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第25話 14年越しの真相
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ロザリンドは、エドの話を聞いて頭が真っ白になってしばらく口が聞けなかった。戦争だなんてなんでまたそんな? 一体何を考えているの?
「バカ言わないで。どうしていきなり戦争になるのよ? 友好のために婚姻関係を結んだんじゃないの?」
「そんなのいつでも反故にできますよ。隣接した国同士の関係は複雑怪奇です。古今東西、歴史的に見ても、隣国と円満な関係を結んでいる方が希少なくらいです。外交とはニコニコと握手をする裏でドンパチしている、そんなものでしょう」
前にレグルスも似たようなことを言っていたのを思い出す。しかし、どうして戦争なんて無意味なことをやろうとするのだろう?
「タルホディア人の持つ異能が欲しいんですよ。季節を問わず作物を実らすことができるでしょ。この能力は無限の可能性を秘めている。何より国民の栄養状態や食生活が飛躍的に向上する。為政者なら喉から手が出るほど欲しいと思います」
「それなら婚姻関係を結んで友好的ムードを作り出して技術提供してもらおうとは思わないの? その方が平和的にできるし、現実的では?」
「現実的かどうかは正直分かりませんね。友好的に行くか、敵対的に行くか、どちらが近道なのか色々想定したのでしょう。タルホディアの戦力を推し量り、どのルートが勝算あるか綿密に考えたはずです」
「それならカルランスに勝ち目はないわ。獣人の戦闘力は人間をはるかに凌駕しているもの」
「そこであなたの存在ですよ。レグルス帝はあなたを本当に大事にしている。そんな中、カルランスとタルホディアが戦闘状態になり、あなたが板挟みになって窮地に立たされる展開を皇帝が望まれると思いますか?」
ロザリンドは、ごくりと唾を飲んだ。レグルスは優れた皇帝だ。だが、ロザリンドを犠牲にしてまで冷徹な判断ができるだろうか? どちらの決断をしても、一番苦しむのは彼自身ではないのか?
「あなた達が使節団としてタルホディアを訪問したのは、それを調べてくるためだったのね。やっと理解した」
エドは表情一つ変えず、何も言わなかった。それは肯定の意思表示だろうとロザリンドは解釈した。
「私の独断ではありましたが、こちらの手の内はある程度明かしました。どうか国王陛下にお会いになって下さい。もしこの事態を打開したいのなら、会っていただいて本人を説得するしかありません。どうかお願いします」
「分かりました。あなたに着いて行きます。国王みずからこの国に来たのが本当なら、向こうも相当の覚悟をしているということでしょうから」
ロザリンドはようやく決意した。自分が何かの役に立てるとは思えないが、レグルスのためとあらば勝手に体が動いてしまう。こればかりはどうしようもなかった。言われた通り、エドが用意した馬車に乗り込む。そこに彼も同乗して目的地へ向かうこととなった。
「申し訳ありませんが、目的地は秘密にしなければならないので目隠しをさせてください。ご不便をおかけしますが、到着したらすぐに外しますので。どうかご無礼をお許しください」
ロザリンドはおとなしく従った。タルホディアの貴族の中にカルランスの協力者がいるということだろう。強硬派に属する者かもしれない。国王がいるのはその貴族が所有する別荘か何かだろうか。
視覚が遮断されているので詳しいことは分からないが、十分ほど経ったところで、舗装された石畳からでこぼこした土の道へ変わったことが音と振動の変化から分かった。
馬車の中では二人ともずっと無言だった。目隠しをされているせいか、馬車が走る音と振動がやたら気に障る。そのうち、何も話さないのが不自然に思えてきたロザリンドがふと口を開いた。
「どうしてあなたはこの仕事をしてらっしゃるの?」
「……国王陛下に指名されたのです」
「そうじゃなくて、あなたには何かメリットがあるの?」
「……仕事ですから」
エドはこれ以上何も話さず、ロザリンドも聞いてくることはなかった。
時間の感覚がはっきりしないが、一時間ほどで馬車は停止した。エドに手を引かれ建物の中へと入って行く。部屋の中に入ってからやっと目隠しを外された。
「ロザリンド、久しぶり。来てくれてありがとう」
確かに目の前に国王がいた。本当に国境を越えて来たのだ。あらかじめ伝えられていたとは言え、それでもロザリンドは驚いた。エドの言っていたことは嘘ではなかった。
「ここに来るまでの間に、粗方私の方から説明させていただきました。何も説明せずにロザリンド様を説得するのは不可能なので」
「許そう。ご苦労だった、ターナー」
エドは静かに礼をして後ろに下がった。改めて国王と対峙する。お互い親子の絆は感じていない。何の感傷もないあっさりした再会だ。ここで、国王と父親のどちらの礼を取ればいいよいのか迷ったが、形式上王女ということになっているので、ここは親子として振る舞うことにした。
「まあ、そう固くならなくていい。まずは座ろう」
「これが固くならずにいられますか? 国王自ら極秘に外国に来るなんて異常事態です。そこまでして私に会う意味とは何なのでしょう?」
今のロザリンドには丁重さを取り繕う余裕はない。国王はじっと彼女を見てから答えた。
「それはさっきターナーから聞いただろう?」
「聞きましたが、にわかに信じられません。婚姻関係を結んだそばから、実際にはまだ式すら挙げてないのに、戦を検討してるなんて?」
「まだ正式に結婚したわけじゃないからだよ。今なら引き返せるだろう? お前を取り戻した上で宣戦布告もできる」
「でも、父上にとっては、私がここに残る方が都合がいいのでは?」
「ほう。なぜそう考える?」
「レグルス帝の抑止力として私を利用できるからです。私に気を使って攻撃の手を緩めるかもしれないでしょう?」
「もしそうなったら、お前は辛い立場に立たされる。私がそんなことを考えるとでも思ったか?」
「実際そうしたじゃありませんか? 母上を処刑して私と親子の縁を切って。今更父親づらをするおつもりですか?」
これには背後に控えていたエドもハッとして息を飲んだ。ロザリンドがここまではっきり発言するとは思わなかったのだろう。しかし、国王の方は眉一つ動かさずロザリンドの訴えを受け止めた。
「君は……、あの時まだ10歳だったか、それじゃ知りようがないな。私たちの愛の深さには」
「はあっ!? 何をおっしゃるんですか? 愛の深さですって? 無実の罪で母は処刑されたと言うのに!?」
「子供の君の目にはそう映ったんだろうが、あれは、全てを受け入れてから亡くなった、無実と言うのはその通りだ。彼女は私一筋だった」
ロザリンドは、国王が突然気が触れたとしか思えなかった。彼は母の潔白を知っていたのだ。それならなぜ?
「あなたが母をなじっていたのも覚えてますよ。誰かと会っていたことを責めていました。あれは不貞を責めていたんでしょう?」
「表向きは不貞ということになっているが、実際はそうではない。彼女は実家と通じていた。彼女の腹違いの兄は獣人で、タルホディアで謀反を起こし処刑された。彼女もその煽りを食らって責任を取るように要求されたんだ。当時のタルホディアの皇帝に」
「は……、何を言ってるの? それはレグルス陛下の父君のこと!?」
ロザリンドは、眉一つ動かさない父王の顔を穴が開くほど見つめたが、彼の表情からは何も読み取れなかった。
「バカ言わないで。どうしていきなり戦争になるのよ? 友好のために婚姻関係を結んだんじゃないの?」
「そんなのいつでも反故にできますよ。隣接した国同士の関係は複雑怪奇です。古今東西、歴史的に見ても、隣国と円満な関係を結んでいる方が希少なくらいです。外交とはニコニコと握手をする裏でドンパチしている、そんなものでしょう」
前にレグルスも似たようなことを言っていたのを思い出す。しかし、どうして戦争なんて無意味なことをやろうとするのだろう?
「タルホディア人の持つ異能が欲しいんですよ。季節を問わず作物を実らすことができるでしょ。この能力は無限の可能性を秘めている。何より国民の栄養状態や食生活が飛躍的に向上する。為政者なら喉から手が出るほど欲しいと思います」
「それなら婚姻関係を結んで友好的ムードを作り出して技術提供してもらおうとは思わないの? その方が平和的にできるし、現実的では?」
「現実的かどうかは正直分かりませんね。友好的に行くか、敵対的に行くか、どちらが近道なのか色々想定したのでしょう。タルホディアの戦力を推し量り、どのルートが勝算あるか綿密に考えたはずです」
「それならカルランスに勝ち目はないわ。獣人の戦闘力は人間をはるかに凌駕しているもの」
「そこであなたの存在ですよ。レグルス帝はあなたを本当に大事にしている。そんな中、カルランスとタルホディアが戦闘状態になり、あなたが板挟みになって窮地に立たされる展開を皇帝が望まれると思いますか?」
ロザリンドは、ごくりと唾を飲んだ。レグルスは優れた皇帝だ。だが、ロザリンドを犠牲にしてまで冷徹な判断ができるだろうか? どちらの決断をしても、一番苦しむのは彼自身ではないのか?
