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8.先のことまで色々考えてしまう

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 フィオーネが予定時刻に待ち合わせ場所へ向かうと、ベンチで横になっているリベルの周囲を、魚人族の末裔特有の灰色の肌を持つ男たちが取り囲んでいた。

 そのことに気づいたフィオーネは思わず木の陰に隠れてしまう。
 男たちに存在を察知されないように、隠れた状態で様子を窺う。

「なぁリベルさん? いっつもここで寝てるよなぁ」
「余所者が偉そうなんだよなぁ」
「魚人族の末裔でもないやつがこんなところで大きな顔するなよなぁ」

 男たちはちまちまと言葉でちょっかいを出す。しかしリベルは特に動じず笑みを浮かべたまま。彼は柔らかな雰囲気を崩さない。

 だが、それが男たちをさらに苛立たせた。

「てめぇ舐めんなよ!」

 男数人の中の一人がリベルの片耳を掴んで引っ張る。

「馬鹿にしてんのか!?」
「してないよー、っていうか痛いよー」

 リベルは苦笑するだけ、激しい抵抗はしない。

「余所者はてめぇみてぇなやつばっかだから嫌いなんだよ!」

 男はリベルをベンチから引っ張り落とす。
 手を下しているのは一人だけだが他の男たちもその様子を見てけらけらと笑っている。

「危ないなー、もうー」

 草に覆われた地面に落とされたリベルは困り顔になっている。
 しかしそれで男たちが止まるはずもなく。

「偉そうでうざいんだよ!!」

 男がリベルを殴ろうと拳を振り上げた瞬間――見ていられず、フィオーネは飛び出した。

「やめてくださいっ!!」

 身体を細くして一本の木に隠れていたフィオーネだったがさすがにもう黙っていられず。最初はそこまで考えてはいなかったのだが、思わず飛び出してしまったのだ。

「げ……フィオーネ……」

 男たちは知っている、フィオーネの背後にはレフィエリシナがいるということを。そのためフィオーネ相手では強く出られない。

「師匠から離れてください!」

 フィオーネは両拳を胸の前にやって上下に振りながら強く発する。

「それ以上そういうことをするならお母様に言いつけます!」

 ただの若い娘でしかないフィオーネだ、男が束になれば多少は対抗できるだろう。しかし男たちもそこまで馬鹿ではなかった。レフィエリシナの下にあるフィオーネを傷つけた日にはどんな目に遭わされるか分からない、その現実を男たちは理解していた。

「ちっ、邪魔すんなよな」
「あーあ萎えたわ」
「若い女に護ってもらう男とかだっせぇなぁ」

 リベルに絡んでいた男たちは散らばってゆく。
 一分も経たず全員去っていった。

「師匠、大丈夫でしたか?」

 フィオーネは瞳を震わせながら地面に座っているリベルへ駆け寄る。

「うん大丈夫だよー」

 リベルは上着の腰の辺りを軽く手で払ってから立ち上がった。
 特に目に見えて負傷しているような様子はない。

「すみません……ああいう人本当に恥ずかしいです」
「助けてくれてありがとうー」
「次からは遠慮なく魔法でぶっ飛ばしてください!」
「それは無理かなー、殺しちゃうよー」

 笑顔で発された無邪気でありながらも殺伐とした言葉にフィオーネはどきりとした。
 でも目の前の小さな男は明るい笑みのまま。
 そこにある彼は理不尽に虐められた直後だというのに穏やかそのものだ。

「そうだ、時間だよねー」
「医務室へ行きますか?」
「えー、それはさすがに気にしすぎじゃないかなー」
「そうですか……」


 ◆


「じゃ、そろそろ終わりにしよっかー」
「はい。ありがとうございました」

 訓練終了後。
 フィオーネは問いを放つ。

「師匠はいつまでここにいてくださるのですか」
「んー? 何の質問かなー?」

 時間はもう終わっている、だから、このような問いで時間を稼ぐようなことをするべきではないのかもしれない。そんな風に思った瞬間もあって。けれどもどうしても質問したかったので、フィオーネは思いきって質問してみたのだ。

「私、いつかきっと、立派になった姿を見せますから……どうかそれまで傍にいてほしいなって」

 フィオーネが緊張しつつ言葉を紡ぐと。

「先は長そうだよねー」

 リベルはさらりと厳しい現実を言葉にした。

「う……は、はい、ですが何とか……きっと! いつかは!」
「そっか、熱心だねー」

 リベルは相変わらずにこにこしている。
 しかしフィオーネの面持ちは対照的だった。

「でも……あんな目に遭ったら、早く出ていきたいって思うんじゃないかって、心配なんです……」

 暗い顔つきになってしまうフィオーネ、そんな彼女の頭をリベルの右手がぽんと叩いた。

「嫌がらせは関係ないよー」

 フィオーネの表情とは対照的に、リベルは明るかった。
 それでもその声の奥にはどことなく無情な色がある――フィオーネはそんな気がしたけれど気にしないでおくことに決めた。
 小さなことを気にしていても心が重くなってしまうだけだから。

「そう、でしょうか……」
「べつに善意でここにいるわけじゃないからねー、仕事だよ、あくまで」
「そうですよね……」
「でもまぁここの環境は好きだしー、報酬次第じゃずっとここにいようかなー……なーんて」

 リベルの言葉を聞いたフィオーネは、闇の中で一筋希望の光を見たような色を面に広げる。

「とにかく。気長にいこうねー」
「は、はい!」

 出会ってからまだそれほど経っていないけれど、フィオーネは、リベルのことが嫌いじゃない。

 だからこそ不安になることもある。
 いつか来る別れを恐れるような心も抱えてしまう。

 ――単にそういうお年頃なだけかもしれないが。
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