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6話「アズ、突然現れる」

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「今日も素晴らしい魔道具をありがとう!」
「いえいえ」
「最高の買い物ができたよ! これで娘を喜ばせられそう!」
「良かったです、ありがとうございました」

 客を見送り束の間の穏やかな時間を楽しもうと思っていた矢先、扉が日頃滅多にないような乱暴な開き方をした。

 これには驚いて。
 私も、ローレットも、思わずそちらへ目をやってしまう。

「エイリーン、ここか? お前の店とやらは」

 現れたのはまさかの――アズだった。

 なぜ今さらここへ来たのだろう。

 以前より少し痩せたような気がするが何かあったのだろうか。

「お久しぶりです……そうですけど、なぜここへ」
「お前に話があってな」

 正直、もう彼と話なんてしたくないけれど。

「やり直そう! エイリーン!」

 アズの口から飛び出したのはまさかの言葉だった。

「え……今、何と……?」
「やり直したいんだ! 取り敢えず、話を聞いてくれ!」
「は、はぁ……」

 少し離れたところのソファに座っていたローレットは不満げな顔をしていたけれど、流れでアズの話を聞かなくてはならないこととなってしまった。

 ――話は簡単だった。

 ミレイニアに捨てられた。

 それがアズの口から出た話だった。

 私が消えた後、ミレイニアが段々アズから別の男性へと興味の対象を移していったそうで、ついにアズが他の男性とのことを注意すると「そんなことを言うならあんたみたいなどーでもいい男とはお別れするわ」と言われ捨てられてしまったそうだ。

「婚約者を捨ててまで彼女を愛したのに……俺可哀想だろう!?」
「そんなこと、私に言われても。可哀想がってほしいだけなら、よそでやってください」
「違う!!」
「何なのですか?」
「だ! か! ら! 俺ともう一度婚約してくれと言っているんだ!」

 そんなこと、受け入れられるはずがないではないか。

「無理です」

 ここははっきり言っておかなくては。

「私との縁は貴方が切ったのです、やり直すことなどできません」
「可哀想な俺を見捨てるのか!?」
「知りません」
「元婚約者だろう!? もっと優しくしろよ!! それは元婚約者としてすべきことだろう!?」

 アズが言うことは私にはまったくと言って間違いでないくらい理解できない。
 勝手に切り捨てておいて、少し困ったらまたすり寄ってきて、謝罪すらなくやり直そうだなんて――これはさすがに『馬鹿か?』と思ってしまう。

「あ、あと、借金もできたんだ」
「何ですかいきなり」
「お前お金持ってるだろ? それも、ちょちょっと、返しておいてほしいんだ」
「はい? すみませんが理解できません、意味不明です」

 ローレットの口角が痙攣している。

「相変わらず馬鹿だなぁ、でもまぁいいさ、俺優しいからもう一度最初から言ってやる。ちゃんと聞けよ?」

 恥ずかしげもなくよくそんなことを言えるな、と思いつつ、逃れられないのでもう少し話を聞いてみることに。

「まず、お前は俺ともう一度婚約しろ」
「はぁ……」
「そして、そのたんまりあるお金で、俺の借金をささっと返済してくれ」
「返済……」
「分かったか!?」
「おしまいですか?」
「問いに問いを重ねるな!!」
「すみません」

 いや、もう、何なんだこれは。

「分かったか!?」
「内容は把握できました」
「ではそれを実行しろ!」
「いやいや、それは無理です。絶対に、無理です」

 するとアズはつかつかと歩み寄ってきて。

「席に戻らせてやるって言ってんだからその通りにしろよ!!」

 急に殴ろうとしてくる――が。

「いい加減にしてくださいよ」

 刹那、アズの喉もとには銀色の刃があてがわれていた。
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