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1部
1.愛する者を護る道、その新たなる始まりの日
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灰色の石で造られたレフィエリの神殿、その主の間に、灰色の肌の人間のような姿の者が四人いた。
橙色の髪の男女は間の入り口付近にそれぞれ立っている。
間の奥には座席があり、そこには長い水色の髪の女性が佇んでいて。神秘的な雰囲気を漂わせる彼女の横には、赤髪の若い女性が立っていた。
「フィオーネ、実はね、貴女に話があるのよ」
先に口を開いたのは水色の髪と赤い瞳を持つ神秘的な女性。
「お母様……話、とは?」
灰色の肌を持つ彼女たちは、厳密には一般的な人間ではない。昔からレフィエリで暮らしていた魚人族の末裔である。魚人族の血を引いているために、肌は灰色で、耳もひれのように広がり三つの突起があるような独特の形をしている。一般的に人間と呼ばれる存在とは容姿の面で少々異なる部分がある。形自体はかなり人間に似ているが。
「確か、魔法にも興味があると言っていたわよね」
「は、はい。護衛として使える手は一つでも多い方が良いかと思いまして」
水を混ぜていない絵の具のようなはっきりとした赤色の髪を持つ若い女性――フィオーネは、かつて、水色の髪の女性に救われた。とはいえそれはフィオーネがまだ赤子であった頃のことで、彼女とてその時からの記憶を完全なものとして持っているわけではないが。ただ、フィオーネは、水色の髪の女性がいたからこそ今生きているのだと思っており、女性のことをお母様と呼び慕っている。
そして彼女は望んだ。
水色の髪の女性――レフィエリシナを護って生きることを、母と慕う人の護衛となることを。
「そのことなのだけれど、魔法の指導を頼めそうな方が見つかったの」
「えっ。……そ、そうなのですか!?」
レフィエリシナはフィオーネを見つめたまま少し目を細め微笑む。
それから指をぱちんと鳴らした。
すると外と間を繋ぐ灰色の大きな門が軋みつつゆっくり開く。
「どうぞ」
柔らかな声で発するレフィエリシナ。
それを合図としたかのように彼女らの方へ進んできた青年がいて――藍色の装束に身を包んだ彼は、レフィエリシナの目の前で止まる。
藍色の青年は少年という表現の方が近いような華奢な人物で、身長もフィオーネより若干低い。成人男性にしては小柄である。
「すみませんね、このような形になり」
「いえいえー」
青年は笑みを浮かべたまま軽やかに返し、それから、続ける。
「で、言っていた娘さんっていうのは、そちらの女の人のことなんですか? レフィエリシナ様?」
「そうです」
レフィエリシナは一度頷き、それからフィオーネへ目をやる。
「彼はリベルというの、フィオーネ、貴女のために雇った魔術師よ。彼は貴女の力となってくれるはずよ」
「そ、そうなんですか……」
藍色の青年リベルの背後には平凡そのものというような年を重ねた男性が立っている。笑顔でも雰囲気のあるリベルとは対照的に、彼は普通を重ね合わせたような男性だ。ややグリーン寄りの暗い色の髪はどことなくきのこのような形、耳は福がありそうな大きめ、体型はややふっくらしている。
「初めましてー、フィオーネさん」
リベルは笑顔を崩さず右手を差し出す、握手を求めるように。
フィオーネはすぐには反応できなかった。
戸惑いが大きかったのだ。
しかしやがて彼女は動いた。彼女は一歩前進して目の前の小柄な青年をじっと見つめる。対するリベルは手を差し出した格好のまま機嫌良さそうに笑みを浮かべている。それを見て少し警戒心が和らいだようで、フィオーネは自身の右手を彼の手もとへと運んだ。
が。
手と手が重なった瞬間、フィオーネの身体は一回転。
そのまま地面に落ちる。
急に攻撃のようなことをされたフィオーネは地面に倒れる体勢になりながら目をぱちぱちさせることしかできない。
「君、ホントに護衛?」
