上 下
1 / 10

1話「王子と婚約していましたが」

しおりを挟む

 私、アイリーン・ルーベンは、そこそこ良い家の娘だった。

 ――と言っても特別何か良い待遇を受けて育ってきたわけではない。

 しかし、一般市民に比べればやや良い環境ではあっただろう。忖度なんてそれほどなかったけれど、それでも、時に厳しくも温かく見守ってくれる両親や良き友人に囲まれて穏やかに生きてくることができた。

 そんな私が年頃になって婚約したのは、この国の王子であるイリッシュ・アーボンだったのだが――。

「ウルリエは今日も可愛いなぁ、その素肌に触れたいよ」
「なぁにぃ? もうっ駄目よぉがっつきすぎだってばぁ」
「いいじゃないか、ちょっとくらい」
「でもぉ、婚約してるんでしょ? もう駄目よぉ、さすがに触れるのは駄目ぇ」

 イリッシュは私を本当の意味で愛してはいなかった。
 というのも彼には可愛がっている女がいたのだ――彼女の名はウルリエ、聞いた話によればイリッシュの昔からの友人だそうだ。
 元々は異性同士ながら普通の友人のような関係だったようだが、彼が私と婚約して以降二人はなぜか急接近。そしてここしばらくは、こんな風に、いちゃいちゃを定期的に見せつけられている。

 何がしたいのか……。

 ――そんなある日のこと。

「アイリーン! お前、ウルリエを虐めたそうだな!」
「え……」

 イリッシュに珍しく呼び出されたと思ったらそんなことを言われる。

 ちなみに、心当たりは一切ない。

 彼の隣には涙を目に浮かべた金髪女性ウルリエの姿。
 彼女は怯える小動物のような目でこちらを見てきている。

 いや本当に、何なんだこれは……。

「ビンタしたそうじゃないか」
「心当たりがありません」
「そんなくだらないことを言って、逃げられると思うなよ!」
「逃げるつもりはないです」
「何だと!? 王子である俺に口ごたえするのか!?」

 あまりにも一方的で呆れてしまう。

 これは多分、ウルリエによる罠なのだろう。あくまで想像だが。私に消えてほしいと思っている彼女が嘘をついているに違いない。彼女は私をはめようとしているのだ。私をイリッシュの前から消し去るために。

「嘘じゃないんだろう? ウルリエ」
「ええ……もちろんよ。すれ違いざまに急に……ビンタしてきて……」

 イリッシュは優しげに彼女をそっと抱き締める。

 そしてそれから。

「アイリーン! 彼女がこう言っているんだ!」
「心当たりがありません」
「だとしてもお前がやったのだろう! 悪女め!」
「勘違いではないでしょうか」
「彼女は嘘などつかない! 馬鹿にするなよ、俺はそこまで馬鹿じゃない! 誰が正しいことを言っているかくらい分かる人間だ!」

 既にまんまと騙されているじゃないの……、なんて言えるはずもなく。

「まさかお前がここまで酷いやつだったとはな。さすがに想定外だった。綺麗な顔をしていても中身は真っ黒だったということだな。ああ、しかし、嫉妬で我が友人を傷つけるなどどうしようもないやつだ。お前のようなやつと一時でも婚約していたという事実がどこまでも恥ずかしい」

 イリッシュは長文を発して、その後に。

「アイリーン・ルーベン! お前との婚約は本日をもって破棄する!」

 そう宣言した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

義母の秘密、ばらしてしまいます!

四季
恋愛
私の母は、私がまだ小さい頃に、病気によって亡くなってしまった。 それによって落ち込んでいた父の前に現れた一人の女性は、父を励まし、いつしか親しくなっていて。気づけば彼女は、私の義母になっていた。 けれど、彼女には、秘密があって……?

奇跡の歌姫

四季
恋愛
地球の片隅、とある村で暮らしている少女・ウタ。 彼女は、三年前唯一の家族であった母親を亡くして以来、毎日を無気力に過ごしていた。 そんなある日、ウタの住んでいた村は、破滅の日を迎える。 突然訪れた滅びの時。しかしウタの心は相変わらず無に包まれたまま。彼女は狼狽えない。苦しまずに死ねるなら、と、彼女は運命を受け入れる。 ーーしかし、ウタの命は終わらなかった。 宇宙を行く船に拾われたウタは、その持ち主であるウィクトルと知り合い、地球から遠く離れた星へ向かうこととなる。 その道中、ウタは思い出した。 かつて母親から習った歌を。 そして、かつては自分も歌を愛していたのだということを。 ーーやがて降り立ったのは、キエル帝国。 たどり着いたその地で、ウタは、歌という花を咲かせることができるのだろうか。 ※2019.11.13~2020.5.19 に執筆したものです。

魔法を使える私はかつて婚約者に嫌われ婚約破棄されてしまいましたが、このたびめでたく国を護る聖女に認定されました。

四季
恋愛
「穢れた魔女を妻とする気はない! 婚約は破棄だ!!」 今日、私は、婚約者ケインから大きな声でそう宣言されてしまった。

義理の妹に婚約者を奪われました。~絶望の果てに意外な幸運がありまして~

四季
恋愛
父親が再婚したことで義理の妹となった五つ年下のリリアンネに婚約者を奪われた。 彼女は私が知らない間に私の婚約者アオスに近づいていて。年の割に肉感的な身体を使って誘惑し、私には秘密で深い関係になり、アオスの子を宿したことを機に完全に奪い取ったのだ。

暁のカトレア

四季
恋愛
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。 平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。 そして、それきっかけに、彼女の人生は大きく動き出すのだった。 ※ファンタジー・バトル要素がやや多めです。 ※2018.4.7~2018.9.5 執筆

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……? 嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して── さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。 勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。

処理中です...