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episode.145 暁を行く
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数日後。私はゼーレと共に、ダリアへと向かった。
そして、アニタと三人で会い、話をした。
他人と接することがあまり得意ではないらしいゼーレは、最初のうちは気まずそうにしていたが、時間が経つにつれ話すようになっていく。アニタとは意外に気が合うようだった。
それもあってか、アニタは、案外あっさりとゼーレを雇うことに決めてくれ、話はまとまった。
ゼーレの雇用開始は三日後。
予想外に順調で不気味な気さえする。だが、話が上手く進んで何よりだ。
そして一旦基地へと戻る。
基地へ戻る列車の中で、ゼーレは言った。
「……私が今生きているのは、カトレア……貴女のおかげです」
ゼーレは妙に素直だった。
二人ずつの座席に座っているため、他の人に見られることはない。それゆえ、恥ずかしいということはないのだが、素直なゼーレには違和感を覚えてしまう。
いや、実際には、ここのところゼーレは素直なことが多い。
だが、前の、嫌みばかり言うイメージが強すぎるのだ。
「どうしたの? 今さらそんなことを言って」
「いえ……こうして生きていられているのも貴女のおかげだと、そう思ったもので」
ゼーレの口調は静かな空気をまとっていた。
「そう? でもべつに、私のおかげなんかじゃないと思うわよ。ゼーレが私たちにつくことを選んでくれたからじゃない」
「それを選ばせてくれてたのは……貴女です」
窓の方へ顔を向けながら、妙に真剣な雰囲気でそんなことを言うゼーレを見ていると、何だか笑えてきてしまう。
もちろん最初は、失礼だろうと思って笑うのを我慢していた。真剣な人の発言に対して笑うなんて、申し訳ない気がするから。だが、しばらくするとついに耐えきれなくなって、「ぷぷぷ」と息を漏らしてしまった。
「……なぜ笑うのです」
「ごめんなさい。でも、何だかおかしくって」
するとゼーレは、はぁ、と呆れたように溜め息を漏らす。
多分、彼には私が笑ってしまった理由が分からないのだろうと思う。
「……おかしいですか、私は」
「いいえ。でも、何だかとっても素直だから、不思議な感じがしたのよ」
ゼーレだって人間だ。時には素直になる日もあるだろう。何も特別なことではない、いたって普通のことである。
ただ、今までのゼーレの性格を知っているだけに、彼が素直な発言をしている光景を見ると面白く感じてしまうのだ。
「まったく……失礼ですねぇ」
「そうよね、分かっているわ。ごめんなさい」
「……まぁいいでしょう」
そんなたわいない会話をしながら、列車内での時間を過ごした。
ダリアから帝都までは結構な距離があり、かなり時間がかかるのだが、彼といると時間は気にならない。これといった重要なことを話していたわけではないのだけれど、案外退屈しなかった。
それからの二日は、あっという間に過ぎ去った。
そして、約束の日が来る。
帝都にある帝国軍基地から出る直前、私はグレイブに挨拶をした。今までお世話になった感謝を込めて。
「これまで、ありがとうございました」
化け物がいなくなった今、私が帝国軍にいる意味はない。
必要とされる場所に生きるのが、私には合っている。
「あぁ、そうか。今日出発だったのだな」
「はい。本当に、ありがとうございました。お世話になりました」
グレイブは落ち着いていた。
「少しばかり……寂しくなるな」
「私もです」
トリスタンに連れられて初めて帝都に来た日のことを、私は今でも、鮮明に思い出せる。人の多さに戸惑ったり、最先端技術がたくさん使われていることに驚いたり。始めはそんな慣れないことばかりで。でも、いつしかここでの暮らしに慣れていた。
「マレイさぁぁぁーんっ! 行ってしまわれるのですかぁぁぁーっ!?」
……と、突然シンが現れた。
ついさっきまで近くにはいなかったはずなのに、どのようにして急に現れたのか。謎としか言いようがない。
「シンさん。ありがとうございました」
私が彼に礼を述べるや否や、後ろにいたゼーレが口を開く。
「嫌ですねぇ……騒がしい男は」
「えぇぇ!? その言い方は酷くないですかぁぁぁ!?」
「……なぜ黙れないのです」
「別れの間際まで冷たいことを言わないで下さいよぉぉぉーっ!!」
相変わらず尋常でないテンションの高さを誇るシン。やや暴走気味の彼を、グレイブは「おい、落ち着け」と制止する。だがシンは、注意されてもなお、「感動のシーンなんですよぉぉぉ!?」などと騒いでいた。そのせいで、ついにグレイブに頭をはたかれてしまう。少々気の毒な気もするが、自業自得かもしれない。
