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episode.126 これが最後かもしれないし
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「使えぬやつだったな、リュビエも」
脱け殻のように地面へ倒れ込んだリュビエを目にしても、ボスはただぽそりと呟くだけ。あれほど自分を慕い、傍で熱心に働いていた女性がやられたにもかかわらず、彼はほんの少し悲しむことさえなかった。
「それだけ? 君は本当に、人の心がないね」
そんなボスの態度に不快の色を見せたのはトリスタン。
白銀の剣をしっかり構え、いつでも戦える、というような顔つきをしている。
「人の心、だと?」
「そうだよ。君には人間らしさというものが欠落している。仲間がやられたっていうのに、平気で『使えぬやつ』なんて切り捨てるところとかね」
「……ほう。確かにそうやもしれん。だがな」
ひと呼吸空けて、ボスは続ける。
「心などというものは、人を弱くすることしかない。まったくもって無意味なものだ」
ボスはやはりボスだった。
彼には人の心はない。ゼーレもリュビエも持っていたけれど、ボスはそれを持っていないようである。
人間らしさを持たぬ彼と分かりあうことはできない。
改めて、そう感じた。
「そういう考え方、僕は一番好きじゃない!」
「お主の好き嫌いなど、聞いてはおらん」
「ま、でもその方がいいよ。その方が……躊躇わずに斬れるからさ!」
言い切ると同時に、トリスタンは地面を蹴った。白銀の剣を手に、再びボスへ戦いを挑んでいくつもりのようだ。
けれど、まともにやり合えば、トリスタンが勝てる確率は低い。ボスはトリスタンの動き方を記憶しているから。
「待って、トリスタン! 貴方の動き方は把握されているわ!」
素早くボスの背後に回り、白銀の剣を振る。だが、その振りさえ読まれていたらしく、ボスに片足で止められていた。やはり、このまま一対一でやり合うだけでは、トリスタンに勝ち目はなさそうだ。
「けどマレイちゃん! やるしかないよ!」
「分かっているわ! だから——」
腕時計を装着した右腕をボスへ向け、光線を発射する。
比較的細い光線だったため、甲冑にあっさり弾かれてしまった。だがボスの意識をこちらへ向けさせることはできたので、上出来だ。
「私も一緒に!」
トリスタンの青い瞳は、確かに私を捉えている。
「……そうだね」
「えぇ!」
今、私たちの心は一つ。
ボスを倒す。それだけを目指し、ただ戦うのだ。
「マレイ・チャーム・カトレア、お主に何ができる」
私とトリスタンが離れた場所で頷きあうのを見てか、ボスはそんなことを言ってきた。
「できるわ。何だって」
短く答えると、ボスは眉間にしわをよせる。
「お主は甘い。我を甘く見すぎだ」
「そう? でも、さっきの一撃にはダメージを受けたんじゃないの?」
「確かに。あれは強烈であった。だがしかし、もう一度あれほどの力を使うことはできまい」
それはそうかもしれない。
ボスの言うことも、完全な間違いではないと思う。
先ほどボスにダメージを与えた一撃は、無意識に放った攻撃だった。だから、あれを意図的にもう一度やれるかと聞かれれば、「もちろん」と自信を持って答えることはできない。
単なる奇跡だったのかもしれないから。
「そうかもしれない。でも、やってみなくちゃ分からないわよ」
トリスタンと視線を交える。
それが——終わりの始まり、その合図だ。
こうして始まった最後の戦いは、これまでに体験したことがないくらい壮絶なものだった。戦いの途中で現れた様々な種類の化け物はグレイブに任せ、私とトリスタンは、ボスと懸命に戦った。逃げることも諦めることもせずに。
その努力が実を結んでか、圧倒的と思われていたボスにも、綻びが目立つようになってきた。
もちろん、すぐに倒せるほどの大きな弱点ではない。
だが、ほんの少しの綻びが、「倒せるかもしれない」という微かな希望を抱かせてくれた。
——どのくらい時間が経っただろう。
もはや時間の感覚というものがなくなってきた。心にあるのは、ボスを倒すことと、ゼーレが生きているだろうかということだけ。
ボスはまだ動きを保っている。
しかし、最初に比べれば遅くなってきたことも確かだ。ボスも、まったく疲労しない、というわけではないらしい。
「大丈夫? マレイちゃん。だいぶ力を使ってるみたいだけど」
「えぇ、平気。これはさほど疲れないの」
私は主に、光線によるサポートを行っている。だからさほど動かない。それゆえ、体力の消耗は少なかった。
それとは逆に、トリスタンは剣での戦いを繰り広げているため、動きが激しい。
「体力は私よりもトリスタンの方が心配よ」
「そう?」
「えぇ。これだけ動き続けていたら、さすがに辛いでしょう」
ボスとまともにやり合っているトリスタンが、疲労していないわけがない。何度かボスの手から出る波動を受けてしまったりしていたし、トリスタンの体にもダメージが溜まっているはずだ。
「今は大丈夫」
「本当に? 休むならグレイブさんに……」
「いいよ。僕は平気だから」
それに、と彼は続ける。
「君に僕の戦いを見てもらえるのも、これが最後かもしれないしね」
どういう意味? 私はそう尋ねようと思ったが、トリスタンは再びボスに仕掛けに行ってしまった。仕方がないから、私は光線を放つ体勢へと戻る。サポートをしなくてはならないからだ。
「ふん、まだ来るか」
「もちろん。何度だっていくよ」
私の光線でボスの意識を逸らし、そのうちにトリスタンが剣を叩き込む。これが定番のパターンだ。
だから私は、定番通り、ボスの意識を逸らすような位置へ光線を放つ。直後、トリスタンが、ボスの甲冑に護られた体へ剣を叩き込む——と、信じられないことが起こった。
「……よし」
「ぐぬっ!?」
甲冑の一部が割れたのである。
割れたのは、右上腕部辺り。トリスタンが何度も攻撃していた部位だ。
「せあっ!」
右上腕部を覆っていたパーツが割れたことに、ボスは戸惑っている。そのうちに、トリスタンはそこを斬った。赤い液体が飛び散る。
「ぐぅっ!?」
トリスタンは着地して数歩下がると、私に、光線を撃つよう口の動きで指示してきた。
甲冑に護られていない右上腕部に向かって撃て、ということなのだろう。そこが狙い目だ、と言おうとしているに違いない。
——狙うは、ボスの右上腕部。
私は光線を放った。
脱け殻のように地面へ倒れ込んだリュビエを目にしても、ボスはただぽそりと呟くだけ。あれほど自分を慕い、傍で熱心に働いていた女性がやられたにもかかわらず、彼はほんの少し悲しむことさえなかった。
「それだけ? 君は本当に、人の心がないね」
そんなボスの態度に不快の色を見せたのはトリスタン。
白銀の剣をしっかり構え、いつでも戦える、というような顔つきをしている。
「人の心、だと?」
「そうだよ。君には人間らしさというものが欠落している。仲間がやられたっていうのに、平気で『使えぬやつ』なんて切り捨てるところとかね」
「……ほう。確かにそうやもしれん。だがな」
ひと呼吸空けて、ボスは続ける。
「心などというものは、人を弱くすることしかない。まったくもって無意味なものだ」
ボスはやはりボスだった。
彼には人の心はない。ゼーレもリュビエも持っていたけれど、ボスはそれを持っていないようである。
人間らしさを持たぬ彼と分かりあうことはできない。
改めて、そう感じた。
「そういう考え方、僕は一番好きじゃない!」
「お主の好き嫌いなど、聞いてはおらん」
「ま、でもその方がいいよ。その方が……躊躇わずに斬れるからさ!」
言い切ると同時に、トリスタンは地面を蹴った。白銀の剣を手に、再びボスへ戦いを挑んでいくつもりのようだ。
けれど、まともにやり合えば、トリスタンが勝てる確率は低い。ボスはトリスタンの動き方を記憶しているから。
「待って、トリスタン! 貴方の動き方は把握されているわ!」
素早くボスの背後に回り、白銀の剣を振る。だが、その振りさえ読まれていたらしく、ボスに片足で止められていた。やはり、このまま一対一でやり合うだけでは、トリスタンに勝ち目はなさそうだ。
「けどマレイちゃん! やるしかないよ!」
「分かっているわ! だから——」
腕時計を装着した右腕をボスへ向け、光線を発射する。
比較的細い光線だったため、甲冑にあっさり弾かれてしまった。だがボスの意識をこちらへ向けさせることはできたので、上出来だ。