扉の近くに待機していた男女が動こうとする――が、それはレフィエリシナが片手を動かして無言で制止した。
「隙しかないけど」
状況を飲み込みきれていないフィオーネを見下ろすリベルは冷ややかな目つき。
藍色の右と黄緑の左、リベルの双眸はそれぞれ異なる色をしている。
「君が花開くところが想像出来ないんだけど」
「え、え……え……?」
突然冷ややかな言葉をかけられたフィオーネは狼狽える。
だが、その場において最も狼狽えているのは彼女ではなかった。彼女以上に不安そうな面持ちになっている者がいて、それは、リベルの背後にいる平凡な男性であった。
「リベルくん、駄目駄目、駄目駄目」
彼は何度もリベルの背をぺしぺしと叩く。
一見無意味そうな行動だが意味はあった。
それによって何かを取り戻したリベルは、誰もが凍り付くような表情を崩し、少し前までのように笑みを浮かべたのだ。
「なんてね。ごめんねー、痛かったよね」
リベルはしゃがみ込んでまだ立てないでいるフィオーネの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「は、はい。と、いいますか……多分……手加減してくださっていましたよね……」
フィオーネの言葉に彼はふっと笑みをこぼし「ばれてた、かー」と呟く。そして今度こそ真っ直ぐに手を差し出し、手を引くようにしてフィオーネを立たせた。
「じゃ、そういうことで、これからよろしくねー」
リベルはもう笑みを崩さない。
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
フィオーネはやる気に満ちたような面持ちで挨拶をする。
その瞳にリベルへの敵意などはなく、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「じゃ、レフィエリシナ様、僕は一旦これで。失礼しまーす」
一礼し身体の向きを反転させるリベル。
刹那、フィオーネは、去り行くその背に向けて叫んだ。
「あ、あの!」
リベルは彼女をちらりと見る。
「強くしてください! 未熟ですが! 努力しますので!」
フィオーネは真剣に発するけれど。
リベルはふふと笑みをこぼして「可愛いねー」と恐ろしいほど棒読みで返しただけだった。
◆
リベルがいなくなった後、橙色の髪の大柄な男が不満をこぼす。
「何だあれ……レフィエリシナ様! 何なんですあの男! あのような者、教育係に相応しいとは思えません!」
ちなみに橙色の髪の男女は父娘である。
苛立ちを隠せない男とは対照的に女は落ち着いているが、どこか冷めたような声で「厄介そうなやつ」とこぼしていた。
しかし当のフィオーネは瞳を輝かせている。
束の間の戸惑いは既に消えているようだ。
「お母様! 素晴らしい縁をありがとうございます!」
「喜んでもらえたようで良かったわ」
「はい! 今とてもわくわくしています!」
レフィエリシナは苦笑しながら、真っ直ぐ過ぎるからね、と口の中だけで呟く――もっとも、浮かれているフィオーネはそれに気づかなかったのだが。
◆
その頃神殿の外。
リベルと平凡な男性は風を浴びていた。
「ああもうびっくりした! リベルくん! あんなことをしちゃ駄目ですよ!」
男性はぷんすか。
怒っていることを隠さない。
「ごめんごめんー」
「どうなることかと!」
「大丈夫だよー」
「万が一戦いになったらって! 心配していたんですよ! もう! あんな囲まれている時に敵と見なされたらどうするんです!」
リベルは「おじさんは心配性だなぁ」とこぼしながら花壇の脇に腰を下ろした。
そして、どこか意地悪な笑みを向ける。
「――僕があの数に負けるって思ってるんだ?」
言われた男性は気まずそうに俯く。
「そ、そんな、つもりでは……」
「冗談冗談」
「冗談!?」
「そだよ。心配してくれてるのは知ってるしー、べつにおじさんのこと嫌いになったりしないしー」
真面目に受け取っていた男性は「もう!」と発してまたしてもぷんすか。
しかしその時にはリベルの気は余所へ向いていて。
