そんなチートは要りません!

MONGOL

文字の大きさ
上 下
9 / 21

9.はた迷惑な痴話喧嘩

しおりを挟む
自他共に認めるモブ属性で恋愛経験ゼロの俺は、修羅場なんてパリピっぽいイベントを一度も経験したことがなかった。今日までは。

「仕事をやめろなんて、言われる筋合いはないぞ!」
「前から散々言っているけど、まだゲイリーも幼いし、君が無理して外で働く必要はないだろう」
「またそれだ……ゲイリーが、ゲイリーがって。
自分だって家庭より仕事ばっかりでろくに面倒も見てもないくせに、俺だけに責任を押しつけて縛りつけてんじゃねーよ!」
「君ばかりに育児の負担をかけてしまっているのは申し訳なく思っているが、俺はただ君が外で働くのが嫌で…こうやって、すぐ誘われる君のことが心配で!」
「うるせー!!もう黙れよ!俺に指図すんな!」

あーもーー!!どっちもうるさい!!

「だいたいなぁ…」

まだ続くのかとうんざりしていたら、テーブルの上のカップがガチャンと音を立てて揺れ、ようやく怒鳴り合いが止んだ。

ーー居心地の悪い沈黙が場を支配する。

ゆっくりと皆の視線を集める先には、怜悧な瞳で睥睨する漆黒の狼。先程テーブルに彼が振り下ろしたであろう拳がめり込み、無惨にもヒビが入っていた。

「エヴァンと、シリウスと言ったか。
二人で喧嘩するなら勝手にすればいいが、まずはアラタを離してくれないか。そちらの家庭内のイザコザに俺たちを巻き込まないでくれ」

普段穏やかなトーンのアレクさんとは全然雰囲気の違う、ヒヤリとするほど冷たい声音。

「ごめん…」
「騒がせてしまいすまなかった…申し訳ない」

さっきまで激しく逆立っていた毛がペタリと元に戻り、大きな背を屈めて小さくなったシリウスさんは、よく見たらエヴァンさんとお揃いの服装だった。ということは、この人も庭師なんだろうか。

「エヴァンのパートナーで、元後見人兼護衛官、今は庭師をしているシリウス・グランフォードだ」
「俺は角倉 新かどくら あらたです」
「アラタの護衛官、ルーヴ隊所属のアレクサだ。元護衛官殿ならわかるだろう?アラタはまだ昨日こちらへ来たばかりで、貴方のその姿に驚いている。デカい図体で無関係のアラタをこれ以上怯えさせるのはやめてくれ」
「そうだな…本当にすまなかった。エヴァンにも初めは散々怖がられたんだ…。もう五年も前の話で、今までそのことをすっかり忘れていたようだ。すまなかった」
「なっ!俺はそんなに怯えてねぇよ!つか、グリズリーなんて、誰だってビビる決まってるだろ!」
「こちらは保護しようとしているのに、泣き叫んで怯えて逃げ回るお前を捕まえるのはかなり大変だったんだぞ。その後だって…」
「うるせー!!俺はそんなにビビってねぇって、言ってんだろうが!!」
「うるさいのはお前だ、エヴァン」

またもや煩ぎだしたエヴァンさんは、再度アレクさんに睨まれて口をつぐんだ。懲りない人だな。

「それより、俺たち仕事で呼ばれたんだったよな。すぐに始めるよ。アラタまたあとで寄るから」
「はい、お待ちしてます」
「ほらシリウス!さっさと終わらせるぞ!」

急き立てるようにシリウスさんの大きな背中を押して出て行こうとするエヴァンさんだったが、玄関の所でまたシリウスさんに怒鳴りはじめた。

「あーお前、また鍵を壊したな!乱暴に開けるなっていつも言ってるだろーが!これで何度目だよ!」
「すまない…気が動転してて加減を間違った」
「すまないですむか、バカ!人様のうちでなにやってんだ!」

ギャーギャーとドアの前でもひとしきり騒いだ二人は、しばらくすると庭へ回ったようだ。やれやれ、やっと静かになった。

「庭師の次は、鍵屋だな」
「ハハハ…そうみたいですね」
「それにしても、こう何度も軽々しく侵入を許すとは考えものだな。やはりセキュリティーの強化が必要か。いっそドアごと替えよう。すぐに手配する」

