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episode.20 トニカ・ク・ヒエテール

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「朝食お持ちしましたんで! 並べますわ!」

 アオイとトニカが朝食を部屋まで持ってきてくれた。

 さすが宿の息子、と思うほど、アオイは器用に皿を並べていく。その後ろでトニカも手伝いをしている。やはりあのミトンははめたままだが、それでも彼女なりに働き、静かに食事に使う道具を並べていた。

「……そ、れあ、さん……ぉ、は、よぅ」
「おはようございます!」

 トニカは少しだけ挨拶をしてくれた。

 奥手な彼女にはこれが精一杯なのだろう。でも、そう思うからこそ嬉しい。小さな挨拶だけでもありがたみをじんわりと感じる。

「トニカちゃんそっちやってくれる?」
「……ぁ、は、い」
「オケオケ! それそれ!」
「……うん」

 トニカはアオイとやり取りをしている時とても幸せそうな顔をしている――そんな気がする。

 微笑ましいなぁ。

 見ていてそう思う。

「これで完成ですわ!」
「素敵な料理ね~」
「おっ、そりゃ嬉しいです! ありがとうございます!」

 出された料理に一番興味を持っている様子なのはルナだった。

「また何かあったら気軽に呼んでください!」
「ありがとうございます、アオイさん」

 取り敢えず一礼しておいた。

「ほな行くで、トニカちゃん」
「……ぅ、ん」
「何か顔赤ない? 熱あるんちゃう?」
「だい、じょ、うぶ」
「ほんまに? ならいいんやけど、無理はしたらあかんで」
「……ぁ、り、がとう」

 去りゆく二つの背中は、まるで、もう結ばれているかのようだった。

 ……考え過ぎかな。

「美味しそうね! ささっと食べちゃいましょ!」

 ルナは美しい料理を前にご機嫌だった。
 どうやら彼女は食に興味があるようだ。

「ノワ様! お嫌いなものはアタシが代わりに食べますからねっ!」
「……いいよべつに」

 ――そうして美味な朝食を楽しんだのだが。

「きゃあああ!」

 食事を終えて十数分くらいが経った頃、突如、宿の外から悲鳴のような声が聞こえた。

 驚いて窓から外を見る。

 すると宿の前にいたのだ――触手が幾本も生えた化け物が。

 窓から外を見て思わず「あれって……」と呟いた。するとその横に同じように外を見に来ていたルナが渋いものを食べたような顔をして「魔の者ね」と発する。しかも、少しして気づいたのだが、触手の一本が人間を掴んでいた。しかもその人間というのが、アオイだった。

「……行かなきゃ」

 少し遅れて状況を把握したノワールは窓を開け放ちそこから効率的に外へ出ようとしたのだが、その直前、トニカが建物内から出てくるのが見えて――それによって彼の動きは停止した。

「あ、おい……」
「トニカちゃん! 今あかんて! 危ないて!」

 魔の者の触手に絡みつかれ持ち上げられながらもアオイはトニカのことを心配していた。

「逃げんかい!」

 彼は叫ぶが、トニカは見上げたまま首を横に振る。

「何言っとんねんアホやろ! 危ないねん! はよ逃げや!」

 刹那、触手一本がトニカを薙ぎ払った。

 小さな身体は軽い。それゆえ一瞬にして宙を駆け、石でできた塀に激突。その様を目撃してしまったアオイは悲鳴に似た言葉にならない叫びを放った。が、その直後に締めつけがきつくなったようで、アオイは口を開いたまま顔をしかめた。

「……めて」

 トニカはふらつきながらも立ち上がる。

「ひどい、こと……っ、しないでっ!!」

 彼女にしては力のある声。
 それと同時にその身から放たれたのは水色の光と冷たい空気の渦。

 ――そして、トニカは本来の姿を露わにした。

 結び目は見えないがポニーテールのような髪型、口と鼻はパープル系グレーのマスクを着用して隠し、体部分はブルー系のグラデーションの布に覆われて手も足も見えなくなって。

 もちろん、魔の者なのでそこそこ大きい。

 二階の窓から飛び出して抱きつけそうな大きさだ。

「いじわる……きらいっ!!」

 トニカは大量の氷の槍を宙に発生させ、それを一斉に敵に向かって放つ――それらはアオイを怪我させない絶妙な位置に突き刺さった。
 どうやらそのうちの一つが核を貫いたようで、触手の魔の者は霧になるように消滅。
 しかし触手もなくなったことでアオイは高所から垂直落下することとなってしまう――けれどもトニカもそのことは分かっていたようで、彼女はアオイが落ちてくると思われる地点まで滑り込むように向かった。

 そして、ぽすん、と。

 スライディングするようにその場所へ向かったトニカの背にアオイは着地した。

「あ、ありがとう……」

 アオイはいつもより大人しめな調子で礼を言った。

「でも、びっくりしたわ。トニカちゃんて、もしかして……魔の者やったん?」

 言われて、トニカはぴくっと身を震わせる。

 それから人の姿に戻って。

「……ぅ、ぁ、あ」

 目に涙を溜める。

「トニカちゃん!? いや、どないしたん!? 泣きたいん!?」
「……ぁ、やだ……きらわ、れる、の……いや、だ、ぁ……」
「ちょ、ちょ、落ち着いてや!?」
「……でも、まちがい、ない……とにか、にんげん、じゃ……ない、から……」

 ミトンをはめた両手を当てて顔を隠してトニカは号泣。

「……とにか、く、ひえてーる……それ、が、っ……ほん、とう、の……な、っぅ、なまえ……」

 アオイは震えながら泣くトニカの背を撫でる。

「……そっか、そうやったんや。分かった。……ありがとうな、助けてくれて、ほんまに」
「っ、ぅっ……っ、ぅっ……」
「ほんまのこと言えんで辛かったんやな。ごめん、もっと早く気づけんで。でもなぁ、トニカちゃんはトニカちゃんやもん、責めたりせえへんよ。だってもう家族みたいなもんやもん」

 温かい言葉をかけられてもなおトニカは泣き止めない――そんな彼女をアオイはそっと抱き締めた。

 やがて、雪がちらつき始める。

「泣かんといて、トニカちゃん」
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