彼は煉瓦に座ったまま高い空を見上げていた。
「これからどうなるか――楽しみだね」
リベルの独り言は空に散って消えた。
橙色の髪の男女は間の入り口付近にそれぞれ立っている。
間の奥には座席があり、そこには長い水色の髪の女性が佇んでいて。神秘的な雰囲気を漂わせる彼女の横には、赤髪の若い女性が立っていた。
「フィオーネ、実はね、貴女に話があるのよ」
先に口を開いたのは水色の髪と赤い瞳を持つ神秘的な女性。
「お母様……話、とは?」
灰色の肌を持つ彼女たちは、厳密には一般的な人間ではない。昔からレフィエリで暮らしていた魚人族の末裔である。魚人族の血を引いているために、肌は灰色で、耳もひれのように広がり三つの突起があるような独特の形をしている。一般的に人間と呼ばれる存在とは容姿の面で少々異なる部分がある。形自体はかなり人間に似ているが。
「確か、魔法にも興味があると言っていたわよね」
「は、はい。護衛として使える手は一つでも多い方が良いかと思いまして」
水を混ぜていない絵の具のようなはっきりとした赤色の髪を持つ若い女性――フィオーネは、かつて、水色の髪の女性に救われた。とはいえそれはフィオーネがまだ赤子であった頃のことで、彼女とてその時からの記憶を完全なものとして持っているわけではないが。ただ、フィオーネは、水色の髪の女性がいたからこそ今生きているのだと思っており、女性のことをお母様と呼び慕っている。
そして彼女は望んだ。
水色の髪の女性――レフィエリシナを護って生きることを、母と慕う人の護衛となることを。
「そのことなのだけれど、魔法の指導を頼めそうな方が見つかったの」
「えっ。……そ、そうなのですか!?」
レフィエリシナはフィオーネを見つめたまま少し目を細め微笑む。
それから指をぱちんと鳴らした。
すると外と間を繋ぐ灰色の大きな門が軋みつつゆっくり開く。
「どうぞ」
柔らかな声で発するレフィエリシナ。
それを合図としたかのように彼女らの方へ進んできた青年がいて――藍色の装束に身を包んだ彼は、レフィエリシナの目の前で止まる。
藍色の青年は少年という表現の方が近いような華奢な人物で、身長もフィオーネより若干低い。成人男性にしては小柄である。
「すみませんね、このような形になり」
「いえいえー」
青年は笑みを浮かべたまま軽やかに返し、それから、続ける。
「で、言っていた娘さんっていうのは、そちらの女の人のことなんですか? レフィエリシナ様?」
「そうです」
レフィエリシナは一度頷き、それからフィオーネへ目をやる。
「彼はリベルというの、フィオーネ、貴女のために雇った魔術師よ。彼は貴女の力となってくれるはずよ」
「そ、そうなんですか……」
藍色の青年リベルの背後には平凡そのものというような年を重ねた男性が立っている。笑顔でも雰囲気のあるリベルとは対照的に、彼は普通を重ね合わせたような男性だ。ややグリーン寄りの暗い色の髪はどことなくきのこのような形、耳は福がありそうな大きめ、体型はややふっくらしている。
「初めましてー、フィオーネさん」
リベルは笑顔を崩さず右手を差し出す、握手を求めるように。
フィオーネはすぐには反応できなかった。
戸惑いが大きかったのだ。
しかしやがて彼女は動いた。彼女は一歩前進して目の前の小柄な青年をじっと見つめる。対するリベルは手を差し出した格好のまま機嫌良さそうに笑みを浮かべている。それを見て少し警戒心が和らいだようで、フィオーネは自身の右手を彼の手もとへと運んだ。
が。
手と手が重なった瞬間、フィオーネの身体は一回転。
そのまま地面に落ちる。
急に攻撃のようなことをされたフィオーネは地面に倒れる体勢になりながら目をぱちぱちさせることしかできない。
「君、ホントに護衛?」
扉の近くに待機していた男女が動こうとする――が、それはレフィエリシナが片手を動かして無言で制止した。
「隙しかないけど」
状況を飲み込みきれていないフィオーネを見下ろすリベルは冷ややかな目つき。
藍色の右と黄緑の左、リベルの双眸はそれぞれ異なる色をしている。
