暁のカトレア

四季

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episode.138 ケーキの中から魚の骨

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 受章式典を終え、基地へ戻った私たちのもとへ、一番に現れたのはフランシスカ。彼女は、私たちが帰ってくるのをかなり心待ちにしていたようだ。迎えてくれた時の眼差しといったら、真夏の太陽のように、キラキラと輝いていた。こんなに温かく迎えてくれる人がいるということに気づき、私は内心とても感動した。

「トリスタン! どんなの貰ったのっ!?」
「君に見せる気はないから」
「えぇっ! でもでも、フラン見たいよぉっ!」
「ごめん。今、そういう気分じゃない」

 フランシスカが一番に絡んでいったのは、やはりトリスタンだった。
 だがトリスタンは、そんな彼女を、冷たくあしらうのみ。何とか引き止めようとするフランシスカには応じることなく、淡々とした足取りで歩いていっていた。

 この前負傷隊員らのいる部屋で話した時には、二人の距離が少しは縮んだかと思ったのだが、案外そうでもないようだ。……いや、二人にはこういう関わり方しかない、という可能性もあるのだが。

「もー。トリスタンったら、酷いー!」
「あいつは相変わらずだな」

 トリスタンが構ってくれないことに不満を漏らすフランシスカへ、グレイブが苦笑しながら言葉をかける。

「本当ですよっ。何なんですかね!? あれは!!」

 女の子らしいフランシスカには似合わない、大きな声を出していた。
 結構真剣に怒っている様子だ。

「本当に……何だろうな、あれは」
「感じ悪すぎですよねっ!」
「そこまで言うならフラン。そろそろ諦めるというのはどうだ?」

 グレイブは驚きの提案をした。
 だが、もちろんフランシスカは頷かない。

「諦めるなんて嫌ですっ!」

 フランシスカは「躊躇い」の「た」の字もないほどきっぱりと返した。まさに女の子、という雰囲気を持ちながらも、決して弱々しくなどない彼女を、上手く表している言動だと思った。

「そんなの、負けたみたいじゃないですかっ!」

 丸く大きな瞳に、ミルクティー色のボブヘア。そして、そこから漂う、シャンプーの素敵な香り。
 まさに女性の中の女性という感じのフランシスカだが、「負けたくない」と思う心だけは、男にも負けないほどに強そうだ。

 ……なんて、ふと考えたりした。

「そういうものなのか……?」
「フラン、絶対諦めないことだけには自信があるんですっ!」
「なるほど。では、よく分からんが、頑張れ」

 正直面倒臭い——グレイブはそんな顔つきをしていた。

 トリスタンとフランシスカの関係には、あまり関心がないのかもしれない。表情を見る感じ、なんとなくそんな感じがする。

「で、マレイちゃん! 名誉章貰えたのっ?」
「えぇ。いただいたわ」
「謁見もあったって聞いたよ! びっくりしたっ」
「私も驚きだったわ」

 謁見の時には緊張で胃が痛くなった。
 何かやらかしてしまったらどうしよう、みたいなことを考えすぎたせいだ。

 だが、実際にやらかしてしまうことはなかったし、胃が痛くなっただけで済んだので、まだ良かった方だと思う。何事もなく終了して、本当に良かった。

「でも凄いよねっ。マレイちゃん、ここに来て一年も経っていないくらいなのに、名誉章なんて貰っちゃうなんて! フラン、羨ましいよっ!」

 そんな風に言葉を発するフランシスカは、真夏の昼間のように明るい顔つきだった。
 また、その丸く愛らしい瞳は、雲一つない空のように、透明感に満ちている。

 フランシスカは名誉章を受章するに至らなかった。受章したグレイブやトリスタンや私とほぼ変わらないくらい、しっかりと戦ってくれていたにも関わらず、だ。相手が皇帝でなければ文句を言いたかったほどのおかしな判断だと、私は思う。

 きっと彼女だって同じ気持ちのはずだ。

 なぜ自分だけが受章できないのか。そんな疑問を抱いているに違いない。

 にもかかわらず、受章した私たちを妬むようなことはせず、逆に笑顔で祝ってくれる。温かい言葉をかけてくれる。
 彼女のそういうところには、尊敬するに値すると思う。

「ありがとう。フランさんにそう言ってもらえると、嬉しいわ」
「でしょ! フランに褒められたら、やっぱり嬉しいよねっ」

 そんなことを平気で言えてしまうなんて……。

「じゃ、謁見のこと色々聞かせてねっ!」

 唐突に話題が変わる。驚いた。

「え。私なの?」
「うん! もちろん!」
「けど私、たいしたことはしていないわ。聞くならグレイブさんとかの方がいいんじゃない?」

 緊張でガチガチになっていたため、謁見の時のことは、あまりはっきりと覚えていない。なので、フランシスカに「聞かせて」と言われても、話せることは限られている。

「だってグレイブさんは忙しいもん!」
「じゃあトリスタンに……」
「トリスタンは教えてくれそうにないもん!」
「だから私なの?」
「そうだよっ。マレイちゃんなら仕事もないし、暇そうだもんっ」

 グサッ。

 胸に何かが突き刺さった気がした。

 暇そう……いや、それは事実だ。ボスを倒すという役目が終わった今、私にはこれといった仕事はない。

 つまり、暇。
 することの何もない、完全な暇人である。

 だが、私だって、望んでそうなっているわけではないのだから、そんなにはっきりとは言わないでほしかった。

 ——なんて思っても、何の意味もないのだけれど。

「いいよねっ?」
「え、えぇ。ちゃんと伝えられるか分からないけど、それでも良かったら」
「もちろん! 分かる範囲でいいよっ!」

 ひと呼吸空け、フランシスカはさらに続ける。

「フランだってべつに、マレイちゃんが全部しっかり分かってるなんて思ってなかったからっ」

 またしても、グサッ、と何かが刺さったような気がした。

 フランシスカが発する言葉は、やはり、安定の鋭さを持っている。

 それはまるで、柔らかいケーキの中から魚の骨が出てきたかのよう。突如現れる鋭さだから、余計に威力があるように感じられるのだ。
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