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1部
11.魔獣退治(1)
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その日神殿の広間に呼び出された者たちがいた。
その多くがレフィエリにて戦闘要員として活動している男たちであった。
魚人族を先祖に持つ者たちは大柄な者も多い。特に男性では小柄な人の方が少ないくらいである。
「よく集まってくださいました」
十数人の前に出て口を開いたのは、レフィエリの主――水色の長い髪を持つ女王レフィエリシナ。
両手を腹の前で重ね背筋をぴんと伸ばして立っている彼女の姿は古の女神のよう。
そんな彼女の姿を皆じっと見つめている。
まるで心を吸い取られてしまっているかのような様子で。
「ここのところ、北の森にて、人を襲う魔獣が多く発見されているそうです。そこで、退治してきてほしいのですが……どなたかお願いできますか?」
レフィエリシナはそこまで発して言葉を止める。返事を待っているのである。しかし良い返事はなかなか出てこず、静寂が訪れてしまう。広間に集まっている者たちはいかにも強そうな大男も多いのだが、それでも、対魔獣の戦闘となると気が進まないようで。皆、近くの者と顔を見合わせるようにしながら、良い返事はせず息をひそめていた。
その時。
「はーい」
人の群れの中にいた一人の小柄な男性が手を挙げる。
彼は右手を開いた状態で掲げている――それでも周囲の男たちの頭よりかは低いところに手があるのだけれど。
「リベル」
「それってー、個別に報酬出ますよねー?」
「出ます」
「じゃ、僕、やりますね!」
ざわめきが起こる。
嫌がっていた者たちからすれば、そのような案件を躊躇いなく受ける者の心理が理解できないのだろう。
ただ、当人は周囲の反応など一切気にしていないようで、リベルはにこにこ絵に描いたような笑みを浮かべている。
「いってきまーす!」
リベルは掲げた手のひらを数回大きめに左右に振り、それからすたすたと出口の方へと足を進める。
彼の中には解散を待つという発想はなかった。
彼は彼の中のペースだけに従って進んでいる。
「お待ちなさいリベル、貴方、場所は分かっているのですか?」
「え? 北の森ですよねー? もーやだなー、話くらいちゃんと聞いてますよー」
「そうではありません!」
レフィエリシナが少し調子を強めるとリベルは足を止めた。
「……まだ何かあるんですかー?」
リベルは目を細めた笑顔のままレフィエリシナの方へ面を向ける。
「北の森、だけでは分からないでしょう。詳しい場所について――」
「だいじょーぶですよレフィエリシナ様。相手、魔獣でしょう? 簡単に探知できまーす」
呑気に見えて怪しい光を瞳に宿したリベルを見たレフィエリシナは数秒思考しているような顔をした後に「そうですか」と短く返した。
「分かりました、では、貴方に任せます」
「わーい! じゃ、ささっと片付けてきまーす」
リベルは嬉しそうに広間から出ていった。
レフィエリシナは呆れたような溜め息を小さくこぼした。
広間に残された男たちは徐々に解散し始める――が、彼らの話題はリベルのことでもちきりだった。
「何なんだあいつ、気味わりぃ……」
「そもそも魚人族の血を引いてねえんだろ? 大丈夫かよ」
「噂によれば悪魔の末裔とか何とか……」
「ずっと笑ってるみたいだし、正直ちょっと気持ち悪いよな」
「てかあれで男かよ」
本人がいないということもあってリベルは言われ放題。
リベルはそんなことは気にしないだろう、とは思いつつも、レフィエリシナは男たちの行いを悲しく思っていた。
◆
魔獣退治の任務を受けたリベルはご機嫌だった。
その足取りは軽い。
鼻歌まで出ている。
そんなご機嫌そのもののリベルに声をかけたのは――たまたま中庭にいたフィオーネ。
「あ! 師匠!」
「やぁ」
「何だか楽しそうですね」
「うんうん楽しいよー」
首を傾げるフィオーネ。
「どうしてです?」
「いやー、実はさ、魔獣退治の任務を手に入れたんだよね!」
「魔獣退治……」
「フィオーネも行くー?」
ちょっとした外出に誘うような雰囲気でリベルは言った――ただそれは冗談のつもりだったのだが――彼が気づいた時には既にフィオーネは真剣に受け取っていて。
