22 / 32
とある研究員の軌跡
とある新米研究員が誰かのために決意を固めるまで(2)
しおりを挟む
重い空気が部屋を満たそうとしている中、真鍋さんはさっきのことが恥ずかしくなったのか、急に顔を伏せ始めた。
「あの、すみません。私、過去に友人がそれで酷い目にあったという話を聞いたので、なんだかそういう友好的に見せかけたズルい未確認生物のことが許せなくて……」
友人が関わっていたなら、少しは共感出来る。誰だって身内が危ないことに巻き込まれていたりしたら心配になるものだ。
「確かにそういう事例もあるんでしょう。でも、私が今日したことは間違っていなかったと思います。10号は私のことを分かってくれれば、誰も傷つけない、友好的な生物になってくれる! ……と、私は思ってます」
私もつい熱が上がってしまい、つい強く言ってしまった。それの対象だった真鍋さんはというと、私の顔を見据えていた。
「……ハグした後の反応は確かに良かったと思いますが、それでもあれだけで友好的になってくれるなんて……、そんな子供みたいなことを言われても判断出来ませんよ。もしかしたら、大きさを計っていたのかもしれないですし……」
「私は10号を抱いた後に10号の体温が上がったことを確認しました。体温が上がったのは興奮に依るものではなく、どこか安心感を覚えてのものだと私は思います。証拠を見せろと言われたら難しいですけど、10号が抱き返してきたのが証拠になり得るんじゃないかと思います。あの状態なら私をそのまま食べることも捻り潰すことだって出来たでしょうけど、10号は何もしませんでした。だから思ったんです。ただあの子は誰かの温もりが欲しかっただけだということを……。だから、これからも私が10号と直接接触をしていくつもりです」
真鍋さんは口を開けながらポカンとしていた。さっきの私の主張がそんなにおかしかったのだろうか。確かに真鍋さんの主張とは全然違うことだけど、そんな顔をされるほどのことだったろうか。今一度、自身が主張した内容を思い返す。よくよく考えると、さっきの私の主張がまるで我が子を守る母親みたいになっていることに気づいた。気づいたと同時に私は急に恥ずかしくなり、顔が段々と熱くなってきたのを感じてつい両手で顔を隠してしまった。
「な、なに恥ずかしがっているんですか! 自分で言っておいて!」
「いや、その、なんか、そうじゃないというか、なんというか、その~……」
真鍋さんは小さく溜息を吐いた。
「有田さん、私がさっき言ったことはあくまで先輩として言ったんです。確かに4号については私情が入っていました。けど、過去にそんな経験をしていたという人もいるんですから、身の安全を気にした方がいいという話です。有田さんが10号に接触するのを出来るだけ止めたかったのは、未確認生物との接触経験が浅いから。私より浅いんですから、もしかするとまだこの研究所に収容されている未確認生物の恐さが分かっていないって思うじゃないですか。恐怖の全てが悪いことじゃない。恐怖があるからこそ、その恐怖に打ち勝つためにように策を練って対抗するんです。それは他の動物には真似できない、人間だけが持つ力なんですよ」
真鍋さんの顔は真剣だ。本当に私のことを思って言っているのだろう。でも、私は……。
「難しい顔をするんですね。まぁ、私が言いたかったのは安直的に未確認生物と接触しようと考えないようにしてほしいってことです。恐怖を一時忘れて飛び込むことは誰でも出来ることですけど、対抗手段を考えてから突入するのはクレバーな人しか出来ません。もし、本当に引き続き接触を試みるなら、何か誰かを安心させられるような案を出してみてください。私たちが心配だけしかしないものでなければ合格です」
真鍋さんは軽くウィンクをしてみせた。この話を聞いて私に何が足りないのかが分かった。チームのことを考えるということだ。私は自身がリーダーとなってやっていることが仕事の割り振りだけになってしまっていた。そうであるなら、それはもはや個人作業だ。チーム一丸で作業に取り組んでいるような状態にはなっていない。増永さんが一番リーダーをしていたまであるほどだ。
私は今の自分のままではダメだと気づき、深く反省した。
「真鍋さん、ありがとうございます。私、リーダーじゃなくて、個人として頑張ろうとしていました」
真鍋さんは微笑みながらウンウンと頷いて聞いてくれた。
「でも、すみません。私はあのフォーメーションが最善だと思っています。だから、あのまま行かせてください。お願いします!」
私は机に額をぶつかりそうになるほどに頭を下げた。
「……それは本気で言っているんですね。フィーリングでそのフォーメーションが良いって言っているわけではないですよね」
真鍋さんの声が低くなっているのが分かった。もしかすると軽蔑されているのかもしれない。それでも私は自身の考えをぶつけるために、顔を上げて真鍋さんの目を見つめた。
「今回ので分かったんです。あの子の味方に私はなれるって。他の誰でもない、私じゃないとダメなんだって。それと同時に、あの子なら私を受け入れてくれると、あの子の体から感じたんです……。だから次に接触しても大丈夫です。確信を持っての発言ではないと思われても仕方ないとは思っていますが、あの子のメンタルの維持にも繋がると思います。だから、引き続き、あのままであの子と接触したいです!」
「……本気なんだ。そうですね……」
真鍋さんの声が段々怖く聞こえてくる。さすがに案も出さず、証拠も見せずじゃダメか。
少し間が空いて再び重々しい空気が部屋中に溜まりこんでいっていたが、空気を変えるかのように真鍋さんが深い溜息を吐いた。
「分かりました。確かにあの反応は霊長類でも見られるハグでしたし、獲物を捕らえるような目をしていたようには見えませんでした。もしかしたら違う場合もありますが、リーダーが離れた時も狩猟本能等で追いかける仕草も無し。あの状態で逃げられた時点で確実に獲物を捕獲するという意思はなかったように見えます。……リーダーの言う通り、依存さえされなければ友好的な生物ではあるかもしれないですね」
私は真鍋さんのまさかの返答に驚き目を丸くした。そんな中、真鍋さんはというと微笑みながら私を見ていた。
「あの……、それはOKってことですか……?」
「私はリーダーの意見を受け入れます。ただ、他のチームメンバーはどうか分かりませんよ。もしかしたら、笹部さん辺りが止めてくるかもしれないですし」
私は一人に認められて嬉しく思ったが、真鍋さんの言う通り、他のメンバーが許してくれるかどうかが分からないことに気づいて段々と不安に駆られた。笹部さんは確かに無謀なことだと言って止めてくると思う。ならどうしたものだろうか……。
私が考え事をしていると急に肩を叩かれてビクッと体が跳ね上がってしまった。
「リーダー、とりあえずは今回の反応についてのまとめはこれぐらいにしましょうか。現状、書くべきことは書いたと思いますし、研究室に戻ってもいいと思いますけど」
「あ、ああ、そうですね。確かにまとめ終わりましたし、これを基に今後も10号についての生態を調べていきましょうか。うん、そうしましょう」
私たちは持ち込んだものを回収してから面談室を出た。腕時計で時間を確認すると作業を始めてから、かれこれ3時間も経ってしまっていた。さすがに喋り過ぎだっただろうか。
私は次もあの子と会いたい。あの子と触れ合ったからかもしれないが、私はあの子と友達になれるかもしれないと微かな希望を持ち始めた。だからこそ、私はチーム全員を説得しなければいけない。あの子と私が離れないように……。
私は決意を胸に秘め、研究室に向かいながらどうやって説得しようかと考えるのであった。
「あの、すみません。私、過去に友人がそれで酷い目にあったという話を聞いたので、なんだかそういう友好的に見せかけたズルい未確認生物のことが許せなくて……」
友人が関わっていたなら、少しは共感出来る。誰だって身内が危ないことに巻き込まれていたりしたら心配になるものだ。
「確かにそういう事例もあるんでしょう。でも、私が今日したことは間違っていなかったと思います。10号は私のことを分かってくれれば、誰も傷つけない、友好的な生物になってくれる! ……と、私は思ってます」
私もつい熱が上がってしまい、つい強く言ってしまった。それの対象だった真鍋さんはというと、私の顔を見据えていた。
「……ハグした後の反応は確かに良かったと思いますが、それでもあれだけで友好的になってくれるなんて……、そんな子供みたいなことを言われても判断出来ませんよ。もしかしたら、大きさを計っていたのかもしれないですし……」
「私は10号を抱いた後に10号の体温が上がったことを確認しました。体温が上がったのは興奮に依るものではなく、どこか安心感を覚えてのものだと私は思います。証拠を見せろと言われたら難しいですけど、10号が抱き返してきたのが証拠になり得るんじゃないかと思います。あの状態なら私をそのまま食べることも捻り潰すことだって出来たでしょうけど、10号は何もしませんでした。だから思ったんです。ただあの子は誰かの温もりが欲しかっただけだということを……。だから、これからも私が10号と直接接触をしていくつもりです」
真鍋さんは口を開けながらポカンとしていた。さっきの私の主張がそんなにおかしかったのだろうか。確かに真鍋さんの主張とは全然違うことだけど、そんな顔をされるほどのことだったろうか。今一度、自身が主張した内容を思い返す。よくよく考えると、さっきの私の主張がまるで我が子を守る母親みたいになっていることに気づいた。気づいたと同時に私は急に恥ずかしくなり、顔が段々と熱くなってきたのを感じてつい両手で顔を隠してしまった。
「な、なに恥ずかしがっているんですか! 自分で言っておいて!」
「いや、その、なんか、そうじゃないというか、なんというか、その~……」
真鍋さんは小さく溜息を吐いた。
「有田さん、私がさっき言ったことはあくまで先輩として言ったんです。確かに4号については私情が入っていました。けど、過去にそんな経験をしていたという人もいるんですから、身の安全を気にした方がいいという話です。有田さんが10号に接触するのを出来るだけ止めたかったのは、未確認生物との接触経験が浅いから。私より浅いんですから、もしかするとまだこの研究所に収容されている未確認生物の恐さが分かっていないって思うじゃないですか。恐怖の全てが悪いことじゃない。恐怖があるからこそ、その恐怖に打ち勝つためにように策を練って対抗するんです。それは他の動物には真似できない、人間だけが持つ力なんですよ」
