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15話 何だかんだで押し切られ
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ルカ王子の子どものような無邪気さに負け、結局、彼の部屋で話を聞く羽目になってしまった。
こんなシーンを誰かに見られたら、夜分に異性の自室へ入るなんてどうかしている、と思われてしまうことだろう。やましいことをしているに違いない、と思われる可能性すらある。
だから、本当は、はっきりと断るべきだったのだ。
それがお互いのためでもある。
分かっていなかったわけではない。頭では分かっているつもりなのだ——にもかかわらず断れなかったのは、私の心に彼への想いが残っているからだろうか。
だとしたら情けない。
護衛でありながら勘違いをし、護衛対象である王子を好きになり、忘れられずにいる。
そんな護衛は、もはや護衛とは言えないだろう。
「真夜中に急に呼んじゃってごめんね、フェリスさん」
「いえ、気にしないで下さい」
「今お茶を淹れるから、そこに座っててー」
なぜだろう。これまで何度も入ったことがある部屋なのに、夜中だというだけで、まるで見たことのない世界へ来てしまったかのようだ。家具や服、その一つ一つさえも、新鮮に感じられる。
「ありがとうございます。でも、本当に座っていて良いのですか?」
「うん! もちろん!」
「分かりました。ではお言葉に甘えて」
あぁ、もう。どうしてこうも調子が狂うの。ルカ王子にお茶を淹れさせるなんて、護衛失格じゃない。
私は内心そんなことを思ったが、今さら「やっぱり私が淹れます」とも言えない。なので、大人しく待っておくことにした。
それにしても、夜のティータイムなんて初経験だ。
しばらくするとルカ王子は、ポットとティーカップ二つを乗せた丸いお盆を運んできた。足取りがゆらゆらしていて怪しげだが、取り敢えず今のところはこぼしていない。……もっとも、彼のことだからいつこぼすか分かったものではないが。
ルカ王子はポットを手に取り、液体をティーカップに注いでくれた。
その手つきからは、落ち着きが感じられる。だいぶ慣れてきたのだろう。
彼はかなりおっちょこちょい。しかし、慣れさえすればできる人なのだろうな、と内心思った。
「良い香りですね」
ティーカップから湯気が立ち上ると、心暖まる芳香が嗅覚を刺激する。全身の筋肉がほぐれるような、穏やか香りだ。
「だよねー。僕も好きだな」
二つのティーカップへ液体を注ぎ終えると、ルカ王子は、私の向かいの席に座る。
「フェリスさん、このお茶は何のお茶か知ってる?」
「いえ」
「カボビールを使ったハーブティーだよ!」
「そうだったのですね」
どうやら、知識があることをひけらかしたかっただけのようだ。
「王子はお茶がお好きですね」
「うん。だって、美味しいから」
そう答えるルカ王子は、幸せそうな顔をしていた。
不満なんて欠片もないんだろうな、と羨ましく思ってしまうほどの、満ち足りた表情である。
「昔からなのですか?」
「えーと……いつからだったかなー? 気づいた時には好きになってたよ。五歳とかの時にはもう飲んでたよ」
「へぇー、そうなんですか。五歳からティータイムを」
そんな幼い頃からお茶を嗜んでいたとは。
さすが王子だけあって、平市民とは次元が違う。
「うん。侍女のおばさんによく淹れてもらってたよ」
「……ご両親ではなく、侍女の方に?」
「そうだよー。おばさんは僕といつも遊んでくれたんだ! って、あ、ごめん。これはフェリスさんには関係ないね」
両親はきっと忙しかったのだろう。国王と王妃だもの、当然だ。
「いえ……お聞きできて良かったです」
王子なら、贅沢放題で、さぞ幸せな人生を送ってきたことだろう。私はそんな風に思っていた。けれど、案外そうでもないののかもしれない。
平市民には平市民の苦労があるように、王子には王子の苦労があるのだろう。
「こんなことを聞くと変にお思いになるかもしれませんが……寂しくはなかったのですか?」
「え? 何が?」
「侍女の方ではなく、ご両親と遊びたい。そんな風に思われたことはなかったのかな、と」
その問いに対し、ルカ王子は笑顔で答える。
「べつにないよ!」
迷いのない、はっきりとした声だった。
「僕は侍女のおばさんに遊んでもらえるだけで楽しかったよ。お茶を飲んだり、ケーキを食べたり、本を読んだり、クッキーを食べたり! 楽しかったなぁ」
飲食の比率が妙に高いのは、なぜなのだろう?
……それはさておき。
懐かしい過去に思いを馳せつつ語るルカ王子の顔に、不満は少しも見当たらなかった。彼は侍女のおばさんに遊んでもらえることを、純粋に楽しんでいたのだろう。
楽しいことへ目を向け、全力で堪能する。それは、一種の才能だ。
「あ。話がずれちゃったね、ごめん。戻そっかー」
「はい」
「で、何を話すんだったっけ」
はい?
何を言っているの? まさか、本当に何を話すか忘れてしまったの?
……あり得ない。
「ま、フェリスさんとお茶を楽しめるなら何でもいいや」
ルカ王子のあまりの適当さに、私は思わず、テーブルを叩いて立ち上がってしまった。
「よくありませんよ!!」
バァン、と音がして、ティーカップがカタカタと振動する。
「ふぇ、フェリスさん……」
ルカ王子がそう漏らしながら、怯えた目つきで私を見ていた。
まるで、肉食動物に狙いを定められた草食動物のようだ。
そんな彼を見た私は冷静さを取り戻し、慌てて座る。
「……すみませんでした」
「い、いや。気にしないで……」
せっかく楽しく過ごしていたのに、つい感情的になり、雰囲気をぶち壊してしまった。私は内心、それを後悔していた。
こんなシーンを誰かに見られたら、夜分に異性の自室へ入るなんてどうかしている、と思われてしまうことだろう。やましいことをしているに違いない、と思われる可能性すらある。
だから、本当は、はっきりと断るべきだったのだ。
それがお互いのためでもある。
分かっていなかったわけではない。頭では分かっているつもりなのだ——にもかかわらず断れなかったのは、私の心に彼への想いが残っているからだろうか。
だとしたら情けない。
護衛でありながら勘違いをし、護衛対象である王子を好きになり、忘れられずにいる。
そんな護衛は、もはや護衛とは言えないだろう。
「真夜中に急に呼んじゃってごめんね、フェリスさん」
「いえ、気にしないで下さい」
「今お茶を淹れるから、そこに座っててー」
なぜだろう。これまで何度も入ったことがある部屋なのに、夜中だというだけで、まるで見たことのない世界へ来てしまったかのようだ。家具や服、その一つ一つさえも、新鮮に感じられる。
「ありがとうございます。でも、本当に座っていて良いのですか?」
「うん! もちろん!」
「分かりました。ではお言葉に甘えて」
あぁ、もう。どうしてこうも調子が狂うの。ルカ王子にお茶を淹れさせるなんて、護衛失格じゃない。
私は内心そんなことを思ったが、今さら「やっぱり私が淹れます」とも言えない。なので、大人しく待っておくことにした。
それにしても、夜のティータイムなんて初経験だ。
しばらくするとルカ王子は、ポットとティーカップ二つを乗せた丸いお盆を運んできた。足取りがゆらゆらしていて怪しげだが、取り敢えず今のところはこぼしていない。……もっとも、彼のことだからいつこぼすか分かったものではないが。
ルカ王子はポットを手に取り、液体をティーカップに注いでくれた。
その手つきからは、落ち着きが感じられる。だいぶ慣れてきたのだろう。
彼はかなりおっちょこちょい。しかし、慣れさえすればできる人なのだろうな、と内心思った。
「良い香りですね」
ティーカップから湯気が立ち上ると、心暖まる芳香が嗅覚を刺激する。全身の筋肉がほぐれるような、穏やか香りだ。
「だよねー。僕も好きだな」
二つのティーカップへ液体を注ぎ終えると、ルカ王子は、私の向かいの席に座る。
「フェリスさん、このお茶は何のお茶か知ってる?」
「いえ」
「カボビールを使ったハーブティーだよ!」
「そうだったのですね」
どうやら、知識があることをひけらかしたかっただけのようだ。
「王子はお茶がお好きですね」
「うん。だって、美味しいから」
そう答えるルカ王子は、幸せそうな顔をしていた。
不満なんて欠片もないんだろうな、と羨ましく思ってしまうほどの、満ち足りた表情である。
「昔からなのですか?」
「えーと……いつからだったかなー? 気づいた時には好きになってたよ。五歳とかの時にはもう飲んでたよ」
「へぇー、そうなんですか。五歳からティータイムを」
そんな幼い頃からお茶を嗜んでいたとは。
さすが王子だけあって、平市民とは次元が違う。
「うん。侍女のおばさんによく淹れてもらってたよ」
「……ご両親ではなく、侍女の方に?」
「そうだよー。おばさんは僕といつも遊んでくれたんだ! って、あ、ごめん。これはフェリスさんには関係ないね」
両親はきっと忙しかったのだろう。国王と王妃だもの、当然だ。
「いえ……お聞きできて良かったです」
王子なら、贅沢放題で、さぞ幸せな人生を送ってきたことだろう。私はそんな風に思っていた。けれど、案外そうでもないののかもしれない。
平市民には平市民の苦労があるように、王子には王子の苦労があるのだろう。
「こんなことを聞くと変にお思いになるかもしれませんが……寂しくはなかったのですか?」
「え? 何が?」
「侍女の方ではなく、ご両親と遊びたい。そんな風に思われたことはなかったのかな、と」
その問いに対し、ルカ王子は笑顔で答える。
「べつにないよ!」
迷いのない、はっきりとした声だった。
「僕は侍女のおばさんに遊んでもらえるだけで楽しかったよ。お茶を飲んだり、ケーキを食べたり、本を読んだり、クッキーを食べたり! 楽しかったなぁ」
飲食の比率が妙に高いのは、なぜなのだろう?
……それはさておき。
懐かしい過去に思いを馳せつつ語るルカ王子の顔に、不満は少しも見当たらなかった。彼は侍女のおばさんに遊んでもらえることを、純粋に楽しんでいたのだろう。
楽しいことへ目を向け、全力で堪能する。それは、一種の才能だ。
「あ。話がずれちゃったね、ごめん。戻そっかー」
「はい」
「で、何を話すんだったっけ」
はい?
何を言っているの? まさか、本当に何を話すか忘れてしまったの?
……あり得ない。
「ま、フェリスさんとお茶を楽しめるなら何でもいいや」
ルカ王子のあまりの適当さに、私は思わず、テーブルを叩いて立ち上がってしまった。
「よくありませんよ!!」
バァン、と音がして、ティーカップがカタカタと振動する。
「ふぇ、フェリスさん……」
ルカ王子がそう漏らしながら、怯えた目つきで私を見ていた。
まるで、肉食動物に狙いを定められた草食動物のようだ。
そんな彼を見た私は冷静さを取り戻し、慌てて座る。
「……すみませんでした」
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