8 / 17
八話「傑作……なの?」
しおりを挟む
目の前に立つ、人の形をしたジェネ。
美しくもどこか儚げな青年。
私は胸の高鳴りを押さえ込みつつ、彼の姿を眺める。
「本当に……貴方は蛇になれるのね」
「そうだよ」
「じゃあ、カイの結婚相手に絡んでいったのは、本当に貴方なのね」
ジェネはそれまでとは違って少し間を空けたが、やがて静かに頷いて「そうだよ」と述べた。
「この前の話だと、君があまりに気の毒だったからね」
私がカイに理不尽な婚約取り消しをされた話をした時、ジェネは、あまり関心がないような態度をとっていた。だから私は、どうでもいいと思われているのだと考えていた。だが、案外そんなことはなかったようだ。ジェネは、一緒になって悪口を言うようなことはなかったが、同情してくれてはいたようである。
「あ!」
その時ふと、今朝聞いた噂話を思い出す。
「じゃあジェネが足を怪我したのって、石に当たったせい!?」
ミジーズ村のいつも噂話をしている女性たちが、今朝話していたこと。それを思い出したのだ。
蛇は、観客の一人が投げた石に当たり逃げていったと、噂好きな彼女たちは話していた。
「……どうしてそれを?」
怪訝な顔をするジェネ。
「今朝聞いたの。村の噂好きな人たちが、そんなことを話しているところをね」
するとジェネは「噂は早いね」とさりげなく苦笑した。
「それでマリエがそのことを知っていたんだね」
「えぇ、そうなの。でも……申し訳ないわ。私のせいで貴方を怪我させてしまって」
私のために行動したことで、彼は怪我をした。
そう思うと、胸が苦しくなってしまう。
彼は何も悪くないのに。気の毒な状況の私に同情して、そのために少し行動してくれただけなのに。それなのに傷を負ったのが彼だなんて、そんなのはおかしい。
「いや、君は何も気にしなくていいよ。僕が気まぐれでやっただけだし」
ジェネは白銀の髪を片手で整えながら言った。
だが私には、気にしないなんてことはできなくて。
「気にしないわけにはいかないわ! 私が原因だもの!」
「いや、いいって」
「私があんなことを話したから……!」
「いや、いいんだって」
「けど……」
言い返しかけた——その時。
ジェネは両手を私の肩に乗せた。
「いいんだよ、マリエ」
彼の燃えるような瞳から放たれる視線は、いつになく鋭かった。真剣を通り越し、痛みさえ感じさせるような視線だ。
「僕がいいって言っているんだから、君が勝手に罪悪感を抱くことはない。そんなのは無意味なことだよ」
ジェネはきっぱり言い放ち、身をくるりと返す。私から数歩離れ、彼は話題を変えてくる。
「そういうことだから。で、今度はこっちから質問なんだけど」
「質問?」
「どうしてまた飛び降りたのかな」
そういえばそうだった。
またしても助けてもらったのだから、転落した理由を言わねばなるまい。
今日は飛び降りる気はなかったが、風に煽られ崖から落ちたのだ。
……少し恥ずかしい。
「えっと……飛び降りる気はなかったのよ」
「そうなのかい?」
「カイのことを貴方に伝えたくて、崖を訪ねたの。そうしたら、風が吹いて、バランスを崩してしまったのよ」
するとジェネは、ぷっ、と吹き出す。
本当の理由を明かせば、笑われてしまうことは分かっていた。それでも本当のことを話したのは、二度も命を助けてくれた彼に嘘をつく気にはなれなかったからだ。
「そんなことだったのかい」
「えぇ」
「面白いね、君。なかなか気に入ったよ」
ジェネは珍しく笑っていた。
それも、とても楽しそうに。
「あの崖から飛び降りる人はまぁいなくはないけど、『風に煽られて』なんていう理由は初めてだよ! 傑作!」
馬鹿にされているのかもしれない、と多少は思いもするが、笑っている彼を見ていたら「少しくらい馬鹿にされてもいいか」という気分になった。
「そんなに面白かったかしら」
「面白いよ! 傑作!」
ツボに入っているようだ。
彼はそれからも、しばらく笑い続けた。
ケラケラと笑う彼からは、日頃まとっているガラス細工のような繊細な雰囲気は消えていて。逆に、子どものような純真さが、全面に溢れ出ている。
今のジェネには、『美しい』というより『可愛らしい』といった表現の方が、しっくりくる。
「まぁでも、何度も飛び降りるのは危険だよね。だから、次からは崖で僕の名を呼ぶだけでいいよ。そうしたら、君をここへ案内するから」
ジェネの発言は、私の心を温かくする。なぜなら、また来てもいいという意味をはらんだ言葉だと感じさせてくれるから。
「またお話しに来てもいいかしら」
私が問うと。
「いいよ。僕はどうせここにいるし、基本的に退屈だからね」
そう言って、ジェネは微笑むのだった。
美しくもどこか儚げな青年。
私は胸の高鳴りを押さえ込みつつ、彼の姿を眺める。
「本当に……貴方は蛇になれるのね」
「そうだよ」
「じゃあ、カイの結婚相手に絡んでいったのは、本当に貴方なのね」
ジェネはそれまでとは違って少し間を空けたが、やがて静かに頷いて「そうだよ」と述べた。
「この前の話だと、君があまりに気の毒だったからね」
私がカイに理不尽な婚約取り消しをされた話をした時、ジェネは、あまり関心がないような態度をとっていた。だから私は、どうでもいいと思われているのだと考えていた。だが、案外そんなことはなかったようだ。ジェネは、一緒になって悪口を言うようなことはなかったが、同情してくれてはいたようである。
「あ!」
その時ふと、今朝聞いた噂話を思い出す。
「じゃあジェネが足を怪我したのって、石に当たったせい!?」
ミジーズ村のいつも噂話をしている女性たちが、今朝話していたこと。それを思い出したのだ。
蛇は、観客の一人が投げた石に当たり逃げていったと、噂好きな彼女たちは話していた。
「……どうしてそれを?」
怪訝な顔をするジェネ。
「今朝聞いたの。村の噂好きな人たちが、そんなことを話しているところをね」
するとジェネは「噂は早いね」とさりげなく苦笑した。
「それでマリエがそのことを知っていたんだね」
「えぇ、そうなの。でも……申し訳ないわ。私のせいで貴方を怪我させてしまって」
私のために行動したことで、彼は怪我をした。
そう思うと、胸が苦しくなってしまう。
彼は何も悪くないのに。気の毒な状況の私に同情して、そのために少し行動してくれただけなのに。それなのに傷を負ったのが彼だなんて、そんなのはおかしい。
「いや、君は何も気にしなくていいよ。僕が気まぐれでやっただけだし」
ジェネは白銀の髪を片手で整えながら言った。
だが私には、気にしないなんてことはできなくて。
「気にしないわけにはいかないわ! 私が原因だもの!」
「いや、いいって」
「私があんなことを話したから……!」
「いや、いいんだって」
「けど……」
言い返しかけた——その時。
ジェネは両手を私の肩に乗せた。
「いいんだよ、マリエ」
彼の燃えるような瞳から放たれる視線は、いつになく鋭かった。真剣を通り越し、痛みさえ感じさせるような視線だ。
「僕がいいって言っているんだから、君が勝手に罪悪感を抱くことはない。そんなのは無意味なことだよ」
ジェネはきっぱり言い放ち、身をくるりと返す。私から数歩離れ、彼は話題を変えてくる。
「そういうことだから。で、今度はこっちから質問なんだけど」
「質問?」
「どうしてまた飛び降りたのかな」
そういえばそうだった。
またしても助けてもらったのだから、転落した理由を言わねばなるまい。
今日は飛び降りる気はなかったが、風に煽られ崖から落ちたのだ。
……少し恥ずかしい。
「えっと……飛び降りる気はなかったのよ」
「そうなのかい?」
「カイのことを貴方に伝えたくて、崖を訪ねたの。そうしたら、風が吹いて、バランスを崩してしまったのよ」
するとジェネは、ぷっ、と吹き出す。
本当の理由を明かせば、笑われてしまうことは分かっていた。それでも本当のことを話したのは、二度も命を助けてくれた彼に嘘をつく気にはなれなかったからだ。
「そんなことだったのかい」
「えぇ」
「面白いね、君。なかなか気に入ったよ」
ジェネは珍しく笑っていた。
それも、とても楽しそうに。
「あの崖から飛び降りる人はまぁいなくはないけど、『風に煽られて』なんていう理由は初めてだよ! 傑作!」
馬鹿にされているのかもしれない、と多少は思いもするが、笑っている彼を見ていたら「少しくらい馬鹿にされてもいいか」という気分になった。
「そんなに面白かったかしら」
「面白いよ! 傑作!」
ツボに入っているようだ。
彼はそれからも、しばらく笑い続けた。
ケラケラと笑う彼からは、日頃まとっているガラス細工のような繊細な雰囲気は消えていて。逆に、子どものような純真さが、全面に溢れ出ている。
今のジェネには、『美しい』というより『可愛らしい』といった表現の方が、しっくりくる。
「まぁでも、何度も飛び降りるのは危険だよね。だから、次からは崖で僕の名を呼ぶだけでいいよ。そうしたら、君をここへ案内するから」
ジェネの発言は、私の心を温かくする。なぜなら、また来てもいいという意味をはらんだ言葉だと感じさせてくれるから。
「またお話しに来てもいいかしら」
私が問うと。
「いいよ。僕はどうせここにいるし、基本的に退屈だからね」
そう言って、ジェネは微笑むのだった。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す
岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。
悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜
まさかの
恋愛
この国の始祖である一族として、何不自由無く生きてきたマリアは不思議な夢の中でいきなり死の宣告を受けた。
夢のお告げに従って行動するが、考えなしに動くせいで側近たちに叱られながらも、彼女は知らず知らずのうちに次期当主としての自覚が芽生えていくのだった。
一年後に死ぬなんて絶対にいや。
わたしはただカッコいい許嫁と逢瀬を楽しんだり、可愛い妹から頼られたいだけなの!
わたしは絶対に死にませんからね!
毎日更新中
誤字脱字がかなり多かったので、前のを再投稿しております。
小説家になろう、ノベルアップ+、マグネットでも同小説を掲載しております
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる