暁のカトレア

四季

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episode.49 役割

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「え。私が、ですか?」

 思わずそう聞き返してしまった。『お前がゼーレから情報を聞き出せ』なんて言われるとは、微塵も予想していなかったからだ。

「その通り」

 グレイブは一度ゆったりと深く頷く。
 彼女は一体、何を考えているのだろう。グレイブですら聞き出せないというのに、私に聞き出せるとは到底思えないのだが。

 そこへシンが参加してくる。

「マレイさん! 頑張って下さいよぉぉぉーっ!」

 大きな眼鏡をかけた顔面を近づけられると、反射的に身を引いてしまう。
 慣れてしまえばどうといったことはないのかもしれない。だが、まだ慣れられていない私にとっては、シンの接近は衝撃が強すぎだ。

「仲間の安否がかかってぇぇー、いますぅからぁぁねぇぇぇ!」
「は、はい……」

 私は椅子に座ったまま、背を反らし、シンの顔面と距離をとる。

「頑張ってぇ下さあぁぁい!」
「シン。まず黙れ」
「は、はいぃぃぃ……」

 グレイブに淡々と注意され、シンはしゅんと肩を落とした。発言することを許されなくなってしまった彼は、手元のコーヒーをちみちみと飲む。

「そういうことだ、マレイ。今晩、ゼーレから心当たりのある場所を聞き出せ」

 そんな重要な役を任せられるなんて思わなかった。
 だが、任せられた以上、やらないわけにはいかないというものだろう。

「分かりました。でも……」
「何だ。まだ文句があるのか?」
「いいえ。ただ、私にできるのかと思って」

 すると彼女は、愉快そうに、赤い唇の口角を持ち上げた。

「できない、で、許されることではない。方法はお前に一任するが、聞き出せなかった時は覚悟しろ」

 落ち着きのある声と楽しげな笑みが混ざり合い、何とも形容し難い雰囲気が漂っている。

「今晩中にトリスタンが連れていかれた可能性のある場所を聞き出し、報告するように」
「は、はい!」

 一応返事をしておく。
 だが、この胸を覆う不安は消えない。ゼーレが簡単に情報を話してくれるとは、到底思えないからだ。

 そこへフランシスカが戻ってきた。
 一つはアイスティーの入ったグラス。もう一つはホットコーヒーのカップ。計二つを持っている。

「マレイちゃん、お待たせっ」

 フランシスカの笑みは相変わらず明るい。向日葵のような、太陽のような、直視すると目を細めたくなるくらい眩しい笑顔だ。

「フランはコーヒー。マレイちゃんはアイスティー。これでいいよねっ」
「ありがとうございます」
「マレイちゃん、確か、コーヒー飲めないんだよねっ。味覚が子どもだからかなっ?」

 失礼ね、飲めないわけじゃないわよ。
 コーヒーよりは紅茶が好きというだけのこと。

 しかし私は何も言い返さなかった。今私が発言すると、余計にややこしいことになりそうだからだ。取り敢えず、笑ってやり過ごす。

「あ、グレイブさん! お菓子、貰ってきますねっ」
「あぁ。助かる。ちょうど、もっと食べたいと思っていたところだ」

 私はまだ一口も食べていないのだが……。

「何にします?」
「チーズケーキが理想だ」
「分かりましたっ。行ってきます!」

 フランシスカは凄く働き者だ。
 他者に従わない自由奔放な人といったイメージを持っていたため、少々意外である。

「フランさんって、善い人ですね」

 再びフランシスカがいなくなった後、私はさりげなく、グレイブにそう言ってみた。深い意味などない。ただ話を振ってみただけだ。

 するとグレイブは、苦笑しながらも穏やかに返してくれる。

「はっきりしすぎた物言いは、時に問題だがな」


 いつまでもこんな風に、平和な時間が続けばいいのに——。

 心からそう思った。
 傷つけあうことも、戦うこともない、穏やかな日々。それさえ手に入れば、今よりもっと素敵な毎日が待っているに違いない。


 ……そのためにはまず、与えられた役目を果たさなくては。


 その日の夕方、私はゼーレのいる地下牢へと向かった。

 通い慣れた薄暗い通路を歩く。

 慣れもあってか、ここしばらくは恐怖を抱かなくなっていた。もちろん、緊張感も消えてきていた。
 だが、今は違う。頭頂部から足の先まで、緊張に包まれている。
 今日は食事を運び食べさせるという内容ではない。固く閉ざされた金庫のようなあの口を、開けなくてはならないのだ。そんなことが私にできるのだろうか。正直、自信がない。

 けれど、今さら逃げることなどできはしない——いや、逃げたりしたくない。
 この役目から逃れる。それはつまり、トリスタンを助けない、ということだ。私を庇ったために敵に連れ去られてしまったトリスタンを見捨てることと同義である。

「……よし」

 私は一人、そっと呟く。
 それと同時に決意を固める。

 ——迷いは捨てよう。

 トリスタンを救うためだ。ゼーレに情けをかけている場合ではない。


 ゼーレがいる部屋に入る。
 すると彼は、私が口を開くより先に言葉を発する。

「来ましたねぇ、マレイ・チャーム・カトレア」

 まるで私が訪れた理由を知っているかのような言い方だ。いつも私が入っていった時とは反応が異なる。

「ごめんなさい。いきなり来てしまって」

 殺伐とした空気になっても嫌なので、敢えて穏やかな口調で返す。

「いいえ、謝ることはありません。上からの命なら仕方のないことですからねぇ。それで……用件は何です?」

 やはり感づかれている。
 これといった根拠があるわけではない。しかし、彼の口振りが昼頃までと明らかに異なっていることから、私は、「感づかれている」と判断したのだ。

「実は、少し話があって……」
「そんな前振りは結構です。早く本題に入りなさい」

 ゼーレはきっぱりと述べた。

 ここまで言われては仕方がない。私は観念して、本題を切り出す。

「教えてほしいの。トリスタンがどこへ連れていかれたかを」

 本当は言いたくなかった。こんな尋問みたいなこと、したくはなかった。

 でも、仕方がなかったの。
 このままではトリスタンを助けられないから。
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