「あなた達が使節団としてタルホディアを訪問したのは、それを調べてくるためだったのね。やっと理解した」
エドは表情一つ変えず、何も言わなかった。それは肯定の意思表示だろうとロザリンドは解釈した。
「私の独断ではありましたが、こちらの手の内はある程度明かしました。どうか国王陛下にお会いになって下さい。もしこの事態を打開したいのなら、会っていただいて本人を説得するしかありません。どうかお願いします」
「分かりました。あなたに着いて行きます。国王みずからこの国に来たのが本当なら、向こうも相当の覚悟をしているということでしょうから」
ロザリンドはようやく決意した。自分が何かの役に立てるとは思えないが、レグルスのためとあらば勝手に体が動いてしまう。こればかりはどうしようもなかった。言われた通り、エドが用意した馬車に乗り込む。そこに彼も同乗して目的地へ向かうこととなった。
「申し訳ありませんが、目的地は秘密にしなければならないので目隠しをさせてください。ご不便をおかけしますが、到着したらすぐに外しますので。どうかご無礼をお許しください」
ロザリンドはおとなしく従った。タルホディアの貴族の中にカルランスの協力者がいるということだろう。強硬派に属する者かもしれない。国王がいるのはその貴族が所有する別荘か何かだろうか。
視覚が遮断されているので詳しいことは分からないが、十分ほど経ったところで、舗装された石畳からでこぼこした土の道へ変わったことが音と振動の変化から分かった。
馬車の中では二人ともずっと無言だった。目隠しをされているせいか、馬車が走る音と振動がやたら気に障る。そのうち、何も話さないのが不自然に思えてきたロザリンドがふと口を開いた。
「どうしてあなたはこの仕事をしてらっしゃるの?」
「……国王陛下に指名されたのです」
「そうじゃなくて、あなたには何かメリットがあるの?」
「……仕事ですから」
エドはこれ以上何も話さず、ロザリンドも聞いてくることはなかった。
時間の感覚がはっきりしないが、一時間ほどで馬車は停止した。エドに手を引かれ建物の中へと入って行く。部屋の中に入ってからやっと目隠しを外された。
「ロザリンド、久しぶり。来てくれてありがとう」
確かに目の前に国王がいた。本当に国境を越えて来たのだ。あらかじめ伝えられていたとは言え、それでもロザリンドは驚いた。エドの言っていたことは嘘ではなかった。
「ここに来るまでの間に、粗方私の方から説明させていただきました。何も説明せずにロザリンド様を説得するのは不可能なので」
「許そう。ご苦労だった、ターナー」
エドは静かに礼をして後ろに下がった。改めて国王と対峙する。お互い親子の絆は感じていない。何の感傷もないあっさりした再会だ。ここで、国王と父親のどちらの礼を取ればいいよいのか迷ったが、形式上王女ということになっているので、ここは親子として振る舞うことにした。
「まあ、そう固くならなくていい。まずは座ろう」
「これが固くならずにいられますか? 国王自ら極秘に外国に来るなんて異常事態です。そこまでして私に会う意味とは何なのでしょう?」
今のロザリンドには丁重さを取り繕う余裕はない。国王はじっと彼女を見てから答えた。
「それはさっきターナーから聞いただろう?」
「聞きましたが、にわかに信じられません。婚姻関係を結んだそばから、実際にはまだ式すら挙げてないのに、戦を検討してるなんて?」
「まだ正式に結婚したわけじゃないからだよ。今なら引き返せるだろう? お前を取り戻した上で宣戦布告もできる」
「でも、父上にとっては、私がここに残る方が都合がいいのでは?」
「ほう。なぜそう考える?」
「レグルス帝の抑止力として私を利用できるからです。私に気を使って攻撃の手を緩めるかもしれないでしょう?」
「もしそうなったら、お前は辛い立場に立たされる。私がそんなことを考えるとでも思ったか?」
「実際そうしたじゃありませんか? 母上を処刑して私と親子の縁を切って。今更父親づらをするおつもりですか?」
これには背後に控えていたエドもハッとして息を飲んだ。ロザリンドがここまではっきり発言するとは思わなかったのだろう。しかし、国王の方は眉一つ動かさずロザリンドの訴えを受け止めた。
「君は……、あの時まだ10歳だったか、それじゃ知りようがないな。私たちの愛の深さには」
「はあっ!? 何をおっしゃるんですか? 愛の深さですって? 無実の罪で母は処刑されたと言うのに!?」
「子供の君の目にはそう映ったんだろうが、あれは、全てを受け入れてから亡くなった、無実と言うのはその通りだ。彼女は私一筋だった」
ロザリンドは、国王が突然気が触れたとしか思えなかった。彼は母の潔白を知っていたのだ。それならなぜ?
「あなたが母をなじっていたのも覚えてますよ。誰かと会っていたことを責めていました。あれは不貞を責めていたんでしょう?」
「表向きは不貞ということになっているが、実際はそうではない。彼女は実家と通じていた。彼女の腹違いの兄は獣人で、タルホディアで謀反を起こし処刑された。彼女もその煽りを食らって責任を取るように要求されたんだ。当時のタルホディアの皇帝に」
「は……、何を言ってるの? それはレグルス陛下の父君のこと!?」
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