暁のカトレア

四季

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episode.134 幸せにしたい

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「それでゼーレ。貴方はこれから、どうするの?」

 私は疑問に思っていたことを質問してみた。

 ゼーレが悪に手を染めることは、もうないだろう。彼に悪事を強制する者がいなくなったのだから、当然だ。

 だが、それだけですべてが解決するわけではない。

 彼はこれから先、あまり馴染みのないこの帝国で暮らしていかなくてはならないのだ。帝国に住み、生活するとなれば、職を見つけるなり何なりしなくてはならないだろう。そうなった場合、つてのない彼は、普通の人たちよりも不利だと思われる。

「帝国で暮らしていく予定?」

 するとゼーレは小さな声で返してくる。

「……まだはっきりとは、分かりませんが」

 横たわりながらも、彼の瞳はしっかりと私を捉えていた。

「……この国の人間のために、何かできることがあればと思います」
「帝国に仕えるの?」
「……私は国を傷つけた身。それゆえ……帝国に仕えるなど、許されたことではないでしょう」

 どうやら、帝国に仕える気はさらさらないようだ。言い方を聞けば、それはすぐに分かった。

「なら、どこかで働く?」
「……しかし当てがありません。貴女以外には」

 そこまで聞いた時、ゼーレが言わんとしていることはすぐに分かった。
 彼は多分、私を当てにしているのだろう。頼れる者が誰もいないにもかかわらず、彼がこんなに余裕に満ちているのは、私に頼れると思っているからに違いない。

「私以外、ってことは、私を当てにするつもりなの?」

 当たっている保証はないが、そう発してみた。
 すると彼は、静かに、こくりと頷く。

「やっぱり!?」
「……働く場所を紹介してはいただけませんかねぇ」
「え、ちょ、本気で私を当てにしていたのっ!?」
「貴女なら……紹介してくれるかと思いまして」

 やはり私の勘は当たっていたようだ。こんな風に一方的に頼られるというのは、極めて嫌なことはないが、そんなに嬉しくもない。

「待って、ゼーレ。無理よ。私だって、人脈はそんなにないもの」

 今でこそ帝国軍の化け物狩り部隊という居場所があるが、私だって、ほとんど居場所のない人間だったのだ。その私が、ゼーレに職を紹介するなんて、できるわけがない。

 そう、思っていたのだが。

「……宿屋があるじゃないですか」

 ゼーレは自ら提案してきた。
 積極性に驚きを隠せない。

 もしかして彼は、アニタの宿屋に勤めたいと思っているのだろうか? ……いや、でもあんな田舎へわざわざ行きたいと言うタイプには思えないし。いやいや、自ら言ってくるくらいだから、本当にアニタの宿屋に勤めたいということも……?

 私はぐるぐると頭を巡らせる。

「……駄目、ですかねぇ」

 残念そうにゼーレは呟いた。

 違う! 今は考え事をしていただけ! と言いたいところだが、そんなことを言えるわけもなく。

「ゼーレは宿屋で働きたいの?」
「えぇ」
「ダリアにあるアニタの宿屋で?」
「……はい」

 理解できない。
 なぜ敢えて宿屋を選ぶのか、私には分からない。

「どうして? もっと夢のある仕事に就きたいとは思わないの?」

 愚痴るようで失礼かもしれないが、アニタの宿屋での仕事は、正直かなりきつかった。
 来る日も来る日も、ほぼ同じ内容。しかも、その多くが、物を運ぶというような体力を消耗しやすいものだ。それに加え、アニタに常に急かされるため、精神的な摩耗も大きい。

 ゼーレは、そんな大変な仕事に就きたいと言うのか。

「宿屋の仕事、かなり大変よ」

 しかし彼は諦めない。

「少しは……学びになるかと思いましてねぇ」

 アニタの宿屋に勤めて、何の学びをするつもりでいるのかが、かなり謎だ。

「学びって、何の?」
「……帝国で暮らすことの、です」

 真面目だ……。

 彼は私が思っている以上に真面目なのかもしれない。

「何それ。ゼーレは少し変わっているわね」
「……普通です」
「いやいや、普通とは思えないわよ。だって、暮らすことに学びなんていらないじゃない」

 確かに、文化などという面では、よく分からないこともあるかもしれない。だが、わざわざ宿屋に勤めて学ぶほどのことはないはずだ。

 私はそう考えていた。

 しかし、ゼーレはまた違った考えを持っている様子。

「……いえ。色々なことをしっかりと学んでおかなくては……将来的に困りますので」

 将来的に、という言葉が引っ掛かった。まるで、宿屋で学んだ先に目指す何かがあるような言い方だったから。

「将来的に? もしかして、何か大きな夢でもあるの?」

 私は純粋に気になったこと尋ねた。

 すると彼は気まずそうな顔をする。視線をこちらから逸らしたい、という思いが滲み出ているような顔つきだ。

 言いたくないことを聞いてしまったのだろうか……と私が不安になっていると、ゼーレは重々しく口を開く。

「……はい。あるのです……いずれ叶えたい夢が」

 彼らしくない、控えめな言い方だ。

「そうなの? 夢があるなんて素晴らしいわね」

 ゼーレに叶えたい夢があったなんて。正直、意外だ。彼は夢なんてみない質だと思っていたからである。

「それで、どんな夢?」
「……貴女、と」
「え?」
「カトレア……貴女を幸せにしたいのです」
「はい!?」

 この時ばかりは、思わず本心を漏らしてしまった。
 日頃なら口から出さないようにしただろう。が、今回はあまりに急だったので、発するのを止めきれなかったのだ。

「……突然どうしました?」

 怪訝な顔で凝視されてしまった。
 やはり、いきなり「はい!?」は、私らしくなかっただろうか。

「あ、ごめんなさい。ちょっと聞こえなかったわ」

 何とかごまかす。
 かなり苦しいごまかし方だが、こうなってしまった以上、仕方がないから。

「……何度も言わせるつもりですか」

 ゼーレの眉間のしわが濃くなる。

「貴女はなかなか……良い趣味をなさっていますねぇ」
「趣味なんかじゃないわ、本当に聞こえなかったのよ。なのに、どうしてそんな言い方をするの」

 今この空間には、私たちの声以外に音はない。防音の部屋ではないだろうに、外から聞こえてくる音は皆無だ。足音くらいは聞こえてきそうな気がするだけに、不思議である。

「恥ずかしいではありませんか……何度もあのようなことを、言うなんて」

 ゼーレは詰まり詰まり述べる。

「ですが……仕方ありません。……特別に、もう一度、言うことにしましょう」

 何だかんだでもう一度言ってくれるようだ。
 ありがたい。

「カトレア……私はいずれ、貴女を幸せにしたいのです」
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