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前編
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夜、マレイはリナからもらったドーナツの紙箱を持ち、中庭へと向かった。
廊下はところどころ明かりが灯っているだけで薄暗く、昼間の賑わいは全くと言っても過言ではないほど感じられない。秋のひんやりとした空気が足下をなめ、コオロギの鳴き声がどこか寂しげに響いていた。
中庭に出た途端、冷たい風が頬を撫でる。ぶるりと身震いしマレイは上着のチャックを上げる。それから辺りを見回した。
人影が見える。美しい金髪の青年の物悲しい背中だ。
マレイは深呼吸をして心を落ち着け、一呼吸置いてから口を開く。
「あ、あの!」
さらりとした金髪が振り向きざまに風になびく。青年は振り返ると、その透き通った青い瞳で、不思議そうにマレイを見つめた。
沈黙が訪れ、マレイは息が止まりそうになる。マレイは、二人を包む夜の闇に飲み込まれそうだと思ったりした。
やがて青年が言う。
「……私、ですか」
風が草を揺らす小さな音が、今のマレイには妙に騒がしく聞こえる。それほどに静かな空間だった。
「リスタンさん、ですよね?」
マレイはやや緊張気味に尋ねた。
「はい」
青年、リスタンは、落ち着いた声で答えた。
「初めまして。私、今年特殊機動隊のパイロットになったマレイと申します」
彼の顔を見ると、マレイは思ったより緊張せず話すことができた。それは、リスタンの瞳が、案外穏やかな色をたたえていたからかもしれない。
「挨拶しようと思って」
するとリスタンは返す。
「何故ここが?」
リスタンはどうやら気になるらしく、風で乱れた金髪を手で整えていた。
「夜はいつも中庭にいらっしゃるそうですね。隊員の方に教えていただいたので」
マレイは自然に答えた。
「隊員から? では、他にも色々聞いたはずでしょう。何故私に関わろうとするのです」
リスタンは不思議な生き物を見るような顔をしたが、マレイにはその意味が分からない。
「リスタンさんは、夜空を眺めるのがお好きなのですか?」
マレイの問いにリスタンは更に怪訝な表情になるが、マレイは気づかず続ける。
「空って綺麗ですよね。夜空、私もわりと好きです」
マレイはにっこりと微笑む。
「変だとは……思わないのですか?」
「変? どこがですか? 全然普通だと思いますけど」
再び長い沈黙が訪れる。マレイもリスタンも、お互いに戸惑って言葉を探していた。
「……ところでリスタンさんは甘いものはお好きですか?」
沈黙を破る言葉を先に見つけたのはマレイだった。
「もしお好きなら、ドーナツでもいかがですか。折角なので持ってきました」
マレイは笑顔でドーナツの入った紙箱を前に差し出す。
「一緒に食べませんか?」
すると、怪訝な顔をしていたリスタンの口元が緩んだ。
「良い人ですね」
声は今までより優しかった。
廊下はところどころ明かりが灯っているだけで薄暗く、昼間の賑わいは全くと言っても過言ではないほど感じられない。秋のひんやりとした空気が足下をなめ、コオロギの鳴き声がどこか寂しげに響いていた。
中庭に出た途端、冷たい風が頬を撫でる。ぶるりと身震いしマレイは上着のチャックを上げる。それから辺りを見回した。
人影が見える。美しい金髪の青年の物悲しい背中だ。
マレイは深呼吸をして心を落ち着け、一呼吸置いてから口を開く。
「あ、あの!」
さらりとした金髪が振り向きざまに風になびく。青年は振り返ると、その透き通った青い瞳で、不思議そうにマレイを見つめた。
沈黙が訪れ、マレイは息が止まりそうになる。マレイは、二人を包む夜の闇に飲み込まれそうだと思ったりした。
やがて青年が言う。
「……私、ですか」
風が草を揺らす小さな音が、今のマレイには妙に騒がしく聞こえる。それほどに静かな空間だった。
「リスタンさん、ですよね?」
マレイはやや緊張気味に尋ねた。
「はい」
青年、リスタンは、落ち着いた声で答えた。
「初めまして。私、今年特殊機動隊のパイロットになったマレイと申します」
彼の顔を見ると、マレイは思ったより緊張せず話すことができた。それは、リスタンの瞳が、案外穏やかな色をたたえていたからかもしれない。
「挨拶しようと思って」
するとリスタンは返す。
「何故ここが?」
リスタンはどうやら気になるらしく、風で乱れた金髪を手で整えていた。
「夜はいつも中庭にいらっしゃるそうですね。隊員の方に教えていただいたので」
マレイは自然に答えた。
「隊員から? では、他にも色々聞いたはずでしょう。何故私に関わろうとするのです」
リスタンは不思議な生き物を見るような顔をしたが、マレイにはその意味が分からない。
「リスタンさんは、夜空を眺めるのがお好きなのですか?」
マレイの問いにリスタンは更に怪訝な表情になるが、マレイは気づかず続ける。
「空って綺麗ですよね。夜空、私もわりと好きです」
マレイはにっこりと微笑む。
「変だとは……思わないのですか?」
「変? どこがですか? 全然普通だと思いますけど」
再び長い沈黙が訪れる。マレイもリスタンも、お互いに戸惑って言葉を探していた。
「……ところでリスタンさんは甘いものはお好きですか?」
沈黙を破る言葉を先に見つけたのはマレイだった。
「もしお好きなら、ドーナツでもいかがですか。折角なので持ってきました」
マレイは笑顔でドーナツの入った紙箱を前に差し出す。
「一緒に食べませんか?」
すると、怪訝な顔をしていたリスタンの口元が緩んだ。
「良い人ですね」
声は今までより優しかった。
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