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引っ越し願望

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「シルヴェール様」
「あぁ、アレックス。夜だというのにどうしたんだい?」

 はっきり言えば今来られるのは超迷惑なんだけど……。これから父上にナイトが使っていた石緑宮に移りたいと直談判するつもりなんだけど?

「父が何やら怪しい行動をしていたので様子を見ていたのですが……。報告は要らないってことでよろしかったですか?」
「──ちっ……。アレックス、もしかしてナイトに何かしたのか?」
「舌打ちはお止めください。とりあえず何もありませんよ。どうやら父よりもランドルフ伯の方が上手だったようで……。いつの間にか邸はもぬけの殻だったようです」

 いつの間にかって……。門を通ってないと言うことか? それとも門番を買収した? ……しかし大人数を誰も見ていないとすれば、バラバラで出ていき、どこかの町で落ち合うと言うことなのだろうか。
 でもあの彼がそんな面倒な手を選ぶとは思えないのだが──。

「そう、ありがとう……。そうなるとナイトも無事旅立ったと言うことだね」
「恐らくは……」

 ナイト──。可愛い、可愛い私の弟。愛しい、愛しい私の弟。今すぐやっぱり旅は辞めたー! と言って、戻ってきてくれないかな……。側に居て欲しい。ずっとずっと、私の側で、腕の中に──。ずっと……。

「ところでシルヴェール様はこの様なところに何用で?」
「父上に宮の移動を願おうと思ってね……」

 私が歩き出すとアレックスも後ろをついてきた。

「殿下が無事旅立たれたと言うのに相も変わらず引いてしまうほどのブラコンはご健在なのですねぇ……」
「うるさい。ナイトは死ぬまで私の腕のなかで穏やかに暮らさせるつもりだった。なのにあのバカとアホが! ついでにお前のところの色ボケが!」
「ソレについては申し訳ございません。初めて会った3歳の殿下に一目惚れと言うアホな父には母と妹を含めた家族一同が恥ずかしく思っております──」

 アレックスは苦笑いをしていた。まぁ、そうだろう。父親が赤ん坊……と言うか幼児に一目惚れ。しかも相手は男の子だ。ナイトは幼い頃から欲目無しでそれはもう可愛い。美少女と言っても過言ではない程に可愛らしい。この国一番の美少女になれたはずだ。性別が女であれば……。
 まぁ、宰相の手に入れたい気持ちも、アレックスの呆れ返る気持ちも良く分かる。うちの父上も見目麗しいランドルフ伯の嫡男に一目惚れをしていたからな。
 面倒な手を使ってナイトの母を手に入れたのに、またしても面倒な家の者を好きになるとか生粋のバカなのだろうか。ナイトの母。辺境伯の末子……今は代替わりしたから末弟であるマリウス様。彼もナイトと同様に女であれば絶世の美女と言われる方だが、父はその彼の婚約者の家を冤罪で取り壊し、一族を処刑にした。異を唱えたのは辺境伯である前ガルシア伯と隣の領である前ランドルフ伯。帝国からの攻撃を守る要所の公達を父は知ってか知らずか敵に回した。

 私が生まれる前後の事なのだから何もできないのは確かだが、はっきり言えば胃が痛い。

 そしてその怒らせると怖い2人が後見人としてナイトについているにも関わらず、うちのバカとアホが毎日のようにナイトに喧嘩を売っている。本当に考え無しなところがバカとアホたる所以なのかもしれない。とはいえども幼い幼児に計算問題を出すとかどういう事だよ!

 マジで胃が痛い。

 先程も言ったがガルシア伯は代替わりしたが、現・辺境伯はマリウス様の兄君なのでこの国の現状はなんら変わらない。嫌われたままだ。強いて言えばガルシア伯は王家の招集に対して辺境伯の特権で無視。あの日以降、一切顔を出すことはしない。気になって調べてみるとガルシア伯はランドルフ領の警備も行い、代わりにランドルフ伯が王都に滞在していた。更にはランドルフ領の警備は前ガルシア伯が担っているそうだ。いや、語弊があるか。今はどうなのかわからないが前ランドルフ伯夫妻と前ガルシア伯が何故か同居して仲良く暮らしていた。
 調べれば調べるほどガルシア伯の一族に王家は物凄く嫌われていると言う事がわかった。ガルシア伯の長男は騎士としての腕は素晴らしいのだが父親の補佐のため王都へ来るのはお断りとなっている。一応、辺境伯の次男であるジェラールが魔導師団副師団長となっていたがナイトの事で異を唱えたガルシア伯とランドルフ伯の責任をとらされる形でそれぞれの息子であるグレンとジェラールは退職となった。完全に喧嘩を売っている。

 あー、やっぱり父上のグレンを手に入れたいと言う欲が勝った故の采配ミスなのかな──。

 どうせ色ボケなのだから「団長でいたければ余のものになれ──」とでも言うつもりだったんだろう。相手はいつ辞めようかと親子でタイミングを探っていたのに……。読みが甘すぎる。

 このダメ親父と言うかクソ親父が!