「君が花開くところが想像出来ないんだけど」
「え、え……え……?」
突然冷ややかな言葉をかけられたフィオーネは狼狽える。
だが、その場において最も狼狽えているのは彼女ではなかった。彼女以上に不安そうな面持ちになっている者がいて、それは、リベルの背後にいる平凡な男性であった。
「リベルくん、駄目駄目、駄目駄目」
彼は何度もリベルの背をぺしぺしと叩く。
一見無意味そうな行動だが意味はあった。
それによって何かを取り戻したリベルは、誰もが凍り付くような表情を崩し、少し前までのように笑みを浮かべたのだ。
「なんてね。ごめんねー、痛かったよね」
リベルはしゃがみ込んでまだ立てないでいるフィオーネの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「は、はい。と、いいますか……多分……手加減してくださっていましたよね……」
フィオーネの言葉に彼はふっと笑みをこぼし「ばれてた、かー」と呟く。そして今度こそ真っ直ぐに手を差し出し、手を引くようにしてフィオーネを立たせた。
「じゃ、そういうことで、これからよろしくねー」
リベルはもう笑みを崩さない。
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
フィオーネはやる気に満ちたような面持ちで挨拶をする。
その瞳にリベルへの敵意などはなく、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「じゃ、レフィエリシナ様、僕は一旦これで。失礼しまーす」
一礼し身体の向きを反転させるリベル。
刹那、フィオーネは、去り行くその背に向けて叫んだ。
「あ、あの!」
リベルは彼女をちらりと見る。
「強くしてください! 未熟ですが! 努力しますので!」
フィオーネは真剣に発するけれど。
リベルはふふと笑みをこぼして「可愛いねー」と恐ろしいほど棒読みで返しただけだった。
◆
リベルがいなくなった後、橙色の髪の大柄な男が不満をこぼす。
「何だあれ……レフィエリシナ様! 何なんですあの男! あのような者、教育係に相応しいとは思えません!」
ちなみに橙色の髪の男女は父娘である。
苛立ちを隠せない男とは対照的に女は落ち着いているが、どこか冷めたような声で「厄介そうなやつ」とこぼしていた。
しかし当のフィオーネは瞳を輝かせている。
束の間の戸惑いは既に消えているようだ。
「お母様! 素晴らしい縁をありがとうございます!」
「喜んでもらえたようで良かったわ」
「はい! 今とてもわくわくしています!」
レフィエリシナは苦笑しながら、真っ直ぐ過ぎるからね、と口の中だけで呟く――もっとも、浮かれているフィオーネはそれに気づかなかったのだが。
◆
その頃神殿の外。
リベルと平凡な男性は風を浴びていた。
「ああもうびっくりした! リベルくん! あんなことをしちゃ駄目ですよ!」
男性はぷんすか。
怒っていることを隠さない。
「ごめんごめんー」
「どうなることかと!」
「大丈夫だよー」
「万が一戦いになったらって! 心配していたんですよ! もう! あんな囲まれている時に敵と見なされたらどうするんです!」
リベルは「おじさんは心配性だなぁ」とこぼしながら花壇の脇に腰を下ろした。
そして、どこか意地悪な笑みを向ける。
「――僕があの数に負けるって思ってるんだ?」
言われた男性は気まずそうに俯く。
「そ、そんな、つもりでは……」
「冗談冗談」
「冗談!?」
「そだよ。心配してくれてるのは知ってるしー、べつにおじさんのこと嫌いになったりしないしー」
真面目に受け取っていた男性は「もう!」と発してまたしてもぷんすか。
しかしその時にはリベルの気は余所へ向いていて。
彼は煉瓦に座ったまま高い空を見上げていた。
「これからどうなるか――楽しみだね」
リベルの独り言は空に散って消えた。
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