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23.レフィエリの秘術(2)
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レフィエリシナの部屋へ戻ると、そこには既にトマトパフェが用意されていた。
背の高い透明の器にはトマト味バニラ味のアイスクリームやトマトジャムが詰まっていて、いかにもざくざく音がしそうな物体に加えて、真っ赤なソースのかかったトマトソフトクリームまで乗っている。しかも、ソフトクリーム部分の脇には、サイコロを想わせるようなトマトバジルケーキも豪快に乗せられている。
「お、お、おいひぃー……神ぃー……」
フィオーネはサイコロ型のトマトバジルケーキを口に入れて涙を流す勢いで声をあげる。
子どものような彼女を見てレフィエリシナは少し寂しげに笑う。
「本当に好きね」
「美味し過ぎるぅー……ぅぅぅー……」
それから数分。
フィオーネはトマトパフェを完食した。
ふうう、と満足の声をこぼしながら、彼女は組んだ両手を頭上へ。のんびりを絵に描いたかのような雰囲気で背伸びをする。その様はまるでこの国の平和を語っているかのようであった。
「ありがとうございましたお母様」
「トマト好きね」
「はい! もうたまらなくて! 師匠が連れていってくれる店のトマトかきごおりも最高です、でも、これは最高中の最高です!」
毎日食べたいなぁ、と独り言のように呟く娘のような存在を穏やかに見つめていたレフィエリシナは、複雑な想いを抱えている。
――この平和が永遠のものなら良いのに。
護りたい笑顔がある。大事にしていたい笑顔が。けれどもそれを護ることはできず。この国の未来に光をもたらすためには彼女を差し出す外ない。
それはあまりにも切なく、何とも言えないような気持ちを掻き立てる。
――わたしは無力過ぎる。
レフィエリシナは痛みを抱えながら口を開く。
「フィオーネ、聞いて。受け継がれている秘術というのは……本当は、私の手の内にはもうないの」
「え?」
「私は既に一度その力を使ったわ」
「もう、ない……?」
空になった器にスプーンがぶつかる音。
「秘術というのはね、時を巻き戻すの――術者が望む地点にまで、ね」
フィオーネは黙って目の前の彼女を見つめている。
「術者と術者に触れている者だけが、記憶を抱いて過去へ戻れる。つまり、己以外を一度だけやり直せるのよ」
「は、はぁ……」
理解が追いつかないフィオーネは何度も目をぱちぱちさせていた。
「ここでわたしが話したことは誰にも言っては駄目よ」
レフィエリシナは釘を刺す。
困惑しながらも真面目な表情でこくこくと頭を動かすフィオーネ。
もう隠し通すことはできない。いや、したくない。皆に話すつもりはない、だが、彼女だけには伝えておきたい。
そんな想いがレフィエリシナの心を突き動かした。
「わたしは一度やり直したの」
室内には二人だけ。
他には誰もいない。
「皆死んだ、滅びかけたレフィエリで、わたしは赤子だった貴女に出会ったわ。そして戻ったの――過去へ。いずれ来るあの悲劇の日に、貴女をレフィエリの剣とするために」
フィオーネは訳が分からないというような目をしていた。
レフィエリシナとて真実を告げればそうなるであろうことは想像していた。だからフィオーネの表情を見ても驚きはしない。混乱して大騒ぎしたり泣き出したりしていないだけまだまし、というものである。
「あの、では、私は……」
「そうよ。わたしが貴女を育ててきたのはレフィエリのため。あんな悲劇などなければ、わたしが貴女を育てることもなかったでしょうね」
「でも、どうして私? ただの赤子だったのですよね?」
「そう……恐らくわたしは何かに縋りたかっただけ。貴女を育てたとしても運命を変えられるという根拠なんてなかった、けれど、あの時はそんな気がしたの――貴女と共に行けば未来が変えられるような、そんな気が」
真実を聞かされたフィオーネはすぐには受け入れられなかった。
そもそも本当の話かどうかさえ分からないのだ。
そんな話に対して簡単に理解を示すことなどできるわけがなかった。
でも。
フィオーネには望みがある。
一番大切な人を、護る。
それが何よりも大きな望みだ。
「そうだったのですね、お母様」
フィオーネは力なく俯いたレフィエリシナの手を握る。
「お母様に出会えて良かった」
意味はあったのだ。
悲劇にも。
少なくとも、フィオーネにとっては。
「連れてきてくれてありがとうございます」
「……わたしは背負わせてしまう、きっと、これからもたくさんの大きなものを」
涙するレフィエリシナを見ていたらついつられて泣き出しそうになってしまう。けれどもフィオーネは泣かなかった。泣きそうでも泣かなかった、それは、ここで一緒になって泣いていてはいけないと思ったから。
「私、きっと幸せなレフィエリを護ります。お母様に笑っていてほしいから、お母様に幸せであってほしいから」
「……本来貴女が背負わなくて良かったものよ」
「私、ずっと恩返ししたかったのです、お母様に。だから! 今! 目標ができて嬉しいです!」
フィオーネは敢えて明るく振る舞う。
いや、厳密には、半分以上は素なのだが。
「よし! では早速エディカさんと師匠に話をつけてきます! 今日からは十倍鍛えてもらおうと思います! ……あ、でも、師匠は追加報酬を要求してきそ――いやいやいや! レフィエリの平和が第一! 説得してみせますっ!」
フィオーネは長文をひといきで発してから走り去った。
