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9話

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 地下室へと連れ込まれたエアハルトはその身を乱暴に地面へと放り捨てられる。

 がっ、と、鈍い音。
 勢いのままに倒れ込んだ彼が無機質な地面で腰を打つ音だ。

 そして扉は重く閉ざされた。

「可哀想なアードラー」

 男は座った体勢のエアハルトに近づくとしゃがみ込んで敢えてそんな挑発的な言葉を並べる。

「愛しい女にすら嫌われるなんて憐れだなぁ。……ああそうだ、俺が慰めてやろうか?」
「一体何を言っているんだ、馬鹿げている」
「痛いのが好きなんだろ? アードラー、心配するな。これから俺がたっぷり苦痛を与えて楽しませてやる」

 エアハルトが警戒するように目つきを鋭くすれば、男は見下したように笑った。

 愉快そうな表情を面に滲ませた男は懐から電気ショックを与える道具を取り出す。エアハルトが眉をひそめたことに気づくと男は舌を控えめにぺろりと出して「これが何かは知ってるだろ?」とこぼす。エアハルトが即答できずにいると、男はそんなエアハルトの状態までもを馬鹿にするかのようににやにやした。

「さーて、アードラー、どこが一番好きなんだぁ?」

 言って、気持ち悪い笑みをこぼすと、男はその道具のスイッチを入れる――そして数秒の間の後に見るからに物騒な形をした先端をエアハルトの腹部に当てた。

「ッ……!!」

 腹をくの字に折り曲げるエアハルト。

 しかし危害を加えられてじっとしていられる彼ではなかった。

 恐らく意識するより早く身体が動いたのだろう。
 凄まじい勢いで目の前の男の頬を張った。

「っぐ、てめぇ……やりやがったな!!」

 躊躇いなく怒りを爆発させる男。一瞬にして脳に血が集結したかのよう、目つきが直前までと明らかに変わった。凄まじい圧。凄まじい怒り。興奮しよだれを垂らす獣を連想させるかのような目つきだ。明らかに人間のそれとは思えないような状態。

「ぜーってぇ泣かすッ!!」

 男はごついブーツを履いた足でエアハルトの胴を真横から蹴る。
 ごき、と響く低音。
 瞬間的に凄まじい衝撃と痛みに見舞われたエアハルトは短く息を吐きそのまま身を震わせた。唇が微かにひきつっている。苦痛の色は確かに存在している。

 そんなエアハルトの両腕を背中側へやり軋ませつつ片手で固定すると、そこからさらに技をかける。身動きがとれない状態にして、エアハルトの背を限界まで反らせると、男はその耳もとに息を吹きかけた。

「もうやめたらどうだ?」

 男はある種の誘惑を仕掛けた。
 それはエアハルトの決意を崩すための行為だ。

「あんな女を護ったってな~んにもならねぇ。分かるだろ? 英雄とまで言われた男だ、さすがにそこまで馬鹿じゃねぇだろ。ここらで降参するってのはどうだ?」

 しかしエアハルトはそんな企みには乗らない。

「ふざけるな」

 一つ、ただそれだけ、短く返す。

「ああそうかよ!!」

 男は太い声を出し、エアハルトの上体をさらに大きく反らせた。

「っ、ぐっ……」
「痛いだろ? なぁ? さっさと降参しろよ」
「……しない」

 四肢の自由を奪われ、上体を無理矢理反らされ、それでも降参しないエアハルトに男は。

「ならもーっと痛い目に遭わせてやる!!」

 さらなる攻撃を加える。
 男は足でエアハルトの背中を踏みつけ、その一点に体重をかけながら、手足を後方へ強く引っ張った。
 じわりじわりと迫るような痛みがエアハルトを襲う。
 腕に、脚に、そして背や腰などの全身に、徐々に広がってゆく重苦しい軋みと痛み――時間の経過と共にダメージが蓄積し、静けさの中で苦痛が膨らむ。

 そんなことを数分にわたり継続し、やがて男はエアハルトの身を離した。

 男は敢えて乱雑に解放する。
 地面に投げつけるような離し方であった。

 エアハルトは地面に倒れ腰に手を当てる。息は乱れ小刻みになっており、離されてもなお終わらない苦痛にただ懸命に耐えていた。しかし男に見下ろされれば眼球を動かしそちらへ視線を向ける。だがその目つきは許しを乞うようなものではない。屈することはない、そう宣言しているかのように。エアハルトが男に対して向ける視線は凛とした鋭さのあるものであった。


 ◆


 エアハルトが部屋を出ていってから、ずっと朝のことを後悔していた。

 攻撃的な物言いをしてしまったこと。
 傷つけるような言葉を発したこと。

 もう遅いけれど、後悔の波は何度も繰り返し押し寄せてくる――しかもその波は回数を重ねるたびに高くなってゆくから厄介だ。

 ……彼がもう帰ってこなかったらどうしよう。

 そんな恐怖に襲われて。

 そして気づく。
 私自身、今でも強く彼を欲しているのだということに。

 彼がいるから私はこうしてここで息をできている、それは確かなことで……。

「浮かない顔をしていますね」

 振り返ると、そこには見知らぬ男性の顔。
 リボソの軍服を着用しているが珍しく逞しさは控えめで眼鏡をかけている。

「彼に会いたい……といったところですかね?」
「……いいえ」
「おや」
「私には……そんなことを言う権利はないわ。だって……心ない言葉をかけてしまったのだもの」

 会いたい、なんて、今さら言えるわけがない。

 あんな酷いことをしておいて。
 身勝手に心ない発言をしておいて。

 たとえ言いたくても言えないし、そもそも私にはもうそういったことを言う権利はない。

 突き放しておいて後からそんなことを言うなんて狡いと思うし、この状況で本気でそんなことを言っていたら笑われてしまうだろう。

「可哀想なことをしたと思うのなら、彼を励ましに行って差し上げれば良いではないですか」
「そんなこと……」
「貴女のために自己を犠牲としている彼なら、貴女に応援してもらえればきっと元気になるでしょう」

 眼鏡の男性はどうやら私をここから連れ出したいようだ。
 一見やらかした私を励ましてくれているようだが、その奥にある狙いが透けて見えている。

「行かないわ」
「なぜです? ……ああ、そうか、見る勇気がないのですね」
「……何ですって?」
「貴女は勇敢な乙女であると思っていましたが、どうやら違ったようですね。過去は英雄でも今は腑抜けでしかない、ということですか」

 男性は黒い瞳に意地悪な笑みを滲ませた。

 あまりにもあからさまだったから「そうやって挑発してまで連れていきたい理由があるのかしら」と言葉を放つ。すると男性は眼鏡の奥の瞳に不気味な笑みの色を深めつつ「彼が実際やられているところを見る勇気がないのでしょう?」と返してきた。馬鹿にされているような気がして不快になって「そこまで言われるなら行ってもいいわ」と言ってやれば、男性は片側の口角をぬるりと持ち上げる。

「では、行きましょうか」
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