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前編
しおりを挟む先日、好きな人ができたと話す婚約者レーベルから婚約の破棄を告げられたので、私は今実家へ戻って編み物をしている。
編み物と言っても複雑なものではない。
私は素人だ、素晴らしい大作を制作できるような技術はない。また、誰かに弟子入りしているわけでもない。それゆえ、自然な流れとして、基本的な動作だけでできる作品しか作れない。
だがそれでも、棒と毛糸に向き合っている時間は他のどんな時間よりも心を穏やかにしてくれる良き時間だ。
「ニーナ、また編み物してるの?」
そんな私を見た母はたまに声をかけてくる。
「ええ」
編み物ブームがやって来たことを意外に思っているようだ。
「好きねぇ。本当に最近気に入っているわね」
「のんびりした気持ちになれるし、心が澄んでいくから……とても愛おしい時間なの」
「そう。でもニーナが元気でいてくれればそれでいいわ。母親だもの、それ以上の願いなんてないわよ」
両親は私の趣味に理解を示してくれている。
それゆえ自由に編み物ができるのだ。
やりたいことをのびのびとやれる環境を作ってくれている両親には感謝しかない。
「ありがとう母さん」
私はこの家に生まれて良かった。
そう強く思う時、レーベルのことなんてどうでもいいと感じる――だって、彼を失ってもなおこうして幸せに生きていられるのは両親のおかげで、すべてはこの家に生まれたからこそなんだもの。
「今は何作ってるの?」
「マフラー」
「王道ね!」
「まぁそうかな」
「完成したら見せてちょうだいね? 楽しみにしているから!」
「多分下手だと思うけど……」
「いいのよ! それに。どちらかといえば、下手じゃなくて味がある、でしょ?」
完成に至るまでの過程はもちろん楽しくて。
でもいつの日か完成した時のことを想像するのもまた楽しい。
実生活で使えるようなものではないかもしれない、が、それでも作品として記憶と手もとに残ってゆくのだから嬉しいことだ。
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