王太子殿下の執事様

萩 葵

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曙光 -しょこう-

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前半オリバー目線、後半ルーカス目線でお送りいたします。



ーーーーーー


「普通?そんな訳ないでしょう」

「えっ?」

オリバーが呆れて放った言葉に、ルーカスが驚いたようにこちらを見て、その顔をランセント公爵家の古株であるメイドに、正面へ戻される。

「坊ちゃま、お顔は動かさないでくださいませ」

「はい……」

ルーカスは今、オリバーが連れてきたメイドに、印象を変えるメイクをされている最中だ。
恐縮したように肩を縮こませるルーカスに、オリバーはため息を吐く。

「大体、あんな恰好をしたら、婚約者候補がたは、婚約者になる事を躊躇するでしょう。今日の服装は、ルーカスがアルベルト様にとっての最愛だという印象を、付けかねません。その中に割って入る勇気のあるお嬢様は、どんな方でしょう?まだ婚約者をお決めになっていないのに、何を思っているのですかね、アルベルト様は。……まぁ、推察はできますが」

ルーカスは、何か言いたげにこちらをチラチラと見つめてくるが、メイドにまた注意され、諦めたように目を閉じた。
そんなルーカスを、オリバーは見つめる。

こうして見ると、精巧に出来た人形のようだ。
華奢な体つきに、長い手足。
流れる銀糸のような髪はキラキラと常に光り輝き、白い陶器のような肌に、ほんのりと紅色に染まる唇と頬。

しかし、今は閉じているアメジスト色の、リスのような丸い瞳が開かれると、クルクルとその表情を変え、好奇心に目を輝かせる幼子のようになり、人形のような端正な顔に命が吹き込まれる。
そうかと思えば、赤い唇からは澄んだ声で、思いがけない年長者のような言葉が出てきたりする。
性格は真面目で驕ることなく、どの立場の相手にも丁寧に接する姿に、蔑まれることの多いランドリーメイドやフットマンを始めとする、王宮の使用人たちを徐々に味方に付けてきていた。

そんなルーカスに、目の肥えた者たちは、確実に惹きつけられている。

現に、近衛騎士のブラッドリー・フォン・ハイアットが手合わせしたと聞いた時は、驚いたものである。
彼は一見温和だが、近衛騎士が温和なだけのはずがない。
一本筋の通った彼は、どんな権力者に手合わせを願われても、自分の目に適わない相手は話すらしない。
第一、忙しい彼が人の為に時間を作ることは、とても困難なはずだ。
そんな彼自ら言い出したと聞けば、驚かないはずが無かった。

けれど本人は、そんな事は全く自覚していないようだ。
綺麗だ、と周りに褒められるたびに髪を触るのは、自分の髪が珍しいからだと、勘違いしているのだろう。
ルーカスの従僕になりたいと、皆が殺到していると聞いて、困ったように笑うのは、自分が権力者の仲間入りをしたからだと思っているからだ。
驕るどころか、許容が広すぎて何を言われても流してしまうのは、一定の立場にあるものにとっては欠点であり、弱点であった。

そんなルーカスを憂いてるのは、王太子を筆頭にルーカスを大切に思っている人たちである。
無防備でお人好しのルーカスを狙うのは、何も権力を欲しがっている者ばかりではない。
その美貌に引かれ寄ってくる虫の多さに、いくら周りが目を光らせても、本人に自覚が無い為、危うい場面が今までもあった。

女性などは、王太子に気があると見せかけ、ルーカスと話そうと、あの手この手で来るため、厄介だ。
本人はアルベルトを守ろうと、女性との間に入ろうとするが、女性には強く出られない優しさが足を引っ張り、されたい放題である。
それを見るアルベルトが益々、女性に冷たい態度を取り、湖氷こひょうの王太子となるのだ。

男性に対しては、自分が性の対象になるなど思いも付かないらしく、夏は肌の透けた濡れた服で歩いていたりするので、気が気で無かった。
本人にその事を言っても本気にしない為、貴族として礼儀だと言えば素直に応じて、やっとホッとしたものだ。
野獣に囲まれた野兎のように、無防備で愛らしいルーカスを、アルベルトはどうにか守ろうと、今日の服装にしたのだろう。

だがしかし、生憎そう思うのは、何もアルベルトばかりではない。
ランセント公爵家とて同じである。

ルーカスは気が付いてないようだが、今着ているオリバーの服は、濃紺生地に銀と淡い紫がそこかしこに多用してある。
リッカルドなど、生地全てを淡い紫にしようとして、セバスティアンに止められていた。

だがルーカスは、大切にしてもらうのは自分が聖だから、と思っている節がある。
それは仕方のない事かもしれないが、自分の価値というものを低く見積もりすぎだと、オリバーは思う。
人間は、相手が貴重な力を持っているだけで、心から大切に出来るような、そんな単純な生き物ではない。
どんなに貴重な力を持っていようと、嫌な相手なら、心を尽くそうとせず、道具のように扱った方が数倍楽である。
相手を大切にしたいと思う心は、打算からは生まれないのだ。
早くその事に気が付いて欲しいと、オリバーは目を瞑るルーカスの横顔を眺めて、願っていた。



********



目を開けると、そこには普段の自分より、数年たったような大人びた顔があった。
特に目が、いつもの丸い目ではなく、少し鋭さが足されたような、凛々しい気がした。
当社比ではあるが、リアムを知る人ほど、今のルーカスをリアムだと思わないだろう。

(良かった。これで何とかなりそうだ……)

あとは堂々としていれば、きっと大丈夫なはず、とルーカスは着付けの終わった自分の姿を見直す。

(やっぱり、ちょっと恥ずかしいな)

クラヴァットと髪を縛るリボン、そして絹のシャツが、空色である。
そして黒のスリーピーススーツに輝くのは、金ボタンと金糸で縫われた刺繍だ。
ルーカスは全身で、アルベルトの色を主張していた。

「良く似合っているよ」

いつの間にか、近衛騎士を引き連れたアルベルトが、後ろに立っている。

「殿下……」

「あぁ……顔が赤いな」

ルーカスの頬に手を伸ばそうとするアルベルトの肩を、オリバーがガシリと掴む。

「アルベルト殿下。そろそろお時間になると存じます。お早く、移動の御準備下さい」

「何だ、その言葉使いは……オリバー、その恰好」

振り向いたアルベルトは、オリバーの姿に気づいて眉を潜めた。

「あぁ、気づいていただけましたか?本日は我が義弟の晴れ舞台ですから。折角ですので、家族兄弟、仲睦まじい所を見せようと思いまして」

「オリバー兄様……その色……」

「ええ。ルーカスの色ですね。ちなみに父上は、紫を多用していると思います。ルーカスの瞳の色を、殊の外、気に入っておられましたので」

「もしかして、公爵家全員か?」

「ええ。ですので、アルベルト殿下の色も、少しは薄れると思いますよ?良かったですね。これで婚約者が居なくなる心配も無くなりますね」

「余計なことを……」

忌々しい顔をしたアルベルトに、オリバーは満足そうに頷いた。

「これも臣下の務め。我がランセント公爵家は、殿下の忠臣ですので」

オリバーに向かって口を開こうとしたアルベルトに、後ろに立っていた近衛騎士のブラッドリー・フォン・ハイアットが、耳打ちをする。

「はぁ……分かった。……そろそろ時間のようだ、オリバー。ルーカス、行こう」

3人は近衛騎士を引き連れて、舞踏会の会場へと歩みだした。
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