上 下
39 / 103

貴方と共に未来へと行く、そう思っていたのは私だけだったのかもしれませんね。どうやら、同じ未来を見つめてはいなかったようです……。

しおりを挟む
「君は女としてのクオリティが低くて俺の妻となるには相応しくない。よって、婚約は破棄とするよ」

 婚約者オーガンディーはある日突然そんなことを言ってきた。
 呼び出されて向かった中央公園での出来事だ。

「え……」
「聞こえなかったのかい?」
「い、いえ。婚約破棄、と。けれど……その、まだ理解が追いついていません。どうしてそのようなことを、急に……?」

 私たちは同じ未来を見ていると思っていた。けれどもそれは幻想だったのか。私と彼が見ている未来は同じものではなかったのかもしれない、今になってその現実に気がついてきた。

 明るい未来へと共に歩んでゆきたい。

 そう思っていたのは私だけだった――?

「いや、だから、理由はもう言っただろう? 君は女としてのクオリティが低くて俺の妻となるには相応しくない、そう言ったじゃないか。それがすべてだよ」

 オーガンディーは何事もなかったかのようにそんな心ない言葉を発する。

 そんなことを言われたら相手がどう思うか。
 心ない言葉をかけられた時、他人の心がどうなるのか。

 彼は想像してはみないのだろうか?

 ……まぁ、想像してみていたならこんな酷いことはしないか。

「じゃあな。さよなら。……永遠に」

 こうして関係は強制的に終わらせられた。
 そしてそれによって私の心は黒く染め上げられてしまう。

 悲しい。
 辛い。
 胸が痛い。

 涙ばかりが溢れて。

 彼のことを嫌いだと感じる。
 でもまだ嫌いでなかった頃の感情もうっすらとは遺っていて。

 だから、なおさら辛い。

 大嫌いだと言ってやれればどんなに良かっただろう。そうすればきっとここまでの胸の痛みはなかったはず。嫌い、そう言ってしまえたなら。大嫌い、と叫んでやれたなら。でも私にはそれすらもできず。心は中途半端なところをふわふわと漂うばかり。

 好きにはもう戻れない。
 けれども嫌いと断言する勇気もない。

 ……ああ、私はどうすればいいのだろう。


 ◆


 婚約破棄された日からちょうど一週間が経った日の午後、オーガンディーが亡くなったという情報が耳に飛び込んできた。

 オーガンディーは今朝もいつものように路上で一人散歩していたそうなのだが、子どもたちが遊んでいた硬いボールが飛んできてそれが額に命中、その衝撃で気を失ったそうで――そのまま後ろ向けに倒れ、その際後頭部を強く打ってしまい死亡したのだそうだ。

 あまりにも呆気ない最期である。

 彼はきっとこれからも普通に生きてゆくと思っていただろう。死ぬかもしれない、なんて、思ったことはなかったはずだ。けれども彼には確かに死がもたらされた。大災害や馬車による事故などでもない突然の死、なんて、きっと誰だって想像しないだろうけど。まさかボールに殺されるとは、と、今あの世で思っているのではないだろうか。

 ただ、それもまた運命である。

 他人を傷つけて生きていたらそういうことになるのだ。

 そういう意味では自業自得。


 ◆


 あれから数年、もう数えられないくらいいくつも季節が過ぎた。

「今日は何の日か覚えているかい?」
「えーと……結婚記念日!」
「正解!」
「確か、二回目よね」
「うん! あったりー。ちゃんと覚えてくれていたんだね!」

 私は今、良き夫に愛され、幸せに暮らしている。

「だからさ、今日は、お祝いの料理を作るよ」
「いいの!?」
「うん! いっつも作ってもらってるからね。たまにはお返ししないと」
「貴方の作る料理、とっても美味しいから好きなの」
「あはは、ちょっと照れるなぁ」

 オーガンディーとの道はあそこで途切れてしまった。けれども今はもう後悔はしていない。いや、後悔していないとかそういった次元の話ではない。あの時彼と離れておいて良かった、と、今は迷いなく確かにそう思っている。

 彼と離れたからこそ今の夫である彼と巡り会え結婚もできたのだ。

 あの日の絶望、悲しみ、痛みも。

 すべて無駄ではなかった。


◆終わり◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しくないと虐められていましたが、幸せを掴みました

四季
恋愛
ミレーネはその美しくないとされる顔立ちゆえに、実の父や義母、妹などから、いつも虐めを受けていた。 だがある日、屋敷に客としてやって来た見知らぬ人物と出会う。彼はミレーネを美しくないと批判しないし、むしろ、温かく受け入れてくれる人で。 ……以降、彼女の人生は大きく変わり始める。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

聖女は寿命を削って王子を救ったのに、もう用なしと追い出されて幸せを掴む!

naturalsoft
恋愛
読者の方からの要望で、こんな小説が読みたいと言われて書きました。 サラッと読める短編小説です。 人々に癒しの奇跡を与える事のできる者を聖女と呼んだ。 しかし、聖女の力は諸刃の剣だった。 それは、自分の寿命を削って他者を癒す力だったのだ。 故に、聖女は力を使うのを拒み続けたが、国の王子が難病に掛かった事によって事態は急変するのだった。

婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~

四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

はめられ王女は大国の王子に愛される。~私を真っ直ぐに見てくれる彼と生きてゆきたいです~

四季
恋愛
小国エミニカの王女エーリア・エミニカは齢十八にして東隣の国ルカロイドの王子アッシュと婚約した。 しかし彼の妹であるアンターニアから嫌われ虐められてしまうように。 さらには嘘をつかれ、していないことのせいで婚約破棄されてしまうエーリアだが……。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...