上 下
33 / 40

33.収拾

しおりを挟む
  泣きじゃくる殿下の言は、おおよそ次のようなものでした。


  人として王子として自分がいかに至らぬ器であったか、今ようやく思い知った。
  だが俺にはまだ王の座についてやりたいことがあるんだ。
  このまま失脚などしたくない。

  この国を取り巻く種々の問題を解決し、繁栄させて大陸一豊かな国にしてみせる。
  そうして民衆の末端に至るまでが飢えることなく、幸福に暮らせる理想の国を実現したいと、ずっと夢見ていたのだと。

  未熟な部分は必ず直してみせる、だからもう一度だけチャンスが欲しい。

  お前がここで許してくれれば、陛下のお心も動かせるかもしれない、と。

  そうわたくしに懇願なさるのでした。


「わ、わたくしも反省して!悔いておりますわ!」
「お、俺も!」
「私もだ!」

  そこにコンチュ様までもが憐れっぽく便乗したのを皮切りに、側近候補や取り巻きの生徒たちも続々と後に続き、混沌の様相を呈する会場。

  わたくしは思考を整理するため、一度目を閉じて俯きました。

(全て、全てが今さらですわ。いかにご立派な志でも、掲げるだけなら誰にでもできること。そんな青い未熟果のような理想を語られたところで……。)

  そもそもがわたくしの一存で決められるものではありませんし、今まで受けてきた数々の仕打ちのことを思い返せば、安易に許せるものでもありません。

  ですから、わたくしからは最後にピシャリとひとこと言って溜飲を下げさせていただこうと、大きく息を吸い込みました。

  そして。


「まったくもう、仕方がないですわね!許して差し上げるのは今回だけですわよ!」


  真逆の言葉を口にしたのでした。


「ええっ!?!?」


  おそらく、その場にいた皆さま全員の声が重なったことでしょう。

  当のわたくしはというと。


(し……しまったーーーー!やってしまいましたわ!!)


  もちろん、焦りに焦っておりました。


  それは恐らく甘みの強いバナナから人間に転生したことが原因である、わたくしの悪い癖。

  他人に対してどんなに厳しくしようとしても、最後の最後、肝心なところで突き放しきれずに甘々な対応をしてしまうのです。

(所詮……所詮わたくしなんて、世界中の皆様に深く愛されたというだけの、甘くて美味しいくらいしか取り柄のない、一介のキャベンディッシュバナナ……。)

  だからといって最も重要な場面でこんな……こんなのはもう、呪いでしかありません。

(で、でも大丈夫!今ここにいるのはわたくしだけではありませんもの!
氷のごとく冷徹な采配をなさると評判で、陛下直々の任を賜るほど聡明なブルーノ卿なら、このうに突飛な状況でも冷静かつ厳正にご対応くださるはずですわ……!)

  彼は、その美しいかんばせに険しさを滲ませて口を開きました。

「キャスリン嬢、貴女は優しすぎる。そこに付け込んで許されようなどと……まったく、この期に及んで困った方々だ。」

  そして一呼吸置くと、非情な眼差しで彼らに宣告したのでした。


「だがまあ反省していることだしな!次からは気をつけるように!」


「ええ~~~っ!?!?」


  今度はわたくしも会場の皆さまと一緒に叫ぶことになりました。

(そういえば……。)

  わたくしは前世の知識を思い起こします。

  ブルー・ジャヴァ・バナナ、別名はアイスクリームバナナ。

  成熟前の涼しげな外見による印象とは裏腹に、アイスクリームのごとくふわふわと口内で溶けるような柔らかさを持ち、また多少酸味が強いながらもバナナらしい甘さも併せ持つ。

  つまり、とっても柔らかくて甘い品種なのですわ!

(……いえいえいえ、だから何ですの!?
本物のキャベンディッシュ・バナナから転生したわたくしならまだしも、彼はブルー・ジャヴァにの普通の人間。そんなどうしようもない性質までそっくりだなんて、どう考えたっておかしいですわ!)

  しかし、ブルーノ卿を見やれば、先ほどのわたくしと同じく「や、やってしまったー!」とでもいうような顔をなさっておられます。


(あり得ないとは思いますけれど……でも、これはまさか……もしかして……?)


「お、お二人のご慈悲に感謝しますわ!じ、じゃあそういうことで……。」 

  困惑するわたくしをよそに、わたくしとブルーノ卿の顔色を窺いながら、じりじりと後ずさりするコンチュ様。

「そうか、許してくれるのか……!」

  そして、感涙するジェフリー殿下。

(い、いけない!このままでは場が収まってしまいますわ!)