真鍋さんの顔は真剣だ。本当に私のことを思って言っているのだろう。でも、私は……。
「難しい顔をするんですね。まぁ、私が言いたかったのは安直的に未確認生物と接触しようと考えないようにしてほしいってことです。恐怖を一時忘れて飛び込むことは誰でも出来ることですけど、対抗手段を考えてから突入するのはクレバーな人しか出来ません。もし、本当に引き続き接触を試みるなら、何か誰かを安心させられるような案を出してみてください。私たちが心配だけしかしないものでなければ合格です」
真鍋さんは軽くウィンクをしてみせた。この話を聞いて私に何が足りないのかが分かった。チームのことを考えるということだ。私は自身がリーダーとなってやっていることが仕事の割り振りだけになってしまっていた。そうであるなら、それはもはや個人作業だ。チーム一丸で作業に取り組んでいるような状態にはなっていない。増永さんが一番リーダーをしていたまであるほどだ。
私は今の自分のままではダメだと気づき、深く反省した。
「真鍋さん、ありがとうございます。私、リーダーじゃなくて、個人として頑張ろうとしていました」
真鍋さんは微笑みながらウンウンと頷いて聞いてくれた。
「でも、すみません。私はあのフォーメーションが最善だと思っています。だから、あのまま行かせてください。お願いします!」
私は机に額をぶつかりそうになるほどに頭を下げた。
「……それは本気で言っているんですね。フィーリングでそのフォーメーションが良いって言っているわけではないですよね」
真鍋さんの声が低くなっているのが分かった。もしかすると軽蔑されているのかもしれない。それでも私は自身の考えをぶつけるために、顔を上げて真鍋さんの目を見つめた。
「今回ので分かったんです。あの子の味方に私はなれるって。他の誰でもない、私じゃないとダメなんだって。それと同時に、あの子なら私を受け入れてくれると、あの子の体から感じたんです……。だから次に接触しても大丈夫です。確信を持っての発言ではないと思われても仕方ないとは思っていますが、あの子のメンタルの維持にも繋がると思います。だから、引き続き、あのままであの子と接触したいです!」
「……本気なんだ。そうですね……」
真鍋さんの声が段々怖く聞こえてくる。さすがに案も出さず、証拠も見せずじゃダメか。
少し間が空いて再び重々しい空気が部屋中に溜まりこんでいっていたが、空気を変えるかのように真鍋さんが深い溜息を吐いた。
「分かりました。確かにあの反応は霊長類でも見られるハグでしたし、獲物を捕らえるような目をしていたようには見えませんでした。もしかしたら違う場合もありますが、リーダーが離れた時も狩猟本能等で追いかける仕草も無し。あの状態で逃げられた時点で確実に獲物を捕獲するという意思はなかったように見えます。……リーダーの言う通り、依存さえされなければ友好的な生物ではあるかもしれないですね」
私は真鍋さんのまさかの返答に驚き目を丸くした。そんな中、真鍋さんはというと微笑みながら私を見ていた。
「あの……、それはOKってことですか……?」
「私はリーダーの意見を受け入れます。ただ、他のチームメンバーはどうか分かりませんよ。もしかしたら、笹部さん辺りが止めてくるかもしれないですし」
私は一人に認められて嬉しく思ったが、真鍋さんの言う通り、他のメンバーが許してくれるかどうかが分からないことに気づいて段々と不安に駆られた。笹部さんは確かに無謀なことだと言って止めてくると思う。ならどうしたものだろうか……。
私が考え事をしていると急に肩を叩かれてビクッと体が跳ね上がってしまった。
「リーダー、とりあえずは今回の反応についてのまとめはこれぐらいにしましょうか。現状、書くべきことは書いたと思いますし、研究室に戻ってもいいと思いますけど」
「あ、ああ、そうですね。確かにまとめ終わりましたし、これを基に今後も10号についての生態を調べていきましょうか。うん、そうしましょう」
私たちは持ち込んだものを回収してから面談室を出た。腕時計で時間を確認すると作業を始めてから、かれこれ3時間も経ってしまっていた。さすがに喋り過ぎだっただろうか。
私は次もあの子と会いたい。あの子と触れ合ったからかもしれないが、私はあの子と友達になれるかもしれないと微かな希望を持ち始めた。だからこそ、私はチーム全員を説得しなければいけない。あの子と私が離れないように……。
私は決意を胸に秘め、研究室に向かいながらどうやって説得しようかと考えるのであった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……
紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz
徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ!
望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。
刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる