迷子の正体は高位魔族！？不遇だった私が触手に捕らわれ、強引すぎる求婚で幸せにされちゃいます

後日談

１５．穏やかならざるもの

　シンシアの呼びかけに、侵入者たちはサッと振り向いた。

　屈強そうな大男二人に驚いた様子はみられないが、おそらくリーダー格であろう眼鏡を掛けた聖職者風の男は、シンシアの姿を認めた途端に神経質そうな切れ長の目を大きく見開く。

「ほ、本当にいた……。こんなに大切そうに自らの領域に仕舞い込んで……。にもかかわらず、今、奴の姿も気配も無い……。……くく……ふっふふふふ、馬鹿め……！」
「？　なにをブツブツ笑って……？」

　シンシアには聞き取れない声量で何かを呟きながら一人で笑いだした不審な男。

　本能的に思わず後ずさったが、男に気にする様子はない。

 「ふふふ……頭の足りない冒険者共に小金を掴ませて偽の探索依頼をし、奴の食事周期に合わせて囮としてこの森に放り込んだ甲斐があったというものです。……今頃は餌として惨むごたらしくに喰い殺されているでしょうが……くくっ、そのおかげで我々はここまで安全に辿り着くことができました。彼らの犠牲には感謝しなければなりませんねえ」

　その男はシンシアの反応など目に入らないかのように──自らの見立ての正しさが証明され、内心得意の絶頂である彼の目には本当に映っていないのだが──本人以外には全く聞き取れない独り語りを続け、シンシアを悪寒で震えさせた。

「へえ、この女がねえ」
「聞いてたよりずっと上玉じゃねえか？　遊び甲斐がありそうだあ」
「まあ待ちなさい。お前たち、本来の目的は忘れていませんね？　早まった真似は許しませんよ。……ふっふふふ」

「な、何なんだ、あんた等らは……」

　先ほどから訳の分からない眼鏡の男も、シンシアを見てニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる柄の悪い二人の男も、気色が悪くて仕方がない。
　彼女は訳が分からないながらも、嫌悪感と警戒心を募らせた。


「ふふ……さて、貴女が本当に見込んだ通りの人材かどうか。私ワタクシの仮説を完全に証明するため、少しばかり『検証』に付き合ってもらいます」


 チュインッ


「え？」


　眼鏡の男がそう言うが早いか、シンシアの耳横を何かが掠めた。


「っ！？」


　一瞬視界に捉えたそれは、おそらく高速で放たれた光の弾。
　結晶の壁に残された弾痕がその威力を物語っている。

（これは、聖魔法！　それもかなり強力な……！）

　シンシアの肌を冷や汗が伝う。


「私ワタクシと、少しばかり遊んでいただきます」


　男は、掲げた掌に白く輝く魔力を集束させた。



　＊ ＊ ＊ ＊



　一方、巣から数里ほど離れた森の中。


「……は？」


　半ば義務的に食事を終え、一息ついていたラーシュは、何かを感知したかのようにピクリと身体を揺らした。


　辺りは、鬱蒼とした木々が織り成す暗闇に覆われている。

　普段はそこに紛れるはずの黒い瞳は、いつの間にか禍々しい青色に燃え、闇の中に煌々と輝いていた。

　それは、一見冷静に見える彼の内面に吹き荒れている激情を示しているようで。


　彼は、チッ、とひとつ舌打ちをした後、辺りに散らばる食事の残骸に一瞥もくれずに地面を蹴ったのだった。


「……殺す」


　見た目にそぐわぬ重く低い呟きが響いた時、すでにその場には誰もいなかった。