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2.バナナの夢とチョコレート

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  それはキャスリン・アクミナータとしてに生を受けるより、ずっと前のこと。

  わたくしは、今生きている世界とはまったく別の世界……それも遥かに文明が進んだ世界の、とある東洋の国、とある植物園で栽培されるバナナの木に実った、たくさんの果実のうちの一本でした(厳密に言えばバナナは木ではなく草なのですが、まあ今はそれは良いでしょう)。

  キャベンディッシュバナナと呼ばれる、最も一般的な品種であったこともあり、甘くて美味しい果物の代表として植物園の中でも特に人気を集めていたと自負しております。

  その植物園は動物園と一体化した大型のテーマパークで、カフェやレストランなども充実していたため、日々多くの人々が訪れました。

  そんな場所での暮らしはとても快適で、目まぐるしく移り変わる園内の様子やショーなどの催し物を眺めたり、お客様の会話、スタッフさんの解説や雑談に無い耳を傾けたり(お陰でバナナに関する知識のみならず、色々なことに詳しくなりました)と退屈することもありませんでした。

  ……ですが、生食用品種としてのバナナの一生は儚いもの。

  わたくしの辿る運命は、はじめから決まっておりました。

  いつかは母なる木からもぎとられ、誰かの糧となることで、その人生……いえ、バナナ生を終えるのです。

(ちょっとだけ悲しいけれど、大丈夫。……でも、もし許されるとしたら。)

  それが運命ならばせめてもと、わたくしは一つだけ夢を見ました。

  果実として最期を飾る姿は、美しいものでありたい。華々しく、人に愛され喜ばれてその幕を閉じたい、と。

  ささやかですが、切実な願いでした。



* * * *



  植物園で収穫されたほとんどの果実は、併設のカフェで調理されて、お洒落なドルチェとして提供されます。
  わたくしはいつも木々の隙間からメニューや店内の様子を眺めては、夢を膨らませました。

(王道のパフェもいいけれど、ワッフルにパンケーキ、色とりどりの果物が載ったクレープも素敵。ベリーにチョコレート、マンゴー……どれをとっても美しいソースで彩ってもらえるもの。
それか思いきってドリンクになって、ミントの葉や可愛いストローで飾ってもらうのも悪くない。運が良ければお洒落なカクテルピックを刺してくれるかもしれないし。……ああ、楽しみになってきた!)



* * * *



  そんな毎日を送っていたある日のこと。
  運命は、予想外の展開を見せました。


「ねえ、バナナって最初何本くらい立てとけばいい?」
「せんぱーい、もうチョコの温度オッケーです。」
「見て、この色可愛いー!」
「こら割り箸は適当に刺すな、抜けにくい刺し方があんだよ。ほらこうやって……。」

  なんと、園長の思いつきにより突然の縁日イベントが開かれることになり、わたくしたちはそこでチョコバナナとして売られることになったのです。


(しょ、庶民的……!)


  はじめは驚き、ショックを受けたわたくしですが、すぐに「それも良いかもしれない」と思い直しました。

  いまいち高級感に欠けることは否めませんが、チョコバナナといえば屋台の花形。

  わたくしたちバナナが桃色、黄色、水色など、カラフルなチョコレートでまるごとコーティングされる人気のお菓子で、トッピングの種類も豊富だと聞いています。

  可愛く飾ってもらえば、きっとあのカフェのメニューと同じくらい、いえそれ以上に人々に愛されるに違いありません。

(できるなら一番可愛い桃色がいいな。あ、でも水色か薄緑も憧れのレア品種みたいになれて素敵じゃない?
せっかくだし、チョコペンで模様を描くとか、ハートや星の形のシュガーなんかも使ってくれないかなあ。)


  きっと。


「色つきのチョコは人気だから消費が早いねー。どう、足りそう?」
「やば、ちょっと持たないかも。」


  きっと……。


「嘘、カラースプレーもう無いの?ならココナッツだけでいっか。」
「いやココナッツももう終わってる。」
「まじで?うわもうアラザンしか残ってないじゃん。」


  そう、きっと……。


「あ、今のでトッピング全部切れた。」


(えっ。)


「あー、でももう最後の一本でしょ?しょうがないよ、一応ダメ元でチョコだけつけて並べときな。」


(えっ。)


「おねーさん、チョコバナナ一つくださーい!このなんにもついてない茶色いのはやだ!あっちのキラキラしてキレイなやつがいい!」


(そんな、やめて。)


  悲しいかな。そうしてわたくしはただ茶色いだけの地味なチョコバナナとして、誰にも望まれずに最後の最後まで売れ残り。


「やっぱこれ売れなかったかあ。」
「まあ今時トッピングも着色も無しじゃ誰も買わないですよねえ。」


  イベント終了後、「もったいないから」と、スタッフのお兄さんに賄いとして美味しくいただかれる形でその生涯を終えたのでした。



* * * *



(そういえば。意識が暗転する直前、スタッフのお兄さんが何か言うのが聞こえた気がしましたが、あれは何と言っていたのでしたか。
……覚えていたとして、もはやわたくしには関係のないことですが。)
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