「私も一緒に!」
トリスタンの青い瞳は、確かに私を捉えている。
「……そうだね」
「えぇ!」
今、私たちの心は一つ。
ボスを倒す。それだけを目指し、ただ戦うのだ。
「マレイ・チャーム・カトレア、お主に何ができる」
私とトリスタンが離れた場所で頷きあうのを見てか、ボスはそんなことを言ってきた。
「できるわ。何だって」
短く答えると、ボスは眉間にしわをよせる。
「お主は甘い。我を甘く見すぎだ」
「そう? でも、さっきの一撃にはダメージを受けたんじゃないの?」
「確かに。あれは強烈であった。だがしかし、もう一度あれほどの力を使うことはできまい」
それはそうかもしれない。
ボスの言うことも、完全な間違いではないと思う。
先ほどボスにダメージを与えた一撃は、無意識に放った攻撃だった。だから、あれを意図的にもう一度やれるかと聞かれれば、「もちろん」と自信を持って答えることはできない。
単なる奇跡だったのかもしれないから。
「そうかもしれない。でも、やってみなくちゃ分からないわよ」
トリスタンと視線を交える。
それが——終わりの始まり、その合図だ。
こうして始まった最後の戦いは、これまでに体験したことがないくらい壮絶なものだった。戦いの途中で現れた様々な種類の化け物はグレイブに任せ、私とトリスタンは、ボスと懸命に戦った。逃げることも諦めることもせずに。
その努力が実を結んでか、圧倒的と思われていたボスにも、綻びが目立つようになってきた。
もちろん、すぐに倒せるほどの大きな弱点ではない。
だが、ほんの少しの綻びが、「倒せるかもしれない」という微かな希望を抱かせてくれた。
——どのくらい時間が経っただろう。
もはや時間の感覚というものがなくなってきた。心にあるのは、ボスを倒すことと、ゼーレが生きているだろうかということだけ。
ボスはまだ動きを保っている。
しかし、最初に比べれば遅くなってきたことも確かだ。ボスも、まったく疲労しない、というわけではないらしい。
「大丈夫? マレイちゃん。だいぶ力を使ってるみたいだけど」
「えぇ、平気。これはさほど疲れないの」
私は主に、光線によるサポートを行っている。だからさほど動かない。それゆえ、体力の消耗は少なかった。
それとは逆に、トリスタンは剣での戦いを繰り広げているため、動きが激しい。
「体力は私よりもトリスタンの方が心配よ」
「そう?」
「えぇ。これだけ動き続けていたら、さすがに辛いでしょう」
ボスとまともにやり合っているトリスタンが、疲労していないわけがない。何度かボスの手から出る波動を受けてしまったりしていたし、トリスタンの体にもダメージが溜まっているはずだ。
「今は大丈夫」
「本当に? 休むならグレイブさんに……」
「いいよ。僕は平気だから」
それに、と彼は続ける。
「君に僕の戦いを見てもらえるのも、これが最後かもしれないしね」
どういう意味? 私はそう尋ねようと思ったが、トリスタンは再びボスに仕掛けに行ってしまった。仕方がないから、私は光線を放つ体勢へと戻る。サポートをしなくてはならないからだ。
「ふん、まだ来るか」
「もちろん。何度だっていくよ」
私の光線でボスの意識を逸らし、そのうちにトリスタンが剣を叩き込む。これが定番のパターンだ。
だから私は、定番通り、ボスの意識を逸らすような位置へ光線を放つ。直後、トリスタンが、ボスの甲冑に護られた体へ剣を叩き込む——と、信じられないことが起こった。
「……よし」
「ぐぬっ!?」
甲冑の一部が割れたのである。
割れたのは、右上腕部辺り。トリスタンが何度も攻撃していた部位だ。
「せあっ!」
右上腕部を覆っていたパーツが割れたことに、ボスは戸惑っている。そのうちに、トリスタンはそこを斬った。赤い液体が飛び散る。
「ぐぅっ!?」
トリスタンは着地して数歩下がると、私に、光線を撃つよう口の動きで指示してきた。
甲冑に護られていない右上腕部に向かって撃て、ということなのだろう。そこが狙い目だ、と言おうとしているに違いない。
——狙うは、ボスの右上腕部。
私は光線を放った。
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