天の太陽のように。
面を輝かせながら。
「……フィオーネ」
空になった器を見つめながら、レフィエリシナは一人その名をこぼす。
背の高い透明の器にはトマト味バニラ味のアイスクリームやトマトジャムが詰まっていて、いかにもざくざく音がしそうな物体に加えて、真っ赤なソースのかかったトマトソフトクリームまで乗っている。しかも、ソフトクリーム部分の脇には、サイコロを想わせるようなトマトバジルケーキも豪快に乗せられている。
「お、お、おいひぃー……神ぃー……」
フィオーネはサイコロ型のトマトバジルケーキを口に入れて涙を流す勢いで声をあげる。
子どものような彼女を見てレフィエリシナは少し寂しげに笑う。
「本当に好きね」
「美味し過ぎるぅー……ぅぅぅー……」
それから数分。
フィオーネはトマトパフェを完食した。
ふうう、と満足の声をこぼしながら、彼女は組んだ両手を頭上へ。のんびりを絵に描いたかのような雰囲気で背伸びをする。その様はまるでこの国の平和を語っているかのようであった。
「ありがとうございましたお母様」
「トマト好きね」
「はい! もうたまらなくて! 師匠が連れていってくれる店のトマトかきごおりも最高です、でも、これは最高中の最高です!」
毎日食べたいなぁ、と独り言のように呟く娘のような存在を穏やかに見つめていたレフィエリシナは、複雑な想いを抱えている。
――この平和が永遠のものなら良いのに。
護りたい笑顔がある。大事にしていたい笑顔が。けれどもそれを護ることはできず。この国の未来に光をもたらすためには彼女を差し出す外ない。
それはあまりにも切なく、何とも言えないような気持ちを掻き立てる。
――わたしは無力過ぎる。
レフィエリシナは痛みを抱えながら口を開く。
「フィオーネ、聞いて。受け継がれている秘術というのは……本当は、私の手の内にはもうないの」
「え?」
「私は既に一度その力を使ったわ」
「もう、ない……?」
空になった器にスプーンがぶつかる音。
「秘術というのはね、時を巻き戻すの――術者が望む地点にまで、ね」
フィオーネは黙って目の前の彼女を見つめている。
「術者と術者に触れている者だけが、記憶を抱いて過去へ戻れる。つまり、己以外を一度だけやり直せるのよ」
「は、はぁ……」
理解が追いつかないフィオーネは何度も目をぱちぱちさせていた。
「ここでわたしが話したことは誰にも言っては駄目よ」
レフィエリシナは釘を刺す。
困惑しながらも真面目な表情でこくこくと頭を動かすフィオーネ。
もう隠し通すことはできない。いや、したくない。皆に話すつもりはない、だが、彼女だけには伝えておきたい。
そんな想いがレフィエリシナの心を突き動かした。
「わたしは一度やり直したの」
室内には二人だけ。
他には誰もいない。
「皆死んだ、滅びかけたレフィエリで、わたしは赤子だった貴女に出会ったわ。そして戻ったの――過去へ。いずれ来るあの悲劇の日に、貴女をレフィエリの剣とするために」
フィオーネは訳が分からないというような目をしていた。
レフィエリシナとて真実を告げればそうなるであろうことは想像していた。だからフィオーネの表情を見ても驚きはしない。混乱して大騒ぎしたり泣き出したりしていないだけまだまし、というものである。
「あの、では、私は……」
「そうよ。わたしが貴女を育ててきたのはレフィエリのため。あんな悲劇などなければ、わたしが貴女を育てることもなかったでしょうね」
「でも、どうして私? ただの赤子だったのですよね?」
「そう……恐らくわたしは何かに縋りたかっただけ。貴女を育てたとしても運命を変えられるという根拠なんてなかった、けれど、あの時はそんな気がしたの――貴女と共に行けば未来が変えられるような、そんな気が」
真実を聞かされたフィオーネはすぐには受け入れられなかった。
そもそも本当の話かどうかさえ分からないのだ。
そんな話に対して簡単に理解を示すことなどできるわけがなかった。
でも。
フィオーネには望みがある。
一番大切な人を、護る。
それが何よりも大きな望みだ。
「そうだったのですね、お母様」
フィオーネは力なく俯いたレフィエリシナの手を握る。
「お母様に出会えて良かった」
意味はあったのだ。
悲劇にも。
少なくとも、フィオーネにとっては。
「連れてきてくれてありがとうございます」
「……わたしは背負わせてしまう、きっと、これからもたくさんの大きなものを」
涙するレフィエリシナを見ていたらついつられて泣き出しそうになってしまう。けれどもフィオーネは泣かなかった。泣きそうでも泣かなかった、それは、ここで一緒になって泣いていてはいけないと思ったから。
「私、きっと幸せなレフィエリを護ります。お母様に笑っていてほしいから、お母様に幸せであってほしいから」
「……本来貴女が背負わなくて良かったものよ」
「私、ずっと恩返ししたかったのです、お母様に。だから! 今! 目標ができて嬉しいです!」
フィオーネは敢えて明るく振る舞う。
いや、厳密には、半分以上は素なのだが。
「よし! では早速エディカさんと師匠に話をつけてきます! 今日からは十倍鍛えてもらおうと思います! ……あ、でも、師匠は追加報酬を要求してきそ――いやいやいや! レフィエリの平和が第一! 説得してみせますっ!」
フィオーネは長文をひといきで発してから走り去った。
天の太陽のように。
面を輝かせながら。
「……フィオーネ」
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