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22.冷徹な追及

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  ブルーノ卿の美しくも大きな手は、未だわたくしの背中を支えるように優しく添えられています。

  秘かに焦がれている殿方に窮地を救っていただいた上にこのような扱いを受けて、嬉しく思わない筈がありません。

  彼はその外見と冷静沈着な性格からよく氷のようだと評されるし、わたくし自身そういった印象を抱いておりました。
  けれど、今はその存在が何よりも温かく感じます。

  わたくしはそのことに胸をときめかせ……同時に酷く焦ってもいたのでした。

(ブルーノ卿は殿下たちに、正義を証明してみせろと仰いましたが……不味いですわ。だってわたくしのがわに、彼らの言い分を覆すための準備ができていませんもの。)

  そもそもがここで決着をつける手筈ではなかったのです。何もかもが到底万全とは言えません。

  そんなわたくしの心中を知ってか知らずか、はたと目の合ったブルーノ卿は優しげに微笑みました。

  相変わらずの麗しいかんばせに浮かべられた、確かな温度を宿したそれに、思わずどきりとしてしまいます。

(サポートをしてくださると仰いましたが、何か策がおありなのでしょうか。)

  どの道、今さらわたくしにはどうすることもできません。
  フラン様ではありませんが、ここまで来たらもう後戻りするという選択肢はないのです。

(ここからはもう、わたくしにできることをするしかありません。とにかく行けるところまで行ってやりますわ!
たとえ左右の靴を履き違えてでも駆け出さなければ勝機を逸するとか何とか、何だかそんな事をお兄様の兵法書で読みましたもの!)

  わたくしは、グッと拳を握りしめて奮起したのでした。

  だって、ただ負けてなんてやりたくなんてありません。
  ジェフリー殿下に正しく自覚を持つよう促し、そして国の未来のためにその身辺を整理すること。
  たとえ婚約者の座を失うことになろうとも、それがわたくしのお役目なのですから。

  他でもないブルーノ卿の目の前で、情けない姿は見せられません。

  絶対に成し遂げてみせますとも、とわたくしは心に誓うのでした。



* * * *



  ひとり決意を固めるわたくしをよそに、未だ腹の内を読ませぬブルーノ卿が殿下たちに言い放ちます。

「ああ、主張をお聞きするとは申しましたが、根拠なき妄言に等しい内容をがなり立てるのはお止めください。たとえば先刻の浪費癖がどうのという話など、時間を割く価値もございませんので。」
「なっ……!無礼だぞ!それに妄言などではない!あのような目立つ装い、金を湯水のごとく注ぎ込んでいるに決まっている!
浅はかにもそんなものに現を抜かしていては、いずれ国庫を傾けると俺は言って……」
「恐れながら殿下。時間を無駄にする発言はお控えいただきたいと、たった今申し上げたはずですが。
それは根拠でもなんでもないただの印象、とんだ言い掛かりにございます。
彼女は優れたセンスを持ち、令嬢として秀でているがゆえに注目を集めるだけでしょう。その能力を褒められこそすれ、そしりを受ける謂れはないのですよ。」
「ぐっ……、また訳の分からぬことを……!」
「で、ですがブルーノ様ぁ、同じ貴族令嬢から見てもキャスリン様のドレスは贅沢すぎるって評判で……。」

  わたくし達に対するときとは正反対の猫なで声で割って入ったコンチュ様に、ブルーノ卿は害虫を前にした植物園スタッフのような目をなさいました。

「……エレファンス侯爵令嬢。私は既に学園を卒業している。貴女にそのように馴れ馴れしく呼ばれる謂れはない。
そも、貴女方の年代に関しては彼女が流行を発信しているようなものです。彼女が公の場でそれを模倣する装いの価値が跳ね上がるのは当然でしょう。
その『評判』とやらがどこの誰の話かは存じませんが、勝手な勘違いにすぎませんよ。」
「んなっ……!」

  とっさに反論が思いつかないのか、コンチュ様はお顔を赤くしてぶるぶると震えていらっしゃいます。

  対してブルーノ卿は「やれやれ」といった風にため息を吐かれました。

「もう良いでしょう。ここからは証明する手段をお持ちのこと、つまり証拠を提示できる次元の話のみなさってください。
……キャスリン嬢の服飾費がアクミナータ侯爵家を傾けているとでもいうのならば多少は審議の余地がありますが。かの家の勢いは未だ衰えることなく、全くそのような気配はございません。
それとも、あなた方はアクミナータ家の財を記した帳面を偶然にも所持していて、その客観的事実を覆せるとでも言うおつもりで?」

  どこまでも冷静な彼の追及に、皆様揃って口をつぐみました。
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