上 下
15 / 40

15.元バナナ令嬢の心

しおりを挟む
「ブルーノ卿。」
「キャスリン様、私はまだ学生ですよ。どうか他の生徒と同じように、気軽に接してください。」
「……ブルーノ、様。申し訳ございません、お答えしかねますわ。恐れながらご質問の意図がよく理解できませんの。わたくしはお菓子とドレスのことしか頭にない、お馬鹿な侯爵令嬢にすぎませんので。」

  できることなら答えずに済ませたい、そう思いました。

  その問いに答えることがいかに惨めか、はじめから分かっているからです。

  けれど、ブルーノ様は引き下がってはくださいませんでした。

「まさか。本気でそう思っているのはくらいのものです。キャスリン様、私はそんなに難しいことを言っていますか?それとも、何か貴女のお気持ちを害してしまったのでしょうか。どうか、お答えいただくことはできませんか……?」

  彼はそう言うと悲しげに目を伏せ、少し困ったように眉を下げます。

(っ、……そんな顔をして……!貴方は恵まれていらっしゃるから、だから大真面目にそのような疑問が持てるのですわ。死に物狂いで頑張らなくったって、売れ残ったり冷遇されたりしないから、だから……!)

  それでも、その表情一つで絆されてしまうわたくしは、やはり愚かなのだと思いました。

「……どうしてもと仰るのなら。貴方のような美しさも才覚も生まれ持たないからでございます。
わたくしのような凡人には慢心など許されませんので、立場に応じた責任を果たすために、いつでも必死でかじりつくしかないのです。慢心とは即ち停滞、停滞とは即ち後退、後退とは即ち凋落でございます。
貴方ほど稀有なお方には、きっとお分かりにならないでしょうけれど。」

  憧れの人に美しいと言われたこと自体は嬉しかった。
  でも、それこそが「持てる者」の余裕のようで。わたくしにとっては、憎らしくもあるのです。

「そう思いますか?美しいですよ、貴女は。」

  けれど彼は再び、当たり前のことを告げるようにそう言いました。

「何度でも言いますが、貴女は美しく愛らしく魅力的で、多くの人々に愛される女性です。生まれ持ったというのなら、貴女のそういう才能を私はずっと羨んでおりました。」
「えっ?」

  わたくしは思わず耳を疑いました。

「私と違って、貴女には強い意思がある。その信念を持って懸命に努力する姿は、貴女が思う以上に人を惹き付けるのです。
……そう、ただ珍しがられるだけの私とは違って、ね。」
「ブルーノ様……。」

  無意識なのか、語る度に少しずつ、彼の口調が強く熱を帯びていきます。

  その瞳には一点の曇りもなく、心の底からそう思っているのではと勘違いしてしまうほどに確信に満ちて見えました。

  これまでの冷徹な印象を覆すその姿に、現世離れした美しさを持つ彼も血の通った人間であったのだと、わたくしは今さらながら実感したのです。

  そして、完璧な存在だと思っていた彼の意外な一面に、きっと毒気を抜かれてしまったのだと思います。


「……。初めは、ただ楽しくて。」
「!」


  気がつけば、わたくしの口はすんなりと素直な言葉を紡いでいました。

「先ほど申し上げたことは、もちろん嘘ではありません。でも、それだけではないのです。
楽しくてたまらなかった、それが一番の理由なのだと思います。」
「……。」

  ブルーノ様は口を挟んで話の腰を折るようなことはなさらずに、静かに耳を傾けてくださいました。

「自作のデザイン帳を開いてあれこれ想像を膨らませるのも、
素晴らしい職人の方々と協力し、ときに議論を交わしながら本物のドレスという形にしていくのも、
出来上がったドレスを手に取り身に纏った瞬間も、
髪型や小物を合わせてより美しく映えるよう彩っていくことも。
ずっとずっとやってみたいと願っていた大好きなこと、憧れを、わたくしのこの手で実現するたび、世界が輝いて見えるのです。」

  内に秘めていたその気持ちを言葉にするだけで、えもいわれぬ愛しさや、嬉しくてたまらないという気持ちが溢れてきます。

  図らずもつい目元が緩み、口元がほころんでしまうのがわかりました。

「ですからわたくしは、わたくしの装いにはいつだって全力で『大好き』を詰め込んでいるのですわ。
貴方にも、そういったものはありませんか?」

  そう語ってみせたとき、わたくしも先ほどの彼のように熱が入ってしまったようで、うっかり緩めた表情のまま水を向けてしまったのです。

(いけませんわ。はしたない、とご不興を買ってしまうでしょうか。)

  内心冷や汗を流しながら、恐る恐るお顔を窺うと。

  なぜかブルーノ様は面食らったように目を瞬いていらっしゃいました。

「そうですか。……いえ、……そうですね。」
「ブルーノ様?」

  やがて何かを噛み締めるかのように数秒の間瞼を閉じ、ゆっくりと開かれたのです。

「私にはそれこそ夢物語のようで、縁遠いものだと思っていたが……たった今、ひとつだけ思い当たったよ。」

  彼は淡く微笑んで、どこか眩しそうに答えたのでした。


(……あら?)


  平素の彼と異なる様子であったから。

  いつの間にか砕けた口調に変わっていたから。

  明確なきっかけは分かりません。

  けれどそのとき、わたくしの胸の奥は確かにトクンと音を立てたのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不出来な妹など必要ないと私を切り捨てたあなたが、今更助けを求めるなんて都合が良い話だとは思いませんか?

木山楽斗
恋愛
妾の子であるエリーゼは、伯爵家に置いて苦しい生活を送っていた。 伯爵夫人や腹違いの兄からのひどい扱いに、彼女の精神は摩耗していたのである。 支えである母を早くに亡くしたエリーゼにとって、伯爵家での暮らしは苦痛であった。 しかし出て行くこともできなかった。彼女の母に固執していた父である伯爵が、エリーゼを縛り付けていたのだ。 そんな父も亡くなって、兄が伯爵家の実権を握った時、彼はエリーゼを追い出した。 腹違いの妹を忌み嫌う彼は、エリーゼを家から排除したのだ。 だが、彼の憎しみというものはそれで収まらなかった。 家から離れたエリーゼは、伯爵家の手の者に追われることになったのである。 しかし彼女は、色々な人の助けを借りながらそれを跳ね除けた。 そうしている間に、伯爵家には暗雲が立ち込めていた。エリーゼを狙ったことも含めて悪事が露呈して伯爵家は非難を受けることになったのである。 そんな時に、兄はエリーゼに助けを求めてきた。 だが当然、彼女はそんな兄を突き放した。元々伯爵家の地位などにも興味がなく、ひどい目に合わされてきた彼女にとって、兄からの懇願など聞くに値しないものであったのだ。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

(完)お姉様の婚約者をもらいましたーだって、彼の家族が私を選ぶのですものぉ

青空一夏
恋愛
前編・後編のショートショート。こちら、ゆるふわ設定の気分転換作品です。姉妹対決のざまぁで、ありがちな設定です。 妹が姉の彼氏を奪い取る。結果は・・・・・・。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...