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前編

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 幼い頃、憧れていたのは、幸せな結婚。

 想い人と二人で幸せになる。

 手を取り合って、同じ道を、共に歩む——。

 私にもそんな夢を見ていた頃があった。そんなものは所詮子どもの夢でしかないのだと、今ではもう理解しているけれど。それでも、かつては、そんな夢をみていた。

「ねぇーあなたー。彼女、どなた?」
「あっ……あぁ、いや、その……」

 婚約から一ヶ月。

 私は今、言葉も発せないような光景を目にしている。

 私の婚約者であるルシウスと見知らぬ女性が、一つのベッドの上で、身を寄せ合っていたのだ。しかも素肌で。身体を隠すこともなく、布一枚すらまとわず。生まれたままの姿で抱き合っている。僅かに汗の粒を滴らせながら。

「一体何が起きたのですか?」
「こ、これはっ……! ちがっ……聞いてくれ! アンナ!」

 私とルシウスは婚約済みの関係。それゆえ、互いの家に出入りすることも少なくはない。特に、私が彼の家へ行くことは、珍しいことではない。それは、互いの両親も認めていることだ。

「説明することがあるのですか? 汗だくで?」
「勘違いだ! 勘違い!」

 異性と全裸で抱き合っておいて『勘違い』とは、何が何だか。

 それにしても、相手の女性は相手の女性で凄まじい神経をしている。婚約者がすぐそこに立っているのに密着して抱き合い続けるとは。常人には到底不可能な行為だろう。普通、少しくらい恥じらって、一時的にでも離れそうなものなのだが。

「浮気というやつですよね」
「違う! それは勘違いだっ!」
「そうなのですか?」

 勘違いだとルシウスは言うけれど、私には何がどう勘違いなのかが分からない。

 それに、彼が焦っていることが何よりの証拠ではないか。

 本当に何でもないのなら焦る必要なんてない。堂々として、冷静に事情を説明すればいい。私だって、一方的に殴り倒したりはしないのだから。内心苛立っていても、聞いた方が良ければ黙って聞くのだから。
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