アレクさんはすぐさまどこかへと連絡を入れ、さほど待たずに新品のドアが届けられた。
今朝門の前を掃除してくれた隊員さんと同じ服を着た二人組が、挨拶もそこそこにものすごいスピードで取り付けていくのだが、その手つきはプロ並みに手慣れている。気付いたら真新しいドアに替わっていた。早い、早すぎだろ。
あまりにも手慣れていたので聞いてみたら、転移者の家のドアはよく壊されるから修理も慣れっこになってしまったんだそうだ。そんな情報知りたくなかったけれど、実際にさっき体験したばかりだった。

ともかく、これでドアの交換も終わった。
ちなみにさっきアレクさんがヒビを入れたテーブルも、隊員さんたちが修復してくれた。貴方達は大工さんなんですか。
「じゃー、また何かあれば呼んで下さい」と笑顔で去って行く二人に、ついペコリと頭を下げてしてしまいそうになり、アレクさんに叱られるという一幕もあった。

リビングに戻り窓から庭を覗くと、ザクザクと庭を掘り返すシリウスさんが見えた。その掘り返すスピードがとんでもなく早い。熊って穴掘り好きなんだっけ。
穴を掘り終えたシリウスさんは、そのまま素手で木を植えている。ものすごいワイルド。あれだけ怪力なら重機とかいらないよな。こっちに重機があるのか知らないけど。
少し離れた所では、エヴァンさんが花壇を作っているようだ。
結構な広さがあった庭が、二人のお陰ですっかり綺麗になっていく。

二人を待つ間、俺はさっきのシリウスさんの態度について考えていた。

チャラ神の呪いの祝福で、子供を産んだエヴァンさん。その後、セックスレスになって相手の態度が変わったことを、とても気にしていた。
でも、シリウスさんはエヴァンさんに関心がない訳じゃなくて、その逆でかなり執着してると思うだよな。そうじゃなきゃ、あんなに必死に追いかけてくるとは思えない。そして、あの俺に対する威嚇はどう見ても嫉妬だった。
エヴァンさんの方も、なんだかんだ愚痴を言いつつシリウスさんのことが好きなんだろうなと、会話の端々から感じた。
個人的にはあの二人にうまくいって欲しい。
それにまだ見たこともない二人の子供のことも気になる。

「どうしたんだ?」
「え?」
「さっきからずっと、なにか考え事をしているだろ」
「えーと…。アレクさんは、あの二人がお互いに嫌い合ってると思いますか?」
「すまない、俺にはよく分からない」

それもそうだよね。だってさっき会ったばかりだもん。

「仮にもしお互いに嫌いであったとしても、あの二人のことならアラタが心配することもないと思うぞ」
「それはそうですけど…」

心配するな言われても、目の前であんなに落ち込まれては気になってしまうよな。

「シリウスはエヴァンの護衛官だったから、もともと相性は悪くないんだ。祝福の消失により関係が冷めていても別れることはそうそうないんじゃないか?」
「その祝福と相性は関係があるんですか?」

誰にでも効果のあるはずのチャラ神の祝福にも、相手との相性があるとは驚きだ。もしかして相乗効果的なものとか?
アレクさんは俺の質問に少し考える仕草をした後、答えてくれた。

「これはあまり一般的には知られていないことだが、転移者がこちらに渡ってくる時、近くにいた者が神によって選ばれた相手であり、その転移者と一番相性がいいと言われている。俺たちが保護した対象の護衛官として付くのはこの為でもある。
実際にシリウスあの男も一緒かは知らないが、俺はアラタが来た時、呼ばれたような感じがしたんだ」
「それって、俺がアレクさんを呼んだってこと…?」
「そうかもな。もしかしたら、俺の勘違いかもしれないが。
でもあの時、俺は確かにアラタの元へ行かなければこの先一生後悔するだろうと思った。そして他の誰かにアラタのことを譲りたくないともな」
「アレクさん…」

アレクさんの漆黒の瞳が俺を映して細められる。その瞳の中には、情けない俺の顔が映っていた。
だって気付いてしまった。

ーーアレクさんは俺を見つけた時、後悔したんじゃないだろうか。

聞いてみる勇気なんてない。
もしこの人に嫌われたら、俺はこの世界に来たことを絶対に後悔する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...