  そんなことになったら、今後の処理にも陛下のご沙汰にも影響を及ぼしかねません。

  わたくしが内心で冷や汗をダラダラとかき始めたときでした。


「いやそれで済ませるわけなかろうが!!!」


  突然、クリスお兄様の怒号が会場中に響き渡ります。

「!?えっ…?」

  温厚な性格で、かつお体の弱いお兄様がこんなに大きなお声を出すのは、わたくしの知る限り初めてのこと。
  会場の皆さまと同様に目を瞬かせるしかありませんでした。

「げほっ、妹に与えた数々の屈辱!絶対に許さないからな!!!……けほっ。
……この件は我が侯爵家から正式に抗議させていただきますゆえ、断固として有耶無耶になどさせません!
然るべき対応をいただけるよう全力で訴え出ますので、ご覚悟を……ゴホゴホッ。」
「お、お兄様?あまり叫んではお体に……。」
「キャスリン。あなたは少し大人しくしていてね?」
「は、はい、お姉さま!」

  とにかく宥めようと近づいたわたくしに、別の方向からピシャリとお声がかかりました。
  平素の柔らかさとはまるで違う空気を纏うミシェルお姉さまを前に、すごすごと引き下がらざるを得ないわたくし。

「……ではバルビシアーナ卿、恐れながら、後をお願いしても?」
「ああ、任されよう。」

  そしてお姉さまの呼び掛けに応える声とともに、会場の陰からもう一人の人影が現れました。

「お、お姉様?その方は……。」
「げっ……コホン。兄上!?」

  悠然と進み出て来られたのは、バルビシアーナ公爵家のご嫡男、つまりブルーノ卿のお兄様にして次代のバルビシアーナ公爵、その人でした。

「兄に向かって『げっ』とは何だ、ブルーノ。」

  威厳のある声で咎められたブルーノ卿が、露骨に「まずい」という顔をなさいます。

「全く嘆かわしい……。肝心なところで絆されがちなお前に全権を与えるのは不安だからと、補佐としての権限を頂いておいて本当に良かった。
この場はこれよりお前に代わって私が預かるが、当然文句はないだろうな?」

  バルビシアーナ卿はそのように仰ると、速やかにジェフリー殿下とコンチュ様を退出させるよう命じられました。

「さて、陛下に御報告させていただくためにも、後ろでキャスリン嬢のために証言したくてうずうずしているらしい御友人方 ──良心的な子息子女の諸君──にも話を聞くとしようか。
随分と待たせてしまい申し訳なかったが、王命の調査である故、遠慮など不要だ。存分に話してくれたまえ。
ああ、念のため言っておくと、聴取はこの場にいる全ての学園関係者に対して行う。
当然、騒動に僅かでも加担した学生諸君は気が気ではないだろうが……嘘をつくことは陛下への反逆を意味することとなる。心して臨むように。
……それで本日の調査は終了だ。
なお台無しになってしまったパーティーはまた後日開催できるよう取り計らっておくので、どうか安心してほしい。」

  そして騎士や調査官を背後にずらりと控えさせながら、そのように告げたのでした。


  ……これが、大波乱だったパーティーの一部始終でございます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆

ナユタ
恋愛
子爵家令嬢であるアメリア・バートンは、周囲から“社交界の黒真珠”と呼ばれる稀代の悪女として有名で、その美しさと身体で男を惑わした。 けれど夜会の中で数々の有力貴族男性達と浮名を流す彼女が自身の伴侶に望んだのは、爵位が低いレイモンド男爵家の長子、アラン・レイモンド。 平民だけで編成された騎士団の中でももっとも地位が低い部隊に籍を置き、性格は面白味もなく角を直角に曲がるほど真面目。享楽的で不真面目な彼女とは対極にある存在の彼に、彼女が惹かれる様を人々は物珍しさだと噂した。 当然彼と彼女の相性は最悪で、一方的に追い回され、アランは夜会のたびに警備に回される自らが率いる騎士団を前に、自身の気を惹こうと騒ぎを起こすアメリアを目の上の瘤だと思っていた。 これ以上の付きまといは仕事の邪魔になると部下達からの苦情を受け、渋々婚約関係を結んだものの、ほどなくして開かれた夜会の会場でアメリアが何者かの手により階段から突き落とされ、意識不明の重体となる。 しかし階段の上から突き落とされて死んだと思った彼女が次に目覚めたのは、何故か初恋相手である婚約者の身体の上で――? ※主人公は初恋ですが清い子ではないので、  その辺がNGな読者様はすぐに読むのを中断し、  ブラウザバックをお願いします(`・ω・´)ゞ  本作はシリアスとシリアルの混合なので、  ストレス展開が苦手な方はご注意下さい!

処理中です...