「よ、良いのですか!?」
フィオーネはすっかりその気になってしまっていて、リベルは今さら「冗談」とは言い出せない流れになってしまっていた。
「え――」
「師匠がそう言ってくださるのであれば! 喜んで!」
「本気ー?」
「はい! 訓練も大事ですが実戦の経験も大事ですよね!」
フィオーネは目を輝かせている。
リベルは困ったなぁとでも言いたげな顔をしてから「えーと、じゃあ一応、レフィエリシナ様に許可貰ってきてくれる?」と述べた。
「あ、は、はい! そうですよね、連絡は大事ですよね! ではそうしますね! お母様に言ってからここへ戻ります!」
「待ってる待ってるー」
◆
二時間後。
「師匠! 許可貰ってきました!」
長く待ち過ぎて寝てしまっていたリベルは、フィオーネのそんな声によって起こされた。
「あ、許可貰えたんだー」
「はい何とか……少し……いえ、かなり、反対されてしまいましたが……」
「大丈夫そうー?」
「はい、大丈夫です。説得できました。行っても良いけれど絶対師匠と離れないようにって言われました」
「そっかー」
ベンチから立ち上がるリベル。
「じゃあ行こうー」
「はい!」
北の森へ行くには、まず馬車に乗る。ひとまず森の近くにまで移動することが必要だから。そこまで大きくない国とはいえ、神殿から北の森へ行こうと思うと徒歩では厳しい距離なのである。
◆
数十分後、リベルとフィオーネは馬車を降りる。
フィオーネは少々緊張した面持ちだ。
剣を携えてはいるものの魔獣と戦うということに関しては分からないことだらけで、それゆえ、どうしても心臓は激しく鳴ってしまう。
「大丈夫?」
「……心臓吐きそうです」
フィオーネはリベルについて歩くが、その足さえも若干震えている。
「えー、そりゃまずいよ」
「う、嘘、です……大丈夫、大丈夫です……」
何とか歩けてはいるものの緊張に支配されきってしまっているフィオーネの左手を、リベルはそっと握った。
いきなりのことに驚いたような顔をするフィオーネ。
対するリベルはいつもと変わらない笑みをこぼす。
「大丈夫、こうしていればはぐれないよ」
二人は木々が並ぶ森の道を進む。
その多くがレフィエリにて戦闘要員として活動している男たちであった。
魚人族を先祖に持つ者たちは大柄な者も多い。特に男性では小柄な人の方が少ないくらいである。
「よく集まってくださいました」
十数人の前に出て口を開いたのは、レフィエリの主――水色の長い髪を持つ女王レフィエリシナ。
両手を腹の前で重ね背筋をぴんと伸ばして立っている彼女の姿は古の女神のよう。
そんな彼女の姿を皆じっと見つめている。
まるで心を吸い取られてしまっているかのような様子で。
「ここのところ、北の森にて、人を襲う魔獣が多く発見されているそうです。そこで、退治してきてほしいのですが……どなたかお願いできますか?」
レフィエリシナはそこまで発して言葉を止める。返事を待っているのである。しかし良い返事はなかなか出てこず、静寂が訪れてしまう。広間に集まっている者たちはいかにも強そうな大男も多いのだが、それでも、対魔獣の戦闘となると気が進まないようで。皆、近くの者と顔を見合わせるようにしながら、良い返事はせず息をひそめていた。
その時。
「はーい」
人の群れの中にいた一人の小柄な男性が手を挙げる。
彼は右手を開いた状態で掲げている――それでも周囲の男たちの頭よりかは低いところに手があるのだけれど。
「リベル」
「それってー、個別に報酬出ますよねー?」
「出ます」
「じゃ、僕、やりますね!」
ざわめきが起こる。
嫌がっていた者たちからすれば、そのような案件を躊躇いなく受ける者の心理が理解できないのだろう。
ただ、当人は周囲の反応など一切気にしていないようで、リベルはにこにこ絵に描いたような笑みを浮かべている。
「いってきまーす!」
リベルは掲げた手のひらを数回大きめに左右に振り、それからすたすたと出口の方へと足を進める。
彼の中には解散を待つという発想はなかった。
彼は彼の中のペースだけに従って進んでいる。
「お待ちなさいリベル、貴方、場所は分かっているのですか?」
「え? 北の森ですよねー? もーやだなー、話くらいちゃんと聞いてますよー」
