上 下
4 / 62

episode.3 指摘する女

しおりを挟む
 ノワールは両親はもう死んでいるだろうと言った。そして、ゼツボーノのことを知っているからこそ分かる、とも。その意味は理解できなかったけれど、どうやら、ノワールはゼツボーノのことを知っているようだ。その点で、彼は何か私の助けとなる情報をくれそうな気がして。だからこそ、手放すべきではないと考えた。彼との縁を繋いでおきたい、そう強く感じたのだ。

「私は両親に会いに行きたい――それがずっと夢でした。この夢はきっといつか叶えてみせるんです!」

 そう話してみると。

「……馬鹿げてるね」

 ものすごくあっさりした返しが来た。

「そんなこと言わないでください!」
「感情的にならないでよ、べつにとめてるわけじゃない」
「え」
「ああ勘違いしないで、どうでもいいってことだから」
「そうですか……」

 ちょうどその時、見知らぬ女性が通路を歩いてきた。

 今この建物は一階と二階の広い範囲が繋がっている状態だ。階段部分は辛うじて使える、が、その他の広範囲が吹き抜けのようになっている。見晴らしは良いが何とも言えぬ見た目だ。破壊された眺めていてあまり嬉しいものではない。

 暗いブルーのスーツに身を包み眼鏡をかけた女性だ。
 真面目な雰囲気の人。
 ただ、その一方で、ネクタイが個性的な模様だったり頭の上のお団子が何段もあるケーキのような形だったり口紅が派手なレッドだったりと、少々個性的なところもある。

「貴女たち! こんな夜に男女で一体何をなさっているのですの?」

 女性は急に私とノワールがいる方へと歩いてくる。
 それもつかつかとせっかちな足取りで。

「すぐに離れなさい! まったく、穢れていますわ……」

 女性は右手の指で眼鏡の縁を押さえつつじりじりとノワールに近づいていく。

「あのさ、迷惑なんだけど」

 ノワールはきっぱりと言葉を返した。

「何ですって!? おこちゃまのくせに、なんて無礼な! 許せませんですわ!」
「うるさい、って言ってんの」
「はああ!? うるさいとはなんてことなんですの!? あんたみたいなおこちゃまが調子に乗って! 許せませんですわ! 反抗期こじらせるのもいい加減になさいな!!」

 女性の怒りのボルテージが徐々に上がってきた。厄介なことになりそう、と思っていると、彼女はやがてノワールの身体を突き飛ばした。その動きを読んでいたノワールはバランスを崩すようなことはなかったが、その時には既に女性の怒りはかなり高まっていて。

「きいいいいいい!! 生意気、生意気ですのよおおおおおおお! 許せませんわああああああ! きいいいいいいいいい!!」

 全体的にブルー系統の色で揃えていたその女性は、突如びっくりするような大きな声を発した。

 するとその身が強く光って。
 ほんの数秒で急激に巨大化する。

「これって、もしかして魔の者!?」
「そうみたいだね。……メンドクサ」

 ぶち抜かれた一階と二階の部分を埋め尽くすくらいの大きさの魔の者だ。

 眼鏡や髪型、真面目過ぎる雰囲気などは、人間の姿だった時とおおよそ変わりない。ただ変化しているところもある。まず足らしい足がなく、また、灰色の手首までの手が胴体部分を囲むように八つ浮かんでいる。それらの手のすべてが、人差し指にルージュがついているような状態だ。つまり、八つの手すべての人差し指に赤い色がつけられているのである。

「不潔不潔不潔不潔! もう! 不潔の極みですわ! 不潔不潔不潔不潔! もはや! 不潔でしかありませんわ!」

 魔の者はストレスを発散するかのように怒りを言葉に乗せて放ち続ける。

 夜なのに騒がないでよ。
 そう思うのだが魔の者を黙らせることなんてできやしない。

 ヒステリックな叫びが夜の空間に響き渡る。

「このワタクシの命令を聞かないなんて許せないですわ! 許せない許せない許せない! 生意気なやつは死ねッ!!」

 一斉に飛んでくる人差し指だけを立てた形の手。
 それらは意思を持っているかのようにノワールに迫る。

 しかしノワールは手でそれらを軽くはねのけた。

「夜中に騒ぐなよ……」

 彼は呆れ顔で魔の者と対峙している。

「このワタクシに、シテキ・ス・ルージュ様に、言い返すなんて生意気なのですわ!!」

 シテキ・ス・ルージュは繰り返し何度も手を飛ばしてくる。ノワールはそれを手ではねのけるばかりで。しかし徐々に面倒臭くなってきたようで表情が溜め息をついているかのようなものへと変わっていった。そしてやがて、一つの手を片足で蹴り飛ばす――するとそれは勢いよく本体の方へと飛んでゆき、シテキ・ス・ルージュの顔面と思われる部分に激突した。

「んぶべしっ」

 いきなり顔面に物をぶつけられたシテキ・ス・ルージュは変な音を出してしまっていた。

 その手があったか! と思い、私はベンチを持ち上げた。これで手を打ち返せば援護できるかも、と思って。まずは試し、ベンチを振って飛んでくる手を打ってみる。すると顔面は無理だったが胴部分に少しは掠った。

 それから少しして、シテキ・ス・ルージュは「きょ、今日のところはここまでにして差し上げることとするんですわ!」と少々癖のある言葉遣いで吐いた。

 そして、姿を消した。

「大丈夫ですか? ノワールさん」
「まーね」
「ああ良かった」

 怪我していなくて良かった。

 もっとも、もし怪我したなら私が治すだけだけれど。

「ベンチ振り回しなんてしなくて良かったのに」
「へ?」
「みっともないよ、そういうの」
「あ……。す、すみません。迷惑でしたよね、こんな……」

 落ち込みかけた私の耳に。

「ま、でも、キミにしたら頑張った方じゃない」

 飛び込んできたのは意外な優しさのある言葉。

「えっ……!」
「掠ってるだけでもまだ良い方でしょ」
「は、はい! そう思います!」
「でも刺激するから余計なことしない方がいいよ」
「ああー……確かにその通りですー……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。

水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。 一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。 すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。 これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。 最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...