上 下
9 / 10

9話「敵対するものはすべて崩壊してゆきます」

しおりを挟む
 イリッシュを助けるべく国から誰かがやって来るかと思われたが、そんなことはなかった。

 というのも、国は国でその時期ちょうど大変なことになっていたようなのだ。
 何でも人工隕石を発射する実験が失敗して王都が吹き飛んだそうで。
 残された人々はそれへの対処に迫られ、直前に島へ出掛けたイリッシュのことなど忘れてしまっていたようである。

 ちなみに王族らはその多くがその爆発に巻き込まれ亡くなったらしい。

 国は今治める者がいない状態となっているとか。

 一方イリッシュはというと、今日も罰を与えられている――島民らの手によって。

「だ……だずけでくだだい……もうやべで……」
「何を言っても無駄だぞ、死ぬまで終わらせない」

 ボロボロになり心も折れたイリッシュには、威張っていきって偉そうにしていた頃の面影はもうない。が、それでも彼への皆の憎しみは消えず。そのため罰を与える行為は今も続いている。

「うぎゃ! ぎゃ! うっ、ぐぎゃ!」

 今やイリッシュは情けない声をこぼすだけの人形のようになっている。
 彼はもうまともには言葉を紡げない状態だ。
 むしろ、こうしてまだ生きているのが不思議なくらい。

 やる側も調節してやっている、とはいえ、イリッシュの生命力もかなりのものだ――ある意味尊敬する。

「ま、すぐには死なせないようには考えてやるがな」
「ぐぼぇ! ぶぼ! ぎゃぼ!」
「痛みを知れ、愚かな王子」
「ぎゃ! いだいお……だずげで……うぶふぉ! ぎゃ! ぐぼあ!」

 イリッシュは王子ゆえに大事にされて生きてきたのだろう。だからこそ他人の痛みが分からなかった。こうして痛みを受けたなら少しはそれを理解できるようになるのかもしれない、なんて、淡い期待を抱いたりして。でもどうせ無駄だろうという諦めもあって。私の中の彼への感情というのは何とも言えない状態にごちゃごちゃしている。

「ここにいる人間はな、皆お前らのせいで理不尽に普通の生活を奪われたんだ。分かるか? その苦しみが」
「い、だいでず……も、もぶ……やべで、ぐだだ……」
「会話になってねえな!」
「うぎゃ!」

 ただ、彼にお似合いの今ではあると思う。

「いつかお前が痛みや苦しみというものを学ぶまで、ずっと続けてやる!」
「……おねだいじばぶ、やべでぐだだい」
「他人の人生はなぁ! おもちゃじゃねえんだぞ!」
「ばい……ばがりばぢだ……だがらぼう……」
「そう言えばやめてもらえると思うなよ! 島流しにあった人間は理由が何だろうがまともに生きていけねえんだからな! お前は理不尽に人生を幸せをたくさん奪ってきたんだ! それを知れ、そしてその悪質さに気づけ!」

 そしてある日の朝、イリッシュはついにあの世へ逝ってしまったのだった。

 あれだけされてここまで生き延びたのだから頑張った方だろう。

 ――でも、最期まで謝罪がなかったのは残念だ。

 せめて一言でも謝ってくれていたなら。
 少しは心が変わったかもしれない、許せはしないにしても何かこの胸の内にあるものに変化があったかもしれない。
 イフなんて考えても無駄と知りながらも、そんなことを思ってしまう部分はどうしてもあって。

 とにかく、残念、だ。

「王子イリッシュは本日死亡した!!」

 特別に開催された集会にて報告があった。

「ざまぁ、よね」
「ふん! 調子に乗ってたんだもの自業自得よ!」
「そうだわ」
「あいつのせいであたしたちみんな……」
「せめて残酷に消えてもらわなくちゃ、わたしたちの心が救われないわ」
「ほんとそれな」
「あんな人、この世にいない方がいいわ」

 女性たちはすっきりした顔になっていた。

 ウルリエが消え、イリッシュも消えた――私が復讐したい者がこの世から消え去った今、私は何を見据えて歩いてゆけば良いのだろう。

「アイリーンさん」
「あっ、クリフィスさん」

 背後から声をかけられて、振り返れば見慣れた顔。

「憎しみの対象のお二人はもうこの世から去られたことですし」
「そうですね、ありがとうございます」
「実は……少しお話があるのですが、良いでしょうか」

 何やら改まった様子のクリフィス。

「え、ええ。でも何ですか? 怖い話じゃないですよね……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

義母の秘密、ばらしてしまいます!

四季
恋愛
私の母は、私がまだ小さい頃に、病気によって亡くなってしまった。 それによって落ち込んでいた父の前に現れた一人の女性は、父を励まし、いつしか親しくなっていて。気づけば彼女は、私の義母になっていた。 けれど、彼女には、秘密があって……?

奇跡の歌姫

四季
恋愛
地球の片隅、とある村で暮らしている少女・ウタ。 彼女は、三年前唯一の家族であった母親を亡くして以来、毎日を無気力に過ごしていた。 そんなある日、ウタの住んでいた村は、破滅の日を迎える。 突然訪れた滅びの時。しかしウタの心は相変わらず無に包まれたまま。彼女は狼狽えない。苦しまずに死ねるなら、と、彼女は運命を受け入れる。 ーーしかし、ウタの命は終わらなかった。 宇宙を行く船に拾われたウタは、その持ち主であるウィクトルと知り合い、地球から遠く離れた星へ向かうこととなる。 その道中、ウタは思い出した。 かつて母親から習った歌を。 そして、かつては自分も歌を愛していたのだということを。 ーーやがて降り立ったのは、キエル帝国。 たどり着いたその地で、ウタは、歌という花を咲かせることができるのだろうか。 ※2019.11.13~2020.5.19 に執筆したものです。

魔法を使える私はかつて婚約者に嫌われ婚約破棄されてしまいましたが、このたびめでたく国を護る聖女に認定されました。

四季
恋愛
「穢れた魔女を妻とする気はない! 婚約は破棄だ!!」 今日、私は、婚約者ケインから大きな声でそう宣言されてしまった。

義理の妹に婚約者を奪われました。~絶望の果てに意外な幸運がありまして~

四季
恋愛
父親が再婚したことで義理の妹となった五つ年下のリリアンネに婚約者を奪われた。 彼女は私が知らない間に私の婚約者アオスに近づいていて。年の割に肉感的な身体を使って誘惑し、私には秘密で深い関係になり、アオスの子を宿したことを機に完全に奪い取ったのだ。

暁のカトレア

四季
恋愛
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。 平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。 そして、それきっかけに、彼女の人生は大きく動き出すのだった。 ※ファンタジー・バトル要素がやや多めです。 ※2018.4.7~2018.9.5 執筆

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

執着はありません。婚約者の座、譲りますよ

四季
恋愛
ニーナには婚約者がいる。 カインという青年である。 彼は周囲の人たちにはとても親切だが、実は裏の顔があって……。

処理中です...