「そしてとうとう頼みの綱であったランドルフ伯もこの王都から出ていったか……」
「近いうちに最強の小国の誕生ですかね」

 その言葉に私はこの国の行く末にため息をついた。


   ◆


「父上、失礼いたします。遅くに申し訳ありません」
「シルヴェール、こんな時間にどうした」
「父上に個人的なお願いがございまして──」

 ニッコリと笑みを浮かべて言えば続けろと顎で言ってきた。イラつくわぁ~……。私の胃の痛みの半分は父上のせいなのに──。

「ナイトが使っていた石緑宮に移り住みたいので許可をいただきに参りました」
「なぜ?」

 なぜってよくそんなワケわからんって顔できるな、おい! というか、あんたが私の元気の源を奪ったからだろうが! ……なんて喉から出そうになるその言葉を思わず飲み込んで我慢した。いやぁ、顔が変形するくらい殴りたくなったから俺は本気で恨んでるのかもなぁ──。

「さすがに私も兄上たちのフォローに疲れてきまして、白亜よりも奥地にある石緑宮で緑に囲まれ朝と夜くらいは穏やかに過ごしたくなりまして──」

 移動には不便な場所だがあの場所にはナイトが使っていた調度品がたくさんある。ソレだけでも魅力度は高いと言うものだ。

「良かろう……。好きにするがよい」
「ありがとうございます」
「だが交換条件がある──」


   ◆


「シルヴェール様、宜しいのですか?」
「何がだ?」
「交換条件についてでございます」

 交換条件か……。思わず明後日の方向を見つめてしてしまうのは仕方ない。
 父上が先程の説明の時に、最近城の周りのモンスターも強く、数が増えた事を話始めた。事実上、モンスター討伐に関して頼みの綱だった第四騎士団は団長であるグレンをクビにしてからと言うもの団員たちが団長が変わるならと騎士団内の移動ではなく引退すると騎士そのものを辞め、田舎へと帰っていくものが多かったのだ。つまりは金は手元に残る分、騎士の数が少なくなったと言うことだ。個人的に調べたら辞めた全ての団員が一度田舎に帰って家族や親族をつれてランドルフ領へと移動を開始したと言う。
 ランドルフ伯は知ってか知らずか日々何事もなく過ごしていて、たぶんグレンが水属性というのが広まった頃を境にこの国中の水属性と土属性がランドルフ領へ移り住んだので人が増えたと言う報告は父上の手元には上がってこないのだろう。領地の運営は父上が喧嘩を売ったに等しい領地の主。そしてその前ランドルフ伯は王都で目を光らせて帰らない彼のために率先して運営を執り行っているのだから父上のもとに報告が上がってくるわけがない……。
 良いなぁ、私の父が前ランドルフ伯や現ランドルフ伯なら幸せだっただろうな……。年下とはいえグレンは綺麗で聡明で優しいし、強いし、何よりもバカでアホじゃないし……。そもそも私は貧乏くじを引きすぎではないか? ……あぁ……逃げたい。

 第三王子なんて称号は熨斗付けて誰かにくれてやりたい。

 とりあえず扱いやすいと言うことで選ばれたお飾りの第四騎士団の団長が決まると同時にグレンの補佐をしていたゼノとアンドレアが「自分達はグレンのお目付け役、従者なので傍から離れられないため」と言うなんとも素晴らしい理由で辞めると更に団員が辞めた。簡単に言えば第四騎士団は壊滅である。それと同時に女性だけで組まれた第八騎士団は相棒と呼べる第四騎士団のメンバーが消えたことで男尊女卑が一層強まり、こちらは全員が辞めて誰もいなくなった為に既に解体された。彼女たちが潔く騎士を辞めたことで困ることになったのが王妃含む女性王族の警護だ。女には女特有の習慣がある。男には見せたくないものだってあるだろうし、それなりに彼女らにだって恥じらいだってある。それを何でか男の騎士が理解できないのだ。第三王女以下が憤っているのをここ最近は特に目にするようになった。

 第四と第八以外の騎士はバカばかりか!

 強いとされてきた第四騎士団がなくなり、春へ移り変わると各所でモンスターがゆっくりと動き始めたことにより人々は不安なのだろう。そんな不安を象徴するかのように昔話の邪神が復活するのでは無いかと巷で噂になっているそうだ。この声は大きくなる一方で王家としてもどうにか早く鎮静させたい。そこで上層部が思い付いたのが異世界から人を連れてくる召喚と言う古代の魔法なわけだ。術式は師団長がやるらしいのだが当の本人は人権無視なのではないか? と、かなり否定的だ。

 本当にそれ、拉致と何が違うの?

 あー、魔導師団長までも敵に回すってこの国はさすがに終わったわ……。召喚に立ち会うのは兄上達だったのだが、さすがに父上もここ最近のバカさ加減、アホさ加減に気が付いたのだろう。俺にフォローしてやってくれと言ってきた。本音を言えば「嫌」の一言だが、それでナイトが使っていた宮に移れるなら仕方ない。きっと俺が今日言わなかったら明日、命令と言って褒美もなく立ち会わされてただろう。

「あのバカ共がなにもしなければ良いだけだろう? 見守るだけさ。アレックスも私の補佐として立ち会うのだろう?」
「本音を言えばお断りしたいですよ。拉致と言う犯罪に加担したくありませんからね」

 あいつらが何もしなければこんな楽なものはない。父上はフォローしろと言ったのだ。フォローなんて毎度の事。慣れている。強いて言えばフォローしない日などないのだから──。私だって本音を言えば拉致する事に加担はしたくないが、宮の移動の為には仕方ない。

 召喚された犠牲者人間のためにもちゃんとフォローするし、ちゃんと見守るさ──。そのあとの事は知らないけども。そしてこの国を切り捨てられるように俺自身も情報を集めなくてはいけないかな……。とりあえずナイトの母であるマリウス様と様子伺いとしてナイトの兄として話でもしてみようかな。

「ナイトは今、どこでどうしているんだろうね……。食事を嫌っているけどちゃんとご飯を食べているだろうか。元気なのだろうか。あぁ、今すぐ会いたいなぁ──」
「シルヴェール様……。本当にブラコンですねぇ」

 アレックスは呆れたようにそう言った。

 ナイトを愛して何が悪い! そうだ、どこかの国に亡命したらナイトを探す旅をしよう! 私は将来の夢を手に入れた──。




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