「とにかくマレイ。今まで、本当にご苦労だった」
「いえ。平和になって良かったです」
「そうだな。……マレイのおかげだ」
「その通りですよぉぉぉーっ!!」
「黙れ、シン」
「は、はいぃぃぃー……」
それからグレイブは、ゼーレへも視線を向ける。
「捕虜時代には傷つけてすまなかったな。謝らせてくれ」
「……もはやどうでもいいことです」
グレイブは謝ろうとしていたのだが、ゼーレはどうでもいいといったような顔つきをしていた。過去のことへの関心など、ありはしないのだろう。
——その時。
「いたいたっ! マレイちゃんたち、発見っ!」
突如として耳に飛び込んできたのは、フランシスカの高い声。軽やかで、跳ねるような、明るい声だ。
声がした方へ視線を向ける。
すると、フランシスカと、彼女に手を引かれているトリスタンの姿が見えた。
「マレイちゃん!」
「あ。フランさん」
「もうそろそろ行くのっ?」
「えぇ。そのつもり」
フランシスカの表情は、今日も、向日葵のように明るい。
「間に合って良かったー!」
言いながら、彼女は、私の体をぎゅっと抱き締めてきた。
腕の力が思いの外強くて、驚く。
「トリスタンもいるよっ」
「一緒に来てくれたのね。ありがとう」
十秒ほどして、フランシスカが私から離れると、彼女の背後に立っていたトリスタンが発する。
「向こうに行っても元気でね。マレイちゃん」
ゼーレはトリスタンをじとっと睨む。
「その目、何かな」
「……べつに。意味などありません」
二人はやはり仲良くはなれないのか——そう思っていると。
「安心して下さい……カトレアを不幸にはしませんから」
それまでトリスタンを睨んでいたゼーレが、急に、少し柔らかい口調でそんなことを言った。それに対しトリスタンは、「不幸にしない、じゃ駄目だね。幸せにする、でないと」と言い返す。するとゼーレは、「では、幸せにする、と言っておきます」と言い直した。
「マレイちゃん。幸せに暮らしてね」
「何それ、変なの。死に別れるみたいなことを言うのね」
「そう? おかしかったかな」
「……いいえ。トリスタンも、今まで本当にありがとう」
彼には、数えきれないほどの恩がある。
「戦いを教えてくれて、嬉しかったわ」
今彼に伝えるべきことは、もっと色々あったのだと思う。しかし、ぱっと口から出せたのは、それだけだった。
かくして、私はゼーレと共に、再びダリアへと向かった。
新しい一歩を踏み出すために。
そして、アニタと三人で会い、話をした。
他人と接することがあまり得意ではないらしいゼーレは、最初のうちは気まずそうにしていたが、時間が経つにつれ話すようになっていく。アニタとは意外に気が合うようだった。
それもあってか、アニタは、案外あっさりとゼーレを雇うことに決めてくれ、話はまとまった。
ゼーレの雇用開始は三日後。
予想外に順調で不気味な気さえする。だが、話が上手く進んで何よりだ。
そして一旦基地へと戻る。
基地へ戻る列車の中で、ゼーレは言った。
「……私が今生きているのは、カトレア……貴女のおかげです」
ゼーレは妙に素直だった。
二人ずつの座席に座っているため、他の人に見られることはない。それゆえ、恥ずかしいということはないのだが、素直なゼーレには違和感を覚えてしまう。
いや、実際には、ここのところゼーレは素直なことが多い。
だが、前の、嫌みばかり言うイメージが強すぎるのだ。
「どうしたの? 今さらそんなことを言って」
「いえ……こうして生きていられているのも貴女のおかげだと、そう思ったもので」
ゼーレの口調は静かな空気をまとっていた。
「そう? でもべつに、私のおかげなんかじゃないと思うわよ。ゼーレが私たちにつくことを選んでくれたからじゃない」
「それを選ばせてくれてたのは……貴女です」
窓の方へ顔を向けながら、妙に真剣な雰囲気でそんなことを言うゼーレを見ていると、何だか笑えてきてしまう。
もちろん最初は、失礼だろうと思って笑うのを我慢していた。真剣な人の発言に対して笑うなんて、申し訳ない気がするから。だが、しばらくするとついに耐えきれなくなって、「ぷぷぷ」と息を漏らしてしまった。
「……なぜ笑うのです」
「ごめんなさい。でも、何だかおかしくって」
するとゼーレは、はぁ、と呆れたように溜め息を漏らす。
多分、彼には私が笑ってしまった理由が分からないのだろうと思う。
「……おかしいですか、私は」
「いいえ。でも、何だかとっても素直だから、不思議な感じがしたのよ」
ゼーレだって人間だ。時には素直になる日もあるだろう。何も特別なことではない、いたって普通のことである。
ただ、今までのゼーレの性格を知っているだけに、彼が素直な発言をしている光景を見ると面白く感じてしまうのだ。
