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episode.34 交錯する思い

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 大きな震動の後、外。
 人々の驚きと恐怖が広がっていた。

 人々が目にしたことがないほど大きな黒い霧状の身体がそこにあったからだ。

 皆、その恐ろしさに圧倒され、何も言えなくなっていた。それこそ武器を手放して逃げようとする者もいたほどで。ただの人間がやりあって勝てる相手ではない、誰もがそう本能的に感じている様子だった。

 ただ、そんな中でも、一人だけはひるむことなくそこに立っている。

「……ゼツボーノ」
「久しいな、女よ」

 ――そう、その一人というのはルナだ。

 彼女は一人凛と立っている。
 武器も持たず、しかし恐怖など感じていないような表情で、目の前の黒き敵を睨む。

「何しに来たのよ! またノワ様に危害を加える気?」
「ああ、それと同時にソレアも回収にな」
「ふっざけんじゃないわよ! ノワ様はあの女を渡す気なんてないわ、だからアタシだってはいそうですかって渡せないの」

 ゼツボーノは急に腕のようなものを伸ばしルナを横から掴み上げた。

「お前の意見など聞いておらんわ!!」

 上空にて、ルナは胴を握り潰されそうになる。

「……ノワ様に敵対するやつは全員殺してやるんだから」
「暴力しか能のない女に何ができる」
「ふん、できることならあるわよ……」
「何だと?」
「たとえば……迷惑極まりないやつをぶちのめすとかね!」

 一瞬、ゼツボーノの手の力が緩んだ。そこを逃さず、ルナはすり抜ける。宙に舞い、そしてそのまま、本来の姿を解放する。ルナは人間の女性の姿から本来の魔の者の姿へと変貌する。

 そしてその流れのまま、右拳でゼツボーノに殴りかかった。

 付近にいた人々は何重にも驚いていた。

 ルナが巨大になったこと。
 明らかに人間ではなくなった彼女が、魔の者へ攻撃を仕掛けたこと。

「な、何だあれ……巨大女……?」
「魔の者です! 反応があります!」
「何だって!? ………だが戦っているぞ、魔の者と」
「ありゃ何やってんだ?」
「何が……何が起きているんだ……」

 その戦いを一番近いところから目にしている人間は討伐隊の隊員たちだった。彼らは衝撃を受けていた。なぜって、魔の者と魔の者が戦うという謎でしかない状況が発生しているから。魔の者は敵、そう思っていた者が多いからこそ、今他の誰よりの困惑している。

 隊員たちは大型武器の周囲に集まりながら話し合う。

「取り敢えず二人まとめてやっちまうか」
「そうだな、それが良さそうだ」
「けど、彼女、本当に敵なのかな。魔の者にも色々いるんじゃ……」
「ややこしいから両方撃て」
「ええ!?」
「構わん、どうせ魔の者だ。問題にはならないだろう」

 どう行動するか、その話し合い。それは魔の者は皆敵という発想のもと物騒な結論が出そうになっていたのだが――そこに一人の少女が現れる。

「待ってください!」

 その少女というのはコルテッタだ。

「ノワール・サン・ヴェルジェも魔の者を倒していました、そこの女性の魔の者も魔の者を倒す可能性があります」

 コルテッタが魔の者を擁護するような発言をするのは初めてのことだった。

「敵と判断するのはまだ早いかと」

 彼女の言葉に、隊員たちは驚いていた。

 なんせ彼女はずっと誰よりも魔の者を敵視していたのだ――その彼女が魔の者を擁護するなど、今世紀最大の衝撃と言っても過言ではないようなことだ。

「珍しいな、君がそんなことを言うとは。魔の者はすべて消すのではなかったのか?」
「はい、そう思っていましたし今もそうしたい、魔の者は憎い……」
「そうだろう?」
「けれど、魔の者を魔の者を倒すために利用できるのならば、今は頼るべきです。取り調べは後で良いのではないでしょうか」

 コルテッタの進言により、ルナごと撃ち抜くという案は一旦なくなったのだった。

 人間がそうこう話し合っている今も、ルナはゼツボーノと対峙し交戦している。
 ルナの攻撃は豪快。殴るも、蹴るも、その動作一つ一つが勢いに満ちている。巨大かつ強大な力を本能的に悟らせるほどの圧倒的な空気をまとったゼツボーノを前にしてもなお、その動きの鋭さに揺らぎはない。
 ただ、だからといってすぐにやられるゼツボーノでもなく、彼は彼でルナの猛攻をほどほどに回避している。

 やがて、地上の討伐隊がゼツボーノに向けて光線を放った。

 それはゼツボーノの左半身に命中。
 しかしそれが彼を刺激してしまい、凶暴化させてしまう。

「生意気な人間ども! 不愉快だ!」

 ゼツボーノは急に人型となった。
 といっても、ルナの魔の者姿のような細かいところまで再現された人の形ではない。
 折り紙を切って作ったような人型だ。
 頭部と胴と四肢があるだけのような、簡単な人を連想させる形。

 怒ったゼツボーノは人々を叩き潰そうと腕を振り下ろす――止めるべく間に入ったルナだったが、腕では威力を殺しきれず彼女ごとしりもちをつくような形で倒れてしまう。

 冷たい空の下、悲鳴が響く。

 ルナは下にいる人間たちを潰してしまわないようにとしりもちをつく直前身体を捻ったのだが、それによって不自然な体勢で地面に倒れることとなってしまい、すぐには起き上がれない。

「ルナ・ト・レック、魔の者の意思に抗う者は死すべし。邪魔をするな――!」

 黒い腕が転んだままのルナに絡みつこうとする――が、直前、宿の二階の窓から声が飛ぶ。

「やめてください!!」

 それは、ソレアの声だった。

「ルナさんに酷いことしないで!!」

 宿の二階、その一つの窓から、危ないくらい乗り出すようにしてソレアが顔を出していた。すぐ後ろにはノワールがいて、それ以上乗り出すな、とでも言うかのように彼女の背に触れている。が、それでもなお、ソレアは窓から頭部を飛び出させていた。

「……おお、ソレアがいたようだ」

 ゼツボーノの意識がルナからソレアへ移る。

「ルナさんに死ねなんて言わないでください!」
「お前を食らわせよ。その魔力があれば我はより強大な力を得る」
「っ……い、嫌です、それは」
「ならばお前が諦めるまで殺すのみ」
「どうしてそんなこと言うんですか! 殺すとか! やめてください!」

 ソレアはノワールに後ろから引っ張られてもなお顔を引っ込めはしない。

「ゼツボーノさん、こんな戦いは無意味です! 何も生まれません! ですから、もうやめてください!」
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