「そうではありません!」
レフィエリシナが少し調子を強めるとリベルは足を止めた。
「……まだ何かあるんですかー?」
リベルは目を細めた笑顔のままレフィエリシナの方へ面を向ける。
「北の森、だけでは分からないでしょう。詳しい場所について――」
「だいじょーぶですよレフィエリシナ様。相手、魔獣でしょう? 簡単に探知できまーす」
呑気に見えて怪しい光を瞳に宿したリベルを見たレフィエリシナは数秒思考しているような顔をした後に「そうですか」と短く返した。
「分かりました、では、貴方に任せます」
「わーい! じゃ、ささっと片付けてきまーす」
リベルは嬉しそうに広間から出ていった。
レフィエリシナは呆れたような溜め息を小さくこぼした。
広間に残された男たちは徐々に解散し始める――が、彼らの話題はリベルのことでもちきりだった。
「何なんだあいつ、気味わりぃ……」
「そもそも魚人族の血を引いてねえんだろ? 大丈夫かよ」
「噂によれば悪魔の末裔とか何とか……」
「ずっと笑ってるみたいだし、正直ちょっと気持ち悪いよな」
「てかあれで男かよ」
本人がいないということもあってリベルは言われ放題。
リベルはそんなことは気にしないだろう、とは思いつつも、レフィエリシナは男たちの行いを悲しく思っていた。
◆
魔獣退治の任務を受けたリベルはご機嫌だった。
その足取りは軽い。
鼻歌まで出ている。
そんなご機嫌そのもののリベルに声をかけたのは――たまたま中庭にいたフィオーネ。
「あ! 師匠!」
「やぁ」
「何だか楽しそうですね」
「うんうん楽しいよー」
首を傾げるフィオーネ。
「どうしてです?」
「いやー、実はさ、魔獣退治の任務を手に入れたんだよね!」
「魔獣退治……」
「フィオーネも行くー?」
ちょっとした外出に誘うような雰囲気でリベルは言った――ただそれは冗談のつもりだったのだが――彼が気づいた時には既にフィオーネは真剣に受け取っていて。
「よ、良いのですか!?」
フィオーネはすっかりその気になってしまっていて、リベルは今さら「冗談」とは言い出せない流れになってしまっていた。
「え――」
「師匠がそう言ってくださるのであれば! 喜んで!」
「本気ー?」
「はい! 訓練も大事ですが実戦の経験も大事ですよね!」
フィオーネは目を輝かせている。
リベルは困ったなぁとでも言いたげな顔をしてから「えーと、じゃあ一応、レフィエリシナ様に許可貰ってきてくれる?」と述べた。
「あ、は、はい! そうですよね、連絡は大事ですよね! ではそうしますね! お母様に言ってからここへ戻ります!」
「待ってる待ってるー」
◆
二時間後。
「師匠! 許可貰ってきました!」
長く待ち過ぎて寝てしまっていたリベルは、フィオーネのそんな声によって起こされた。
「あ、許可貰えたんだー」
「はい何とか……少し……いえ、かなり、反対されてしまいましたが……」
「大丈夫そうー?」
「はい、大丈夫です。説得できました。行っても良いけれど絶対師匠と離れないようにって言われました」
「そっかー」
ベンチから立ち上がるリベル。
「じゃあ行こうー」
「はい!」
北の森へ行くには、まず馬車に乗る。ひとまず森の近くにまで移動することが必要だから。そこまで大きくない国とはいえ、神殿から北の森へ行こうと思うと徒歩では厳しい距離なのである。
◆
数十分後、リベルとフィオーネは馬車を降りる。
フィオーネは少々緊張した面持ちだ。
剣を携えてはいるものの魔獣と戦うということに関しては分からないことだらけで、それゆえ、どうしても心臓は激しく鳴ってしまう。
「大丈夫?」
「……心臓吐きそうです」
フィオーネはリベルについて歩くが、その足さえも若干震えている。
「えー、そりゃまずいよ」
「う、嘘、です……大丈夫、大丈夫です……」
何とか歩けてはいるものの緊張に支配されきってしまっているフィオーネの左手を、リベルはそっと握った。
いきなりのことに驚いたような顔をするフィオーネ。
対するリベルはいつもと変わらない笑みをこぼす。
「大丈夫、こうしていればはぐれないよ」
二人は木々が並ぶ森の道を進む。
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