていた様子である。
表向きだけは一応何とか良い風に装ってはいても、裏では黒い本心丸出しだったのだ。
そして、そんなある日。
「悪いがエトリア、お前との婚約は破棄とする」
ついにそう告げられてしまった。
そう宣言する時の彼は冷ややかな表情であった。
ただ、どことなくすっきりしたような顔つきでもあって、その双眸にはある種の未来への希望が宿っていた。
私と離れると決めたからすっきりしているの? なんて思いながらも、彼の面を真っ直ぐに見つめ返す。
だって私は何も悪いことなんてしていないのだ。だから堂々としていればいい。たとえ婚約破棄されかけているとしても、である。何かやらかしたわけではない、能力のことだって前もって伝えていた。だから私に非はない。なのだから、おどおどする必要性なんて少しもないのだ。
「婚約破棄、ですか」
「ああそうだ」
「といいますと、理由はやはり……」
「一番は能力のことだな」
彼はさもそれが当たり前であるかのように言いきる。
「そんな気持ちの悪い女と結婚するなど、やはり無理だと思ったのだ」
これはもう関係修復は無理だな。
彼の顔を見ていてそう思った。
ならば、ここで、もうすべてを終わりにしよう。
その方が私にとって良い結果となるに違いない。
「分かりました。それが理由では仕方ないですね。では――これにて失礼いたします、さようなら」
◆
ミッドガーデスに婚約破棄された後、実家暮らしに戻っていた私は、災害に見舞われた。
だがその時救助活動において私の能力が役に立つこととなる。
無数に増やした腕を使って同時に様々なことに取り組める、それは非常に大きな意味を持つことであったのだ。
で、我が力によって、多くの命を救うことができた。
それによって私は英雄となる。
国王から直々に表彰され、民らからは『偉大なる女神』と呼ばれるまでになった。
ちなみにミッドガーデスはというと、あの後別の女性と結婚しようとしているにも関わらず浮気をしたために結婚する予定の女性の父親に激怒され殺められてしまったそうだ。
……ま、べつに、それはもうどうでもいいのだが。
なんにせよ、この能力を活かせる時が来て良かったと心から思う。
一見気味悪い能力だ。一時的とはいえ腕が増えるのだから当然不気味だろう。私だって、もし自分が私ではなく他の人であったなら、きっと気持ち悪いなと思う部分もあったと思う。
でも今回はそれを良いことに使うことができた。
世のため人のため。
そして何よりも大切な命を救うため。
そのためにこの能力を使えたのだから、本当に、心から良かったと思うのだ。
◆
「見て! エトリアさまよ! いらしたわ!」
「あ、ほんと」
「ああ今日もお美しいわね……エトリアさまぁーっ」
早いもので、あれから数年が経った。
「女神さまー! こっち向いてー!」
「国をいつも守ってくださってありがとうございますーっ」
「大好き!」
「神! マジ神! ずっと国を守ってください!」
「女神さま目線くださぁ~い」
私は今も女神と呼ばれ民らから愛されている。
そして、それは別に、この国の第一王子からの愛も得た。
――そう、第一王子と結婚したのである。
「エトリアは本当に人気だね」
「ええ……ちょっと恥ずかしいくらいだわ……」
王子と夫婦になり、この国を守ってゆく。
それが私の生きる道。
「君はそれだけのことをしているってことだよ。だから恥ずかしいなんて思う必要はない。君はそれほどに民にとって偉大で愛おしい存在だってことなんだからね」
何があっても、もう、きっと戻りはしない。
「……ありがとう」
◆終わり◆
『婚約破棄され落ち込んでしまっています。湧いてくるのは後悔ばかりです。』
婚約破棄された。
今はただ悲しくて、でも、まだ理解しきれていないからか涙はそれほど溢れてはこない。
彼のことを愛していた。ずっと。出会った頃からずっと。そして、暫しの片想い期間を経て、私たちは互いを見つめるようになったのだ。その先にあったのが婚約。私たちは同じ想いで息をして見つめ合い言葉を交わしていた。それは確かなことだったのだ。
――でも彼の目に映るのは私ではなくなってしまった。
いつからだろう。
彼は私ではない女性を想うようになっていったのだ。
そうしてついに告げられることとなった、婚約破棄。
私は彼に捨てられた。
もう要らない。
そう言われたも同然だ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう? ――そんなことばかりが今も脳内を巡っている。
止めようとしても、考えても無駄だと分かっていても、それでも私はその思考を停止させることができない。
