暁のカトレア

四季

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episode.125 リュビエ

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「ボス……。一体、何を……」

 残酷な命令を受けたリュビエは、唖然としながら呟く。
 ヒールの高いロングブーツを履いた脚が、微かに震えていた。

「ちょっと! いきなり何てこと言うのっ!?」

 ボスの「自害してみせよ」などという滅茶苦茶な命令に、一番に抗議したのはフランシスカ。言われたのが敵であるリュビエだとしても、許しはできない——フランシスカはそんな顔をしていた。

「仲間にそんなことを命じるなんて、どうかしてるっ!」
「お主には関係のないことだ」

 だが、フランシスカの抗議をボスが真摯に受け止めることはなかった。

「我が手の者がどうなろうが、お主らには関係のないことよ。参加してくるな」
「確かに関係はないのかもしれないけどっ……でも! 仲間に対して自害を命じるなんて変だよっ!」

 フランシスカはさらに続け——ようとしたのだが、リュビエがそれを制止した。

「……お前には関係のないことよ。口出ししないで」
「あんなこと言われて腹立たないのっ?」
「腹なんて……立たないわ」

 リュビエは感情のこもらない声でフランシスカにそう言った。何もかもを諦めたかのようなその声には、さすがのフランシスカも言葉を飲み込む。

 それからリュビエは、口を閉ざしたまま、ボスの前へと赴いた。
 彼の目の前に着くと、リュビエはすっとひざまずく。

「……承知致しました、ボス」

 静かにそう述べたリュビエは、何も思い残すことはない、といった風な様子だった。

 彼女はすべてを捨てるつもりなのだろうか——ボスのために。

「侵入者どもを排除した後、速やかに自害致します」

 彼女の言葉からはとてつもなく強い決意が感じられた。

 だがそれは、逆に、「己の生命など、もうどうとでもなれ」という、一種の諦めのような感情から来たものなのかもしれない。今はなぜか、そんな気がする。

 そしてリュビエは立ち上がった。

「リュビエ……」

 諦めの境地に達しているようにも見えるリュビエ。彼女を不安げに見つめているのは、意外にもフランシスカだった。
 フランシスカはトリスタンに好意を抱いている。だからこそ、ボスを敬愛するリュビエが今どれほど辛い思いをしているのか、察することができているのかもしれない。
 同じ恋する女性として、フランシスカはリュビエを心配している。そんな風に感じた。

「……何なの、その目は」
「えっ?」
「同情してあげている、みたいな目であたしを見ないで」
「べっ、べつにフラン、そんな目で見てないっ!」

 するとリュビエは、吐き捨てるように「まぁいいわ」とだけ言った。
 そして、動かしにくそうな右手を胸元へ当てる。

「もう……終わりだもの」

 ゆっくりと唇が動く。

 直後、非常に強い緑色の光が放たれた。


 眩しさに思わず瞼を閉ざし、次に目を開けた時、そこにリュビエの姿はなかった。代わりに、一匹の巨大な蛇が佇んでいる。

「リュビエが蛇にっ!?」

 一番に驚きの声をあげたのはフランシスカ。
 彼女の言葉で、気がついた。目の前にいる蛇が、リュビエが変化したものなのだと。

 その巨大な蛇は、フランシスカに迫っていく。

「やっぱりフランを狙ってくるよねー……」

 言いながら、フランシスカはドーナツ型武器を二つ出現させる。そして、かつてリュビエだった巨大な蛇をターゲットとして、投げた。
 だが、巨大な蛇はそれらをするりとかわす。まるで、その軌道を読んでいたかのように。

「フラン! 援護する!」

 無防備な状態で襲われそうになっているフランシスカを見、長槍を持ったグレイブがそう叫んだ。腕時計によって身体能力が強化されているグレイブは、一度地面を蹴るだけで、槍先が届くくらいまで巨大な蛇に接近した。凄まじい脚力だ。

「はぁっ!」

 巨大な蛇に向けて、グレイブは長槍を振り下ろす。
 それにすぐ気がついた巨大な蛇は、するりとすり抜けようとした。が、ほんの僅かに間に合わず、尾の先端を数十センチほど切断されてしまった。

 けれども、巨大な蛇は尾の先の切断など微塵も気にかけない。何事もなかったかのように、フランシスカに迫る。

「来ないでっ!」

 フランシスカは大量の光弾を発射する。
 光弾一つ一つは小さいが、数が物凄く多いため、結構ダメージを与えられそうな感じだ。


 ——しかし。


「そんなっ。無視なの!?」

 かつてリュビエだった巨大な蛇は、光弾を避けようともしない。光弾の嵐を躊躇いなく浴びながら、フランシスカへ突っ込んでいく。
 巨大な蛇は、今、フランシスカしか見えていないのだろう。フランシスカを倒すことに、異常なほど執着しているように見える。

 このままではフランシスカが危険だ。

 彼女のためなら私も援護したいけれど、その隙にボスに逃げられては困るのでできなかった。今はただ、援護に回ったグレイブを信じる外ない。

 フランシスカが放つ無数の光弾を浴びながらも、巨大な蛇はどんどん彼女へ近づいていく。
 そしてついに、巨大な蛇が攻撃に出た。尾で殴る攻撃だ。

「……んっ!」

 放たれた一発目を、フランシスカは、両手に持ったドーナツ型武器で防ぐ。狙いが胸辺りだったため、何とか防ぐことができたようだ。

 しかし、すぐに二発目が迫る。

「……あ」

 体勢を立て直すのが間に合わず、フランシスカは巨大な蛇の尾に殴り飛ばされてしまった。

 私が思ったほどの距離は飛ばなかったが、地面に倒れたフランシスカは動けそうにない。うつ伏せに横たわったまま、指先だけを震わせている。

「貴様っ!!」

 その直後、グレイブの長槍が巨大な蛇を貫く。そして最終的には、巨大な蛇を真っ二つにした。
 真っ二つにされてしまった巨大な蛇は、すうっと体が透き通り、やがてリュビエの姿へと戻る。リュビエの姿へ戻ると、彼女は地面にドサリと倒れた。

「ボ……ス」

 そう一言だけ呟いた後、彼女の体から力が抜けた。素人と変わらない私が見ても分かるほど、分かりやすい脱力の仕方だ。
 息絶えたのかどうかは分からないが、これで、リュビエが立ち上がることはもうないーーそんな気がした。


 残るは、ボス一人。
 彼を倒しさえすれば、この戦いは終わる。そして、帝国を覆う夜の闇も消え去ることだろう。
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