「まったく……失礼ですねぇ」
「そうよね、分かっているわ。ごめんなさい」
「……まぁいいでしょう」
そんなたわいない会話をしながら、列車内での時間を過ごした。
ダリアから帝都までは結構な距離があり、かなり時間がかかるのだが、彼といると時間は気にならない。これといった重要なことを話していたわけではないのだけれど、案外退屈しなかった。
それからの二日は、あっという間に過ぎ去った。
そして、約束の日が来る。
帝都にある帝国軍基地から出る直前、私はグレイブに挨拶をした。今までお世話になった感謝を込めて。
「これまで、ありがとうございました」
化け物がいなくなった今、私が帝国軍にいる意味はない。
必要とされる場所に生きるのが、私には合っている。
「あぁ、そうか。今日出発だったのだな」
「はい。本当に、ありがとうございました。お世話になりました」
グレイブは落ち着いていた。
「少しばかり……寂しくなるな」
「私もです」
トリスタンに連れられて初めて帝都に来た日のことを、私は今でも、鮮明に思い出せる。人の多さに戸惑ったり、最先端技術がたくさん使われていることに驚いたり。始めはそんな慣れないことばかりで。でも、いつしかここでの暮らしに慣れていた。
「マレイさぁぁぁーんっ! 行ってしまわれるのですかぁぁぁーっ!?」
……と、突然シンが現れた。
ついさっきまで近くにはいなかったはずなのに、どのようにして急に現れたのか。謎としか言いようがない。
「シンさん。ありがとうございました」
私が彼に礼を述べるや否や、後ろにいたゼーレが口を開く。
「嫌ですねぇ……騒がしい男は」
「えぇぇ!? その言い方は酷くないですかぁぁぁ!?」
「……なぜ黙れないのです」
「別れの間際まで冷たいことを言わないで下さいよぉぉぉーっ!!」
相変わらず尋常でないテンションの高さを誇るシン。やや暴走気味の彼を、グレイブは「おい、落ち着け」と制止する。だがシンは、注意されてもなお、「感動のシーンなんですよぉぉぉ!?」などと騒いでいた。そのせいで、ついにグレイブに頭をはたかれてしまう。少々気の毒な気もするが、自業自得かもしれない。
「とにかくマレイ。今まで、本当にご苦労だった」
「いえ。平和になって良かったです」
「そうだな。……マレイのおかげだ」
「その通りですよぉぉぉーっ!!」
「黙れ、シン」
「は、はいぃぃぃー……」
それからグレイブは、ゼーレへも視線を向ける。
「捕虜時代には傷つけてすまなかったな。謝らせてくれ」
「……もはやどうでもいいことです」
グレイブは謝ろうとしていたのだが、ゼーレはどうでもいいといったような顔つきをしていた。過去のことへの関心など、ありはしないのだろう。
——その時。
「いたいたっ! マレイちゃんたち、発見っ!」
突如として耳に飛び込んできたのは、フランシスカの高い声。軽やかで、跳ねるような、明るい声だ。
声がした方へ視線を向ける。
すると、フランシスカと、彼女に手を引かれているトリスタンの姿が見えた。
「マレイちゃん!」
「あ。フランさん」
「もうそろそろ行くのっ?」
「えぇ。そのつもり」
フランシスカの表情は、今日も、向日葵のように明るい。
「間に合って良かったー!」
言いながら、彼女は、私の体をぎゅっと抱き締めてきた。
腕の力が思いの外強くて、驚く。
「トリスタンもいるよっ」
「一緒に来てくれたのね。ありがとう」
十秒ほどして、フランシスカが私から離れると、彼女の背後に立っていたトリスタンが発する。
「向こうに行っても元気でね。マレイちゃん」
ゼーレはトリスタンをじとっと睨む。
「その目、何かな」
「……べつに。意味などありません」
二人はやはり仲良くはなれないのか——そう思っていると。
「安心して下さい……カトレアを不幸にはしませんから」
それまでトリスタンを睨んでいたゼーレが、急に、少し柔らかい口調でそんなことを言った。それに対しトリスタンは、「不幸にしない、じゃ駄目だね。幸せにする、でないと」と言い返す。するとゼーレは、「では、幸せにする、と言っておきます」と言い直した。
「マレイちゃん。幸せに暮らしてね」
「何それ、変なの。死に別れるみたいなことを言うのね」
「そう? おかしかったかな」
「……いいえ。トリスタンも、今まで本当にありがとう」
彼には、数えきれないほどの恩がある。
「戦いを教えてくれて、嬉しかったわ」
今彼に伝えるべきことは、もっと色々あったのだと思う。しかし、ぱっと口から出せたのは、それだけだった。
かくして、私はゼーレと共に、再びダリアへと向かった。
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