……きっとこれは止められないのね。
諦めるしかないのだろう。
たとえそれによって己が苦しむとしても。
今はもう仕方がない。
いつの日か、前を向ける時まで。
ただ息をしよう。
ただ生きていこう。
ただ、何でもない日を繰り返して。
◆終わり◆
『私を貧乏人などと言って婚約破棄した彼はお金持ちの家の出のお嬢様と結婚したようですが心を病んでしまったようです。』
「悪いけどさ、君みたいな貧乏人とはもう一緒には生きていかないことにしたんだ」
婚約者エルフリートはある夏の日にさらりとそんなことを言ってきた。
「よって、婚約は破棄とする」
彼の家は私の家より少し上の地位である。それゆえ彼はいつも私を下に見ている。あからさまな態度はとらないものの、私を見る彼の目にはいつだって下の者を見ているといった色が滲んでいた。
「婚約破棄……ですか」
「ああ」
「私、何かしましたか? 問題のある行動など……」
「いやべつに」
どうやら私の素行のせいではないらしい。
そういうことなら取り敢えず良かった、安心した。
「そうではないのですか」
ただ、それでも、あまりにも突然なのでもやもやが消えきらない。
「そうだ。べつに問題があったというわけではない。ただ、君の家は裕福でないだろう? そんな家の娘を引き取るのはあまり良いことではないと思うようになっただけだよ」
そうして私は捨てられるのだ。
あまりにも呆気なく。
終わりはいつも唐突だ、と誰かが言った。でもそれを実感する機会なんてあまりなくて。ただ、この時私は、初めてその言葉の意味を理解することができたのだった。ああ本当に唐突なのだな、と。心の奥底からそう思ったし、肌からですらそれを強く感じるほどであった。
――そう、運命に計画性はない。
否、厳密には、本人にであっても計画的にしらせてはくれない、といったところか。
だから終わりは唐突にやって来ると感じられるのだろう。
◆
婚約破棄後、実家へ戻って暮らし始めた私は、少しして元々趣味であった編み物に打ち込むようになる。
そして、ある時、その完成品をコンテストに出品。
するとまさかの大賞を受賞した。
そうして私は一躍有名人に。
編み物というたった一つの界隈での知名度ではあるけれど、それでも、多数の仕事が舞い込むようになるなど我が人生は大きく動き始めた。
編み物は楽しい。
ただ手を動かしているだけで世界がどんどん広がってゆくから。
また、それから数年して、編み物の大家である男性と結婚――そうやって、人生はまた新しい局面を迎えることとなったのだった。
ちなみにエルフリートはというと、お金持ちの家で生まれ育ったお嬢様と結婚するも毎日奴隷のように扱われてしまい心を病み、今では、言葉を発することすらできない状態になってしまっているそうだ。
彼は私を貧乏人だと言い、それを理由として婚約破棄した。ならお金持ちと結婚すれば幸せになれるのか? ……いいえ、その答えはノーだ。それは今の彼の状態を見れば誰もが理解するだろう。
一番大事なのはお金の量ではない。
……そのことに彼は気づいただろうか?
◆終わり◆
それはある新年のことだった。
「君との婚約なのだが、破棄とすることにしたよ」
婚約者であった彼ミードウェーは、男性にしてはやや長めの前髪をいかにも自信ありげに片手で掻き上げながらそんなことを告げてくる。
しかもその理由というのが……。
「君といると安定しすぎていて退屈なんだ」
明らかに理不尽としか言えないようなものであった。
だってそうだろう? 私は何もやらかしていないのだ。なのに、それが逆に婚約破棄される原因となってしまった。真っ当であることが、きちんとしていたことが、捨てられる理由となる。そんなことって……ある? 思いつく? いや、そんなこと、滅多に考えないだろう。それに、そんな理由で婚約破棄だなんて、もう笑ってしまいそうなくらい。理不尽の極みではないか。普通は思いつかないだろう? そんなことで婚約破棄される、なんて展開は。
「やはり関係の維持には刺激が要る」
「ええっ……」
「ずっとそこにあるものに価値なんてないだろう?」
彼は平然とそんなことを口にした。
正直それは言うべきではないことだろうと思うのだが。
でも彼には躊躇いなんてものは存在しないようであった。
ミードウェーは思ったことはすべて言う。
「だから君とは終わりにしたいと考えたんだよ」
「そ、そうですか……」
「もちろんきちんと考えたよ? その果てに出たのが、この答えだったんだ。だからふざけているわけじゃない。そこのところ、分かってくれるとありがたいんだけどね」
◆
一年の始まりになんてことを!
せっかくこれから新たな年を前向きに歩み出そうと思っていたのに!
