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とある研究員の軌跡

とある新米研究員が誰かのために決意を固めるまで(2)

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 重い空気が部屋を満たそうとしている中、真鍋さんはさっきのことが恥ずかしくなったのか、急に顔を伏せ始めた。
「あの、すみません。私、過去に友人がそれで酷い目にあったという話を聞いたので、なんだかそういう友好的に見せかけたズルい未確認生物のことが許せなくて……」
 友人が関わっていたなら、少しは共感出来る。誰だって身内が危ないことに巻き込まれていたりしたら心配になるものだ。
「確かにそういう事例もあるんでしょう。でも、私が今日したことは間違っていなかったと思います。10号は私のことを分かってくれれば、誰も傷つけない、友好的な生物になってくれる! ……と、私は思ってます」
 私もつい熱が上がってしまい、つい強く言ってしまった。それの対象だった真鍋さんはというと、私の顔を見据えていた。
「……ハグした後の反応は確かに良かったと思いますが、それでもあれだけで友好的になってくれるなんて……、そんな子供みたいなことを言われても判断出来ませんよ。もしかしたら、大きさを計っていたのかもしれないですし……」
「私は10号を抱いた後に10号の体温が上がったことを確認しました。体温が上がったのは興奮に依るものではなく、どこか安心感を覚えてのものだと私は思います。証拠を見せろと言われたら難しいですけど、10号が抱き返してきたのが証拠になり得るんじゃないかと思います。あの状態なら私をそのまま食べることも捻り潰すことだって出来たでしょうけど、10号は何もしませんでした。だから思ったんです。ただあの子は誰かの温もりが欲しかっただけだということを……。だから、これからも私が10号と直接接触をしていくつもりです」
 真鍋さんは口を開けながらポカンとしていた。さっきの私の主張がそんなにおかしかったのだろうか。確かに真鍋さんの主張とは全然違うことだけど、そんな顔をされるほどのことだったろうか。今一度、自身が主張した内容を思い返す。よくよく考えると、さっきの私の主張がまるで我が子を守る母親みたいになっていることに気づいた。気づいたと同時に私は急に恥ずかしくなり、顔が段々と熱くなってきたのを感じてつい両手で顔を隠してしまった。
「な、なに恥ずかしがっているんですか! 自分で言っておいて!」
「いや、その、なんか、そうじゃないというか、なんというか、その~……」
 真鍋さんは小さく溜息を吐いた。
「有田さん、私がさっき言ったことはあくまで先輩として言ったんです。確かに4号については私情が入っていました。けど、過去にそんな経験をしていたという人もいるんですから、身の安全を気にした方がいいという話です。有田さんが10号に接触するのを出来るだけ止めたかったのは、未確認生物との接触経験が浅いから。私より浅いんですから、もしかするとまだこの研究所に収容されている未確認生物の恐さが分かっていないって思うじゃないですか。恐怖の全てが悪いことじゃない。恐怖があるからこそ、その恐怖に打ち勝つためにように策を練って対抗するんです。それは他の動物には真似できない、人間だけが持つ力なんですよ」
 真鍋さんの顔は真剣だ。本当に私のことを思って言っているのだろう。でも、私は……。
「難しい顔をするんですね。まぁ、私が言いたかったのは安直的に未確認生物と接触しようと考えないようにしてほしいってことです。恐怖を一時忘れて飛び込むことは誰でも出来ることですけど、対抗手段を考えてから突入するのはクレバーな人しか出来ません。もし、本当に引き続き接触を試みるなら、何か誰かを安心させられるような案を出してみてください。私たちが心配だけしかしないものでなければ合格です」
 真鍋さんは軽くウィンクをしてみせた。この話を聞いて私に何が足りないのかが分かった。チームのことを考えるということだ。私は自身がリーダーとなってやっていることが仕事の割り振りだけになってしまっていた。そうであるなら、それはもはや個人作業だ。チーム一丸で作業に取り組んでいるような状態にはなっていない。増永さんが一番リーダーをしていたまであるほどだ。
 私は今の自分のままではダメだと気づき、深く反省した。
「真鍋さん、ありがとうございます。私、リーダーじゃなくて、個人として頑張ろうとしていました」
 真鍋さんは微笑みながらウンウンと頷いて聞いてくれた。
「でも、すみません。私はあのフォーメーションが最善だと思っています。だから、あのまま行かせてください。お願いします!」
 私は机に額をぶつかりそうになるほどに頭を下げた。
「……それは本気で言っているんですね。フィーリングでそのフォーメーションが良いって言っているわけではないですよね」
 真鍋さんの声が低くなっているのが分かった。もしかすると軽蔑されているのかもしれない。それでも私は自身の考えをぶつけるために、顔を上げて真鍋さんの目を見つめた。
「今回ので分かったんです。あの子の味方に私はなれるって。他の誰でもない、私じゃないとダメなんだって。それと同時に、あの子なら私を受け入れてくれると、あの子の体から感じたんです……。だから次に接触しても大丈夫です。確信を持っての発言ではないと思われても仕方ないとは思っていますが、あの子のメンタルの維持にも繋がると思います。だから、引き続き、あのままであの子と接触したいです!」
「……本気なんだ。そうですね……」
 真鍋さんの声が段々怖く聞こえてくる。さすがに案も出さず、証拠も見せずじゃダメか。
 少し間が空いて再び重々しい空気が部屋中に溜まりこんでいっていたが、空気を変えるかのように真鍋さんが深い溜息を吐いた。
「分かりました。確かにあの反応は霊長類でも見られるハグでしたし、獲物を捕らえるような目をしていたようには見えませんでした。もしかしたら違う場合もありますが、リーダーが離れた時も狩猟本能等で追いかける仕草も無し。あの状態で逃げられた時点で確実に獲物を捕獲するという意思はなかったように見えます。……リーダーの言う通り、依存さえされなければ友好的な生物ではあるかもしれないですね」
 私は真鍋さんのまさかの返答に驚き目を丸くした。そんな中、真鍋さんはというと微笑みながら私を見ていた。
「あの……、それはOKってことですか……?」
「私はリーダーの意見を受け入れます。ただ、他のチームメンバーはどうか分かりませんよ。もしかしたら、笹部さん辺りが止めてくるかもしれないですし」
 私は一人に認められて嬉しく思ったが、真鍋さんの言う通り、他のメンバーが許してくれるかどうかが分からないことに気づいて段々と不安に駆られた。笹部さんは確かに無謀なことだと言って止めてくると思う。ならどうしたものだろうか……。
 私が考え事をしていると急に肩を叩かれてビクッと体が跳ね上がってしまった。
「リーダー、とりあえずは今回の反応についてのまとめはこれぐらいにしましょうか。現状、書くべきことは書いたと思いますし、研究室に戻ってもいいと思いますけど」
「あ、ああ、そうですね。確かにまとめ終わりましたし、これを基に今後も10号についての生態を調べていきましょうか。うん、そうしましょう」
 私たちは持ち込んだものを回収してから面談室を出た。腕時計で時間を確認すると作業を始めてから、かれこれ3時間も経ってしまっていた。さすがに喋り過ぎだっただろうか。

 私は次もあの子と会いたい。あの子と触れ合ったからかもしれないが、私はあの子と友達になれるかもしれないと微かな希望を持ち始めた。だからこそ、私はチーム全員を説得しなければいけない。あの子と私が離れないように……。
 私は決意を胸に秘め、研究室に向かいながらどうやって説得しようかと考えるのであった。
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