護衛娘と気ままな王子

四季

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18話 別人のような

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 まさか見ず知らずの男に絡まれるとは。

 ルカ王子から逃げるようにここへ来たが、それが間違いだったのかもしれない。飛び出したりせずに、あのまま彼の自室にいたなら、こんなことにはならなかっただろう。

 ……いや、それではいけなかったのだ。

 あのまま彼の自室にいたら、彼をもっと傷つけてしまっていたかもしれない。その可能性が高い。彼を傷つけてしまうくらいなら、私が絡まれる方がましだ。

 それはさておき、目の前の男にどのようにして去ってもらうかが、今の最重要課題である。

 力で押さえ込めば簡単だが、城内で不用意に乱闘騒ぎを起こすというのも問題な気がする。しかし、こういう質の男が、口で説得して大人しく去ってくれるとも思えない。

「あぁ? 何だ、急に大人しくなって。もしかして、怖じ気づいたか?」

 ……やはり、力で押さえ込むでいこう。

 この男をこのまま放っておくというのは、鬱陶しすぎる。それに、絶対ややこしいことになる。

「お嬢ちゃーん? どうしたー?」

 私が何も言い返さないことで調子に乗ってきた男は、いちびった口調で声をかけてくる。もはや言葉で表現するのも嫌になるくらい、不愉快な男だ。

 苛立ちのあまり何か言ってやりたくなるが、それはこらえ、逆に、男の片腕を強く掴む。

「あぁ? 何だ?」

 いきなり腕を掴み返された男は、その顔面に、戸惑いの色を浮かべた。状況が理解できていない、といった表情だ。もちろん、当然と言えば当然なのだが。

 私は無言で、掴んだ腕を支点に男を放り投げる。男の体は一度宙に浮き、それから地面に叩きつけられた。

 全力で投げてはいないため致命傷にはならないだろうが、それでも少しは痛いはず。こういう輩とは話すだけ無駄だ。力の差を見せつけて、速やかに去ってもらうに限る。

「なっ、何すんだ! いきなり!」

 男は地面で打った腰をさすりながら声を荒らげた。

「こんなことして許されると思ってたら大間違いだぜ!」

 立ち上がり、腰についた泥を払うと、男は服の中から短剣を取り出した。よく研がれていそうな短剣だ。

「覚悟しなっ!!」

 だが、その操り方は素人丸出し。

 恐らく、日頃は短剣で戦ってはいないのだろう。扱いに慣れていないことは、見ればすぐに分かる。

 これなら何とかなる。
 そう思い、私は戦闘体勢をとった。

 私の手に、剣はない。ルカ王子の自室に置いてきてしまったのだと思う。けれども、この程度の男になら、そう易々と負けはしない。

「おりゃあっ」

 男が短剣をこちらへ突き出した——その瞬間。

「何してるのかな!」

 声が聞こえてきた。

 ルカ王子の声が。

 男は短剣を握った手を止める。そして、声がした方へ目を向けると、焦ったような表情になった。そこに、険しい表情のルカ王子が立っていたから。

「な……なぜここに……」
「フェリスさんに手を出したら、この僕が許さない。第一王子の権限において、君を罰する」

 淡々とした調子で述べるルカ王子は、いつも私が接しているマイペースなルカ王子とは別人のようだった。
 凛々しく、男らしく、そして第一王子の名に相応しい貫禄がある。

「でっ……できるもんかっ! お前のような出来損ないの王子が、調子に乗るな!」
「そうだね、僕は出来損ないだよ。でも、王子であることに変わりはないから、君を罰することくらいはできる」

 ルカ王子は子どものような人だと思っていた。おっちょこちょいで、情けなくて、頑張って何かしようとしても失敗ばかりで……そんな彼が、彼のすべてだと思い込んでいた。だが、それは間違いだったのかもしれない。無論、王子らしからぬルカ王子もルカ王子ではあるのだろうが、それが彼のすべてではないということを、私は今知ったのである。

「今ここから去るなら、見逃してあげてもいいよ。でも、これ以上フェリスさんに近づくなら、容赦はしない」
「う、うぐっ……」
「どうする? 大人しく去るか、このまま罰されるか。どっちがいいのかな?」

 降り注ぐ雨は強まり、髪を、服を、ますます濡らしていく。しかし今は、そんなことは少しも気にならない。全身に打ち付ける雨粒よりも、信じられないほど凛々しいルカ王子の方が、私の目を引きつけて離さないのだ。

「ぐっ……今は退くっ!」

 その時になってようやく、男は走り去った。
 これはルカ王子の完全勝利だ。

 品の良くない男が去った後、雨降りの中庭には私とルカ王子だけが残された。

 夜の闇に、雨粒が地面にぶつかる音だけが響く。
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