ということで、私は、父に頼んでミードウェーを痛い目に遭わせることにした。
彼は私の父の会社に勤めている。
つまり我が父は彼をいつでも失職させられるのだ。
だからこそ私は父に頼んだ。
「お願い、ミードウェーを痛い目に遭わせて」
……そんな風に。
すると父は速やかにミードウェーをクビにした。
突如仕事を失うこととなってしまったミードウェーは、そのショックで心を病み、またその影響もあってか体調を崩しやすくなってしまったそうだ。そして、その年の春を迎えることなくこの世を去った。春を目前に風邪をひき、それをこじらせてしまって、その結果取り返しのつかないこととなってしまったようである。
◆
あれから三度目の新年、私は大金持ちの家に生まれ穏やかに育った青年との結婚式を挙げた。
彼とならきっと共に歩んでゆける。
人生に在るであろう山も谷も越えて。
手を携えることを忘れなければ、確かに、隣り合って笑顔で進んでゆけるはずだ。
彼の経済力はもちろん偉大だが、それ以上に偉大なのは外の何でもない、元々彼が備えている作り物ではない優しさと思いやりだろう。
それさえあれば、私たちは間違いなく明るい未来へと行ける。
◆終わり◆
『生まれつきの少々不気味な能力のせいで婚約破棄されましたが、その少し後に……? ~人生大逆転、大きな幸福を掴むことができました~』
生まれつき一時的に腕を増やすことのできる能力を持っていた私エトリアは婚約者であるミッドガーデスに良く思われていなかった。
ミッドガーデスは一応婚約者同士でいてはくれるものの、旧友などの前では私の悪口を言っていたようだ。気持ち悪い、とか、化け物、とか。なかなかボロクソに言っていた様子である。
表向きだけは一応何とか良い風に装ってはいても、裏では黒い本心丸出しだったのだ。
そして、そんなある日。
「悪いがエトリア、お前との婚約は破棄とする」
ついにそう告げられてしまった。
そう宣言する時の彼は冷ややかな表情であった。
ただ、どことなくすっきりしたような顔つきでもあって、その双眸にはある種の未来への希望が宿っていた。
私と離れると決めたからすっきりしているの? なんて思いながらも、彼の面を真っ直ぐに見つめ返す。
だって私は何も悪いことなんてしていないのだ。だから堂々としていればいい。たとえ婚約破棄されかけているとしても、である。何かやらかしたわけではない、能力のことだって前もって伝えていた。だから私に非はない。なのだから、おどおどする必要性なんて少しもないのだ。
「婚約破棄、ですか」
「ああそうだ」
「といいますと、理由はやはり……」
「一番は能力のことだな」
彼はさもそれが当たり前であるかのように言いきる。
「そんな気持ちの悪い女と結婚するなど、やはり無理だと思ったのだ」
これはもう関係修復は無理だな。
彼の顔を見ていてそう思った。
ならば、ここで、もうすべてを終わりにしよう。
その方が私にとって良い結果となるに違いない。
「分かりました。それが理由では仕方ないですね。では――これにて失礼いたします、さようなら」
◆
ミッドガーデスに婚約破棄された後、実家暮らしに戻っていた私は、災害に見舞われた。
だがその時救助活動において私の能力が役に立つこととなる。
無数に増やした腕を使って同時に様々なことに取り組める、それは非常に大きな意味を持つことであったのだ。
で、我が力によって、多くの命を救うことができた。
それによって私は英雄となる。
国王から直々に表彰され、民らからは『偉大なる女神』と呼ばれるまでになった。
ちなみにミッドガーデスはというと、あの後別の女性と結婚しようとしているにも関わらず浮気をしたために結婚する予定の女性の父親に激怒され殺められてしまったそうだ。
……ま、べつに、それはもうどうでもいいのだが。
なんにせよ、この能力を活かせる時が来て良かったと心から思う。
一見気味悪い能力だ。一時的とはいえ腕が増えるのだから当然不気味だろう。私だって、もし自分が私ではなく他の人であったなら、きっと気持ち悪いなと思う部分もあったと思う。
でも今回はそれを良いことに使うことができた。
世のため人のため。
そして何よりも大切な命を救うため。
そのためにこの能力を使えたのだから、本当に、心から良かったと思うのだ。
◆
「見て! エトリアさまよ! いらしたわ!」
「あ、ほんと」
「ああ今日もお美しいわね……エトリアさまぁーっ」
早いもので、あれから数年が経った。
「女神さまー! こっち向いてー!」
「国をいつも守ってくださってありがとうございますーっ」
「大好き!」
「神! マジ神! ずっと国を守ってください!」
「女神さま目線くださぁ~い」
私は今も女神と呼ばれ民らから愛されている。
そして、それは別に、この国の第一王子からの愛も得た。
――そう、第一王子と結婚したのである。
「エトリアは本当に人気だね」
「ええ……ちょっと恥ずかしいくらいだわ……」
王子と夫婦になり、この国を守ってゆく。
それが私の生きる道。
「君はそれだけのことをしているってことだよ。だから恥ずかしいなんて思う必要はない。君はそれほどに民にとって偉大で愛おしい存在だってことなんだからね」
何があっても、もう、きっと戻りはしない。
「……ありがとう」
◆終わり◆
『婚約破棄され落ち込んでしまっています。湧いてくるのは後悔ばかりです。』
婚約破棄された。
今はただ悲しくて、でも、まだ理解しきれていないからか涙はそれほど溢れてはこない。
彼のことを愛していた。ずっと。出会った頃からずっと。そして、暫しの片想い期間を経て、私たちは互いを見つめるようになったのだ。その先にあったのが婚約。私たちは同じ想いで息をして見つめ合い言葉を交わしていた。それは確かなことだったのだ。
――でも彼の目に映るのは私ではなくなってしまった。
いつからだろう。
彼は私ではない女性を想うようになっていったのだ。
そうしてついに告げられることとなった、婚約破棄。
私は彼に捨てられた。
もう要らない。
そう言われたも同然だ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう? ――そんなことばかりが今も脳内を巡っている。
止めようとしても、考えても無駄だと分かっていても、それでも私はその思考を停止させることができない。
……きっとこれは止められないのね。
諦めるしかないのだろう。
たとえそれによって己が苦しむとしても。
今はもう仕方がない。
いつの日か、前を向ける時まで。
ただ息をしよう。
ただ生きていこう。
ただ、何でもない日を繰り返して。
◆終わり◆
『私を貧乏人などと言って婚約破棄した彼はお金持ちの家の出のお嬢様と結婚したようですが心を病んでしまったようです。』
「悪いけどさ、君みたいな貧乏人とはもう一緒には生きていかないことにしたんだ」
婚約者エルフリートはある夏の日にさらりとそんなことを言ってきた。
「よって、婚約は破棄とする」
彼の家は私の家より少し上の地位である。それゆえ彼はいつも私を下に見ている。あからさまな態度はとらないものの、私を見る彼の目にはいつだって下の者を見ているといった色が滲んでいた。
「婚約破棄……ですか」
「ああ」
「私、何かしましたか? 問題のある行動など……」
「いやべつに」
どうやら私の素行のせいではないらしい。
そういうことなら取り敢えず良かった、安心した。
「そうではないのですか」
ただ、それでも、あまりにも突然なのでもやもやが消えきらない。
「そうだ。べつに問題があったというわけではない。ただ、君の家は裕福でないだろう? そんな家の娘を引き取るのはあまり良いことではないと思うようになっただけだよ」
そうして私は捨てられるのだ。
あまりにも呆気なく。
終わりはいつも唐突だ、と誰かが言った。でもそれを実感する機会なんてあまりなくて。ただ、この時私は、初めてその言葉の意味を理解することができたのだった。ああ本当に唐突なのだな、と。心の奥底からそう思ったし、肌からですらそれを強く感じるほどであった。
――そう、運命に計画性はない。
否、厳密には、本人にであっても計画的にしらせてはくれない、といったところか。
だから終わりは唐突にやって来ると感じられるのだろう。
◆
婚約破棄後、実家へ戻って暮らし始めた私は、少しして元々趣味であった編み物に打ち込むようになる。
そして、ある時、その完成品をコンテストに出品。
するとまさかの大賞を受賞した。
そうして私は一躍有名人に。
編み物というたった一つの界隈での知名度ではあるけれど、それでも、多数の仕事が舞い込むようになるなど我が人生は大きく動き始めた。
編み物は楽しい。
ただ手を動かしているだけで世界がどんどん広がってゆくから。
また、それから数年して、編み物の大家である男性と結婚――そうやって、人生はまた新しい局面を迎えることとなったのだった。
ちなみにエルフリートはというと、お金持ちの家で生まれ育ったお嬢様と結婚するも毎日奴隷のように扱われてしまい心を病み、今では、言葉を発することすらできない状態になってしまっているそうだ。
彼は私を貧乏人だと言い、それを理由として婚約破棄した。ならお金持ちと結婚すれば幸せになれるのか? ……いいえ、その答えはノーだ。それは今の彼の状態を見れば誰もが理解するだろう。
一番大事なのはお金の量ではない。
……そのことに